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2005.03.30

「楽能」

kanzashi02


雪がちらちら降る寒い日に
お師匠さまの催しがありました。

和紙照明の田畑さんと
銀細工の川尻さん。

とご一緒の催しで、これで3回目。


お能の演目は「忠度」
(装束つけから始まって)
後場の舞を、なさいました。

説明はメンバーのM師です。
「太刀は“さす”でなくて“佩く”と言います」
などと説明していただき、

ふうん!とため息つきながら
烏帽子をかぶり、片肌脱ぎの戦姿ができていくのを
じっとみていました。

友達を誘って行きましたので、
楽しんでもらえているだろうか?と
ちょっとどきどきしていましたが、

「こんなに近くで見られてよかったよ!」、とこれは唯一お能を
見たことがある友達が言ってくれました。

お囃子は、笛:森田保美 小鼓:林光寿 大鼓:谷口有辞
の方々で、いつも能楽堂で遠目なのに、
すぐそこ!!というのはどぎまぎですが。

忠度が討たれ、箙にさした短冊の歌を
読むところなどは、ただ歌を知っているだけなのに、
(学校でならいました)
悲しい、と思いました。

終わってからの、「体験コーナー」は
これまた大好評で、
“面をかけるとほとんどみえない”体験をした友達は
「見えないのに舞えるっとすごい」と感心してました。

みな綺麗なものすきなので、小袖や
大口に触れられてよかったです。

会場は鴨川沿いのビルの4階だったのですが
夜景が見えていい雰囲気でしたし、

帰りに下のレストランで食事して帰った仲間も居ました。
初めての人にも喜んでもらえて
誘った甲斐がありました。

その興味が、実際に能楽堂にお能を観に行く、
に繋がるかどうかはわかりませんが…

次に能楽堂に行く約束を来てくれた友達と
しています。

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「SWAN LAKE」2

「白鳥」はなよやかなもんだと思っていたので、男性が力強く踊る姿に
はじめのうちは違和感もあったのだが…。
迫力といい、「鳥」の持っている怖さといい、
表現力がすごいのだった。

今度も、主演が誰であってもあの群舞が見られるかと思うと
それだけでにんまりと顔がほころんでしまってた。

2003年公演でみた「ザ・スワン」はジーザス・パスターだった。
クーパーに似て悪魔的なスワン。ただもう少し線が細い感じは
したが<圧倒的>な踊りだった。
翻って王子は、とうのたった哀れなひとで、
長年の鬱屈が、スワンと出会ったことによって発火し…
激しく燃え尽きた、と感じた。

演出の違いなのだろうか、
マー二ーの王子はまだあどけないまでに若く、
母への憧れもおさなく一途。

その初々しい心の影だからか、パイパーのスワンは
しなやかで優しく、中性的にみえた。
小柄なせいもあるけれど(クーパーは手足も長くて大柄、
堂々とした威圧感)

「白鳥の湖」にもある「舞踏会」のシーン。
アクションたっぷりの踊りが次々と続くが、
スワンそっくりの“不良”=ストレンジャーが現われた時も、
パイパーの色っぽさにほれぼれした。
(元のバレエでは黒鳥のオディールが踊る場面)

《まるで歌舞伎の女形が、男役で登場したようなみずみずしさ 》

そして最後にスワンは王子を守って戦うのだ。
襲いかかってくる白鳥たちと。

王子を抱きしめて天に昇ってゆくスワン(パイパー)に
オデット姫のイメージを重ねて、
二人はこれで救われたのだと思い、
ハッピーエンドでほんとによかった。

最後は拍手、拍手、拍手……
カーテンコールが5回、で明かりがついたけど。
ダンサーの汗と笑顔に力いっぱい拍手する。

そう!感動が自然に拍手になる。

一旦降りた幕の中でドラマは完結する。
その後は、「ああ、いいものを見たね、嬉しいね」という
劇場じゅうがひとつになっての拍手!

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2005.03.29

「スワン・レイク」

hall_kissa琵琶湖のほとりのびわこホール。湖のほとりで“スワン・レイク」って(笑)

2年前は、アダム・クーパー見たさにチケットをとった。
(彼が踊るのはみられなかったが)
今度は、マシュー・ボーンの新演出!というコピーに惹かれて。
フェスティバルホールより設備もよく、
景色もいい『ここ』を選んだ。

すぐ前が琵琶湖で、晴れた日にはヨットが浮かび、
この日のように靄が立ちこめていても、
喫茶スペースからガラス越しにひろびろと水面が見える。

座席・音響とも申し分なし。
オペラ公演でしょっちゅう使われるのも当然。

設備や環境が気になるのは私の癖で、窮屈だったりすると、
やはり内容がすっと体に入ってこないからである。
音響は最近のホールではしっかり考えられているが、
座席やトイレまで行き届いているとほっとする。

さて、
新しい演出というのは、前回は「ザ・スワン」に焦点をあてたが、
今回はむしろ「王子」をより前面に押し出して…(これは新聞記事より)
その王子役に、首藤康之が抜擢!だと。
いや、トリプルキャストなので、
観たのは
王子は、クリストファー・マーニー
ザ・スワンがジェイソン・パイパー、という組み合わせだった。

<ここでちょっとだけ説明>
スワン・レイクは、バレエ「白鳥の湖」の曲を使っているが、
内容はかなりちがう。

とある女王が治めている国
王子はまだ若くて気弱、母の女王をあがめている。
しかし母に認めてもらえず自殺しようとまで思う。
ある日公園で、白鳥の精(ザ・スワン)と踊る夢(かうつつか)を見て
希望が湧き、熱心に政務をこなす。

女王の側近の執事の計略で、「白鳥」に似た男
(ザ・スワンの二役)に舞踏会でプライドをめちゃめちゃにされて
正気を失い、閉じ込められて死んでしまう。
彼を助けようとしたザ・スワンも、仲間の白鳥に攻撃される。

しかし、嘆く母女王の頭上で、二人の魂はしっかり結ばれて天国へ

原作と似たところもあるが、白鳥を踊るのは全員男のダンサーだという
ところが、特徴。    ( 続く )
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2005.03.23

「観世宗家幽玄の美」

kousetu2kousetu1

香雪美術館は阪急御影駅徒歩5分。
住宅地の中、こじんまりした建物。
隣には「弓弦破」神社。

このあたりは、ひろびろと空がひらけていて明るい。
道は山に向かって上り坂。
ケーキ屋があったりブティックがあったり、
知らない土地を歩くのは楽しい。

京都にもこのくらいの規模の美術館がある。
いずれも出発は個人所蔵のものらしい。

ここは朝日新聞社主の所蔵品を集めたところ。
とっつきにあった銅像と説明はちゃんと読まなかった。
(後で反省)

さして広くない二階建て。
一階には、能舞台の作り物がミニチュアで並げてあり
可愛くて、思わず惹きつけられる。

特別展示の中心は二階。
古文書2点
能面7点

装束9点
鬘帯、腰帯、中啓

小物類と舞台写真(「松浦作用姫」「箱崎」)

夕方だったので人は少なく、若い娘さんに
説明している中年紳氏の声がずっと聞こえている。

どの展示も良かったが
なにより驚いたのは「面」
とくに女性の面の「泥眼」は
艶やかでひややかで、
「こんなうつくしいものをかけて舞ってはるんや!」と
しみじみ観た。
魅入られるような、静かに深い沈黙があった。

もう一点は「慈童」
ただの子供の笑みではなく、
この世のものならぬところで微笑んでいる。
年齢不詳の不気味ともいえる愛らしさ。

扇(中啓)は勝修羅と負修羅が並んでいて
どちらも使い込んだものであるのがいっそう興味深い。
昔のものがまだ充分使われていてしかも
彩色がややあせた所さえも趣がある。

装束では、「写し」として新しく復刻したものを
元のものと並べて展示してあった。
くっきりと明るい色合い。
昔はこんなに鮮やかだったのか!
(「紅白段市松御所車文様唐織」)

と見る気持の後から、
どうして古いもののほうが懐かしく思えるのだろう?と
疑問が。

そうか、古いものには、着た人や観た人のなにかが
纏わりついて、ずーっと長い年月を経てきたのだ。
だから、見ている私はその装束に降り積もった年月も
ともに見ているのだな、と納得したのは

外へ出て、神社の境内で休んだときだった。
ここも、古びたお社で、大きな木が天まで伸びていて
いかにも古い時代を感じさせる。
本殿は修理中。
まだまだここに神は住まいせられるそうな。

(おまけ)
舞台写真、面の写真等があったが、どれも素晴らしく綺麗。
どなたの写真か確かめなかったのがまたしても残念。

実物のほうが美しいのは言うまでもないが、
写真にさえ表われる魅力って?とまたはてなが増えた。

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2005.03.19

囃子ライブ

mitte2

大阪の真ん中(?)、本町に写真のレストラン「Mitte」があって、
時々そこで“囃子”のライブがある。
ユニット「TTR」=小鼓・成田達志 大鼓・山本哲也
ふたりの主催。

会場はこのビルの中の普段は結婚式場に使われているような、
天井の高い小さなホール。
それでも50人くらいは楽に入れる。

目の前で聞く囃子の迫力はすごい。
信じられない小鼓方の手の動き、
大鼓の「響け!」とばかりの勢いもつぶさに、見える。
汗も流れる。
気合がじかに伝わってくる。

私は先輩に教わって、去年からせっせと
ここでの催しに通っている。

昨日(11日)は「義経」がテーマで「船弁慶組曲」!!
Guestが三人=太鼓・中田弘美 笛・竹市学そして謡・浦田保親

竹市さんの笛、のびのびとかろやかにまた情熱的。
ますます美しく余韻が残る。
中田さんは初めて聞く太鼓。
掛け声もきっちり、振り上げる手も力づよいが押しいっぽうではなく。
またひとり気になる人が増えてしまった(笑)

謡の保親さんは、京都で何度も観ているが、
近々と聞く声はやはり迫力。
ほどのよい低音が好き。

どんなだった?聞かれても…うーん、聞いてみてください!としか
言えない。
たたみかけるように激しい調子で終わった「船弁慶」
謡が聞き取れないほどすごい掛け声と三つの鼓。

お能の囃子では、掛け声も打ち方もみーーんな楽なのだと
少しわかったようなことを考えてみる。
謡も一体化して幸せな楽の宴。

笛は…掛け声がないけれど、構えかたや吹き方。
音はなくても、楽!

成田さん、山本さんの声、すごいよ。
耳がいつも喜ぶ。

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2005.03.17

「百年の恋」

図書館の棚
普段と違う“通り”を通ると違う本に出会う。

短歌や俳句のコーナー。
標題の作者は道浦母都子
私と同い年。

9人の歌人の評伝。
○吉野秀雄
○山崎方代
○岸上大作
○大西民子
○大原富枝
○引野収、濱田陽子
○若山喜志子
○山川登美子
○津田治子

第6章の引野、濱田両氏に短歌を習った事がある。
特に「短歌」にこだわっていた訳でもなかったが、
偶然同人誌「短歌世代」を読んだ知人が、
「京都だし…どう?」と言ってくれたのだった。

習っていたのは1年半ばかりだったか、
記憶はおぼろげだが、
せっせと短歌の本を読み、
例会にも出席し、
先輩たちの歌をかしこまって聞いていた。

そのころ、好きだった歌人が、馬場あき子、山中智惠子、大西民子。

先に、引野師の話をしよう。
桃山の坂の中ほどにある小さな家で
ずっと寝たきりで歌を詠んでいる人。

挨拶に行ったとき、本の中にかかれているとおり手鏡の中から
顔を覗かせ、小さな声で励ましの言葉をおっしゃった。

そのころの私はまだ無鉄砲で、
遊びの気分もまだ多く、
毎号投稿はしたものの、
現実の転変(結婚、出産)で遠ざかってしまった。

実際に歌会で講評されるのは濱田師で、
化粧の濃さにびっくりしたけれど、
苦しい生活だと知ったのはかなり後のことで、

御髪は“鬘”だと漏れ聞いた(本当のことは知らない)

覚えているのは、伏見桃山公園に「歌碑」が立つので
そのお祝いの吟行に行った時のこと。
師の悲しみをわかる大人にはなってなかったが、
歌の響きはまだ覚えている。

「永遠と思えるながきときのなか
  樫たてり黄なる彩雲のはて」

もうひとり、忘れられない歌人「大西民子」
優しく穏やかなのに淋しい歌。

「短歌」誌上で出会った数々の“女流歌人”の中で
(何故か、女性の歌詠み及び小説家が大好きです。)
涙ぐむほど好きな歌がこの人の歌。

いま、一冊だけ持っている歌集。
「海の記憶」大西民子選
その昔、私がしるしをした歌たちを、この本で再び確かめる。

「離婚」が重いテーマとなっているのは知っていた。
なにほどのこと?と簡単に考えていたその時の自分、
いまになって深く感じ入ることが多い。

彼女はたったひとりで、誰にも看取られずに
急になくなったそうだ。
身寄りはすでに絶え、
歌の仲間が住まいを訪ねて初めてその死がわかったと言う。

「桃の木は 葉を煙らせて雨の中
  共に見し日は花溢れいき」
「藻の花の揺らぐと見ればいつの日も
  創(きず)持つ魚の遅れて泳ぐ」

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2005.03.14

伊藤若冲展

おおがかりな特別展ではなくて、ほんの2、3室を
使っただけの展覧会。

京都国立博物館、三十三間堂向かい。
東山を背に負うて、
門から入ると広々した芝生、噴水、紅梅白梅。

昔の洋風建築がずいぶん落ちついて、そのうち
文化財になるのでは?(なってるかも)
入口にあるCafeは、ガラス張りで、ここだけ今風。

平常展示館は「特別」よりもちっと地味な建物。
エスカレーターはないし…
落ち着いて冷え冷えした空気なのは天井が高いからか。

若冲得意の「鶏」を描いた作品、何点があったが、
鳥類の眼の怖さが発揮されている彩色のものは
少なかった。

イラストのように可愛い楕円形で表された鶏の後姿。
墨絵だと筆跡もうすずみで美しく、
竹の葉は大胆に黒々と描かれて、主題はどっち?と思ってしまう。

「描きたいものを自由に」描いた彼らしく、
大きな屏風は、近景と遠景しかなくて
まんなかは霧か朧か、
点描のような玉垣。
堂々と主張している山なみ。

ゆっくり歩きながら観ていると、
呼吸も緩やかになってきて、「けっこうなもんやなぁ」で
すいすいと部屋から部屋へ。
ながいこと、ガラスの中を見つめていたのに、

なにほどの時間も経っていないのだった。
一番気に入ったのは、「犬百態」
可愛い唐子のような仔犬が、たくさん!!

たくさん居る、ことで圧倒されることはない。
それぞれの姿態は微妙に違う。この絵の前に椅子を置き
一匹づつしげしげと眺めてみたいものだ。

楽しんだあとは他の展示室に回る。
「宸翰」と「刀」を見る。
刀は神社に奉納されたものなどで、
名は知らないが土地は知っている。

芸術品としての「刀」!
ほれぼれする輝き。
たしかに、人を傷つける道具とは思えないくらい
高貴な雰囲気がする。
(能の「小鍛治」をみてみたいと思う)

天皇の手跡である「宸翰」
(高倉・後鳥羽・後嵯峨・後深草・後宇多・伏見・
後伏見・花園・後二条・後醍醐)
後のオンバレード(笑)

「平家」の時代から「鎌倉」及び南北朝のはじめまで。
崩し字は読めない。これが難だが、
一人一人、字の持ち味が違うのが見て面白い。

全体を見渡すと、字の濃淡が、絵のようにみえてくるから
不思議だ。
仁和寺や大覚寺。生まれ在所に近い寺々の名。
消息が書かれた時代、子供の時の記憶、最近の
観光地としての寺のありさま。

二重三重におもいがかさなる。
「流れ出た宸翰=その需要と供給」
こんな講座の案内も。
仕事でなければ行ってみたい。
これらの手紙はどんなわけがあって流れ出て、誰が、
なんのためにそれを求めたのだろう?

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2005.03.12

大槻能楽堂自主公演(3月11日・金)

大槻能楽堂まで自宅から1時間半
ここの自主公演、今年は7回全部金曜日の夜。
「勤め帰りの人も楽しめるように」ということだとか。

“お能だけ”なら大丈夫かな?!
6時始まりだから、残業なら無理だね。

私は土日の公演には行けない。
その両日が勤務日のパートだから。
なので、
このシリーズの予定を聞いた時、もう嬉しくてしようがなかった。
確実に今年は7回以上、お能が観られる!

今日は「藤戸」
シテは多久島利久さん。
もちろん初めて。
あらすじは知っていた。
地味で悲しいお話。

『源氏の武者、佐々木盛綱が、この“藤戸”の関を渡って
平家を攻める時、土地の漁師に浅瀬を案内させ、その後秘密を
守るために殺して、海に流した。
戦が終わって彼はこの地を賜り再び藤戸にやってくる

そこに漁師の母が現れ、子をなくした悲しみを語り、自分も
殺して欲しいとかき口説く。
盛綱は母に漁師を殺した時のありさまを包み隠さず語り、
彼の魂を慰めようと盛大に弔う。

その夜(だったのだろうか)漁師の亡霊が現れ、
命を召された時の情景をのべ、辛い思いを語る。
恨みは尽きないが、あとの弔いにより成仏できた、
と合掌して消えていく』

この曲には舞が少ない。
(お囃子と舞だけ、ということがない)
問答ですすみ謡がつなぐ。
普通のドラマに近いのだ。

1時間20分を、長いと思わなくなった自分が可笑しいけれど、
慣れるというのはえらいもので、
中入までは長いが、後シテが登場すると、終わりは近い。
そこまでの時間を「耐える」のではなく
「残念、あと少しか!」と思えるようになった。

多久島さんが良かったのだ。
声も良かったし、姿も感じがよかった。
大槻は親しい場所だから、安心して舞台を観ていられるのが
心地よかったということもある。

ワキの福王さん、地謡のかたがた、知った顔も多く、
鼓の曽和さん、笛の左鴻さん、
アイの松本薫さんもおなじみ。
目馴染み、耳馴染みって大事だ。

亡霊が持っている杖は、ただ持っているだけでつくことはない。
その杖が刀となって、我が身が刺される場面と、
最後に合掌した彼の手から音立てて杖が落ちる、
二つの光景が記憶に残る。

(予習はいつも白州正子さんの本でする。
こんなにお能をわかりやすく語ってくれる人はない、
と思っている。
本に左右されていることがないとは言えないが、お能を
知り尽くした人だけに、ふと気持が舞台に吸い込まれる場面は
何故か本に紹介されているとおりなのだ)

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2005.03.10

責任編集

松本清張の“ファン”である。
子供のとき、週刊誌に連載されていた「黒い画集」が出会ったはじめで、
飛び飛びではあるが、あれこれをつまみ読みして飽きなかった。

社会派リアリズムと評された長編よりも、短編のほうが読みやすかったので、
後になって需めて読むのは短編集だった。

今度、文春文庫から
「宮部みゆき責任編集」と銘打った三冊のシリーズが出たとき、
同じみの作品ばかりだしなあ、と買うのを控えていたけれど。

宮部みゆきは「火車」で出会い、
新刊が出るたびにハードカバーで追いかけてきた、
大好きな作家であったため、
ついつい店頭で手にとってみて、
「前口上」をちらっと見たとたんに…レジに走ってしまった。

買ったのは「中」巻。
第5章 淋しい女たちの肖像
 ○ 遠くからの声
 ○ 巻頭句の女
 ○ 書道教授
 ○ 式場の微笑
第6章 不機嫌な男たちの肖像
 ○ 共犯者
 ○ カルネアデスの舟板
 ○ 空白の意匠
 ○ 山

こうしてまとめて読むと、同工異曲のものもあるけれど、
とれも粒が揃っていると感じる。
清張の作品には女を描いたものは多いが
「悪女」と言われるタイプが華やかで目立つので

おやおや、こんなに物静かな雰囲気の短編が
結構あるのだ。

中でも
「式場の微笑」に言及した宮部みゆきの
何行かの解題だけで、この1冊を買った価値はあった。

“孤独な人間の善意と矜持”

学歴の有無に振り回される男の世界や
賄賂が横行する官僚の世界。
闇に隠れた部分に鋭い怒りを持ち続けた清張の
もうひとつの一面。

ささやかに生きているものに対する思いやり、
というのかしら。

彼女が口上を述べてくれなかったら、見落としていたかもしれない。
つつましく生きることは決して悪くなんかないってこと。

気をよくして、あとの2冊もそろえるつもり。
「巨悪」のことも多分、知っておいた方がよいのだろう。
自分を支える何本目かの柱として。

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