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2005.04.05

「融」(「追善能その1)

oobori-ikeno
福岡は雨模様で、
ひろびろした池も鈍色だった。

「柿原繁蔵三回忌追善能」はこの池のほとりの
大濠公園能楽堂で行われた。

「融」は番組の最後
友枝さんがシテ。

印象が薄れないうちに書いておきたい。

実は昨年梅若六郎さんの「融」を観ている。
思わずくらべてしまった部分もある。
違いもしっかり感じた。

ワキは両方とも宝生閑さん。

河原の院にやってきた落ち着いた高僧、というのは同じ。

友枝さんの前シテの尉は
とても不思議な雰囲気をもっていた。
ほんとうにこの世の人だろうか?と初めから思わせられる。

その老人が、思いがけなくも丁寧に
「名所」をあちこち教える場面。
ぐるっと北から南まで(清水あたりから深草の里まで)

教えながら彼の手は穏やかにワキの背に置かれる。
親しみを込めた仕草のあと、
一転して、やや忙しげに潮を汲む。
ここでますます不思議さが増す。

消えてしまった老人のことを、そのあたりの者に詳しく尋ねた後
僧は屋敷後に留まって夜を迎える。
(「徳の高いあなたなら、きっと融大臣の姿を見ることができるでしょう!」と
 あたりの者は言う)

夜がふけて、まどろむ僧の前に現れたのは
白地の上の衣 袖に赤い紐が通してあって玉留めしてある。
紫地の指貫。
滑るように橋懸りから登場する。
絵に描いたような貴公子ぶり。
声音もやや老人のときより高めである。

「早舞」とあるのに、ゆったりとしみじみと友枝さんは舞う。
昔のことを偲びながら。
そこに僧が座っていても、気にせずに、ただただ静かに舞いつづける。
さまざまな遊びに明け暮れた日々のままに。

ひもとかれた絵巻がつぎつぎと浮かび、
ほっと息を継ぐ間も惜しんで見守る。
(しかしワキの僧は面を伏せて、まだうつつない)

月がようやく傾いて夜明けの気配を感じるころ
融大臣はしずしずと己の居場所(「月の都」)に帰っていく。
やっと目覚めて、はっと立ち上がり二、三歩あとを追う僧に

ふうわりと見返って
“ああ、そこに居たのだね、あなたは。”とひとり言をつぶやくような
風情で袖をおろし、後はもう月の光に溶けて見えなくなってしまった。

友枝さんの舞は、誰に見せるものでもなく
ひとりで在りし日を思いつつ舞うようであった。
その美しさは言葉にできない。透き通った舞姿である。

(六郎さんの舞は、僧の読経に礼を言いにやってきたような、
楽しげで親しげなものだった。やさしく雅びな大臣の
若いときそのままのような明るさ)

流儀が違えば多分型もちがうのだろうし、
どちらが、とは比べられない。

二人の魅力がちがうのだから。

偶然だけど大鼓はどちらも柿原崇志さん。
カンカンと渋く鳴る音を聴いた記憶があった。

今回の笛、一噌隆之さんは、ややほの暗い幅のある
枯れた音だった。
小鼓の横山さんは、ほのぼのと春めいた音。
金春さんのやわらかな太鼓。

違った色合いの音と謡と舞が重なる心地よさ。
友枝さんのお能、一番一番がわたしの“たからもの”である。

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