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2005.05.28

「燃ゆる想ひを」

いつものとおり書評で見た本を探して借りてきていたら、
今風時代劇「巴御前」にぶつかった。

馬が喋ったり(テレパシーだけど)、巴は超能力者(いわゆるSHINOBI)だとか、
設定が時代劇だというだけで、
中味はおもいきりエンターテインメント。

プラス恋愛も(もちろん義仲と巴だが)、これがプラトニックで
なんとなくおかしい。

途中は笑わせて、「義経」や「服部半蔵」が登場したりする
味付けがあり、最後は、つらくはかない“恋”で締める。

一気に読めるので、次々に同じ作家の時代劇を借りた。
名前:鈴木 輝一郎 年齢:45歳

「幻術絵師、夢応のまぼろし」
信長対本願寺の戦いに巻き込まれる絵師(幻術師)の話。(短編集)

「中年宮本武蔵」
吉川英治の武蔵のイメージをぐわらりとひっくり返し、養子伊織の目からみた
強いけど社会性ゼロのはちゃめちゃ武蔵の物語。

柳生十兵衛、荒木又右エ門、細川三斎、など多彩な脇役が活躍。
現代語で書いてあるので、ノれれば面白いことこのうえない。
重みがないのが、ちょっと残念。(今後に期待)

そしてこの「燃ゆる想ひを」
テーマは…初老の女の“想い”
場所は、伊吹山。
時は「関ケ原の戦いの前後」

恋の相手は、豊臣方の大名「アウグスティヌス・小西行長」

切り口が、やや斜めで(主人公のおばさんがかっこいいわけではない)
笑いを取り入れて、という趣向は
他の作品と変わりはないが、

気に入ったのは「言葉」
『昨日のことを泣くよりも、明日笑えるように今日を生きなさい』

ちょっとかっこよすぎるのだけどね。

彼、落武者の王子である小西行長の「言葉」として
caritas=燃ゆる想い、が語られる。
この想いは決して燃え尽きることはない、と。

しばらく平安・鎌倉時代に凝っていて、
血の流れが緩やかだったからか、

活きの良い戦国時代の、若い作家のお話しが気に入ったようである。

タイトルは“かくとだに えやはいぶきの さしも草
 さしもしらじな 燃ゆる想ひを” 藤原実方朝臣 百人一首

おばさんの名は「とき=朱鷺」
むかしはこの薄紅色の羽をもつ鳥は、ほんとにどこにでもいたそうだ。

『心を通わせた相手でなければ「名」は聞かない。
彼がおばさんの「名」を聞いたのは、二人の間に通うものがあったからだ。』

       というのが、作者の設定。
名前をそれほど大切なものとして描かれたのが嬉しい。
実方の歌、お手札ではないが好きな歌である。
asibi-kannzekaikann

 さしもしらじな  とはつらいが、
朱鷺さんは、人を信じることができるようになった。     

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2005.05.23

坂に恋する

なぜか最近「源氏物語」に縁があるようで、
さきごろはずっとおせいさんのを読んでいた。
その彼女のあとがきに紹介されていたのが、

円地文子さんの「源氏物語」である。
図書館で借りたら、コンパクトなので、不審に思ったが、
何の事は無い、これは若い人向けの三巻ものだった。

出だしだけでも、文章の緻密さがくっきり出ていて
物語の運びも速い。
こういう読み比べのようなこと…をするようになるとは、
お能を観るようになるまで思いもよらなかった。

きょうは「源氏…」を離れて、
円地さんの本とであったときのことを少し。

10年くらい前、知人に指摘されたことがある。
「河合隼雄さんの“中年クライシス”に円地文子の「妖」って本のこと書いてあるけど、
その主人公があなたにちょっと似てるよ?!外見じゃなくてさ」と。


河合さんの本は好きで“中年クライシス”も持っていたが、
「?」としか思わなかった。

小説の主人公=千賀子は、金持ちで
家持ちだし、「総入れ歯」だったりするので(私は歯だけは丈夫なのだ)
なんで私がこの人に似てるん?と 不思議だった。

その章は「エロスの行方」と名付けられていて、
中年を迎えた女性の、根源的な「エロス」はどの方向に向かうのか?
などと、わかりやすい言葉でわかりにくいことが(笑)書いてあった。

千賀子さんと夫は形だけの夫婦で、彼女は自分の収入で中二階
を建て増し、そこで寝起きしている。
その部屋は「坂」のすぐ下で、
半地下のようになっており、夜など坂からいろいろな音が響いてくるのだった。

骨董収集が趣味の夫に対して
千賀子さんが思いを向けたのは「坂」だ…そうだ。

小説ではあるけれど、60代(?)の女性が、入念に化粧して、
梅雨時の夕暮れ、濃く化粧した白い顔をして、「坂」のうえに立っている姿を
想像するとちょっと怖い。

解説だから、全部は読んだ訳でなく、「似てる」といわれたことを
気にするでもなく忘れていたが、

おせいさんの「源氏」の解説のなかに
「つっかえたときには円地さんの“源氏”を読んで考えました」というふうな言葉があり、
もう一度、読み直してみるかな、と短編集を借りた。

どのあたりが自分に似ていると彼女が思ったのか、聞く術はないけれど
年齢が上がった分、千賀子さんの気持に近づく事はできたようだ。

「坂」が見せてくれる景色、気配、四季、心変わりしないものとして、
思いをかけるのにこれほど安全なものはない。
いっぽうで、
「坂」に対する礼儀として、化粧も盛装もあっただろう。

自分の中だけで自足してしようとするとそうなるのかもしれない。


小説の最後には、苦い結末がある。

無礼な深夜の訪問者、と思われたのは、
ただ、抱き合ってわれを忘れた若者たちが、うっかり
門の呼び鈴に触れただけだった。

けたたましい音は、澱んだ世界にうずくまっている
千賀子さん夫婦を驚かせる。

その後はまた同じ暮らしが続く…らしいのだが、
読んだ後、楽しくなる小説ではなかった。

時々はこう苦いものも読まないとな、と思うのは、
年取ることで備わったバランス感覚かもしれない。

「坂」といえば、
お能を観に行く時によくお茶を飲む半地下のティールーム。
見上げると坂の上を通るひとたちがよく見える。
またうえから軽くのぞきこむと、
会話している人たちが、小さく楽しげに見える。

年に何回か、お茶を飲んでから能楽堂へ行く。
私にとっての「坂」は、お能なのだろうか。

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2005.05.21

友枝昭世の会「安宅」

今年の始めに、“心味の会”で
浦田保浩さんのシテで「安宅」を見た。
熱気いっぱいの力強い弁慶だった。

友枝さんはどんな弁慶なのだろう?と
思っていたが、弁慶=強くて剛の者!というイメージは
変わらなかった。

橋懸りに登場した弁慶を見たとたんに
ため息をついた。
全く違う“弁慶”だったので。

「顔」

“「安宅」が直面だと聞いて、素顔が観られる!と
とてもとても楽しみにしていた私だった”

しかし…
「顔」は「面」でありましたよ。

墨染めの衣の肩の線も柔らかに歩んでくる彼は
賢く、物静かに見えた。
声も、少しも張らずに淡々としていた。

彼は、その沈着さで安宅の関まで、数々の苦難を
しのいできたのだ。
ただ義経を守るために。
他の家来たちは全幅の信頼をおいている、主君の義経もそうである。

関をとおるために彼はただ、静かに
山伏らしくとおろうと説得する。

このあたりで、弁慶がすべての中心であることがわかる。
かといって、彼がこの場を“引っ張って”いるのではない。
みなの軌跡が彼に集中しているということなのだ。

座した姿の美しさ、義経の前に頭を下げるその型において、
ほかのどの部分も動かないが、顎の紐だけが、言葉につれて上下する。
“恐れ多き申し事にて候へども、御篠懸を除けられ…”
と義経に頼む姿は、穏やかなだけに表には出ないが
思いの深さを感じさせる。

そして、皆は整然と、関守(富樫)の前を通るのだ。

<富樫は森常好さんで、朗々とした良い声、押し出しの立派さ、
力強い語りなど、とてもドラマチック!ただ、少し劇的過ぎる気がした>

ここで勧進帳を読む「名場面」(歌舞伎でもおなじみ)があるのだけど、
なんという美しい謡、正面中央で、巻物をかかげ持って
読み上げている姿は、この関を抜けねばならない、ただそれだけに集中している。

富樫が覗こうとしようと…不審さを見せようと、動じるものではない。
睨みあっても富樫が不利。
水のような冷静さに、ぼんやりした疑いは勝てない。

苦心したが義経の変装は見咎められ、弁慶が杖を取り上げて彼を「打」つ。
笠の端のところを二度打つのだが、静まり返った中に音は大きく響いた。
山伏たちは刀に手をかけて富樫に襲いかかろうとする。
彼らの動きは静かだが、激しい気迫に満ちている、
それを金剛杖で止める弁慶の顔は、ほんの少しだけ紅潮しているように見えた。
(見えただけかもしれないが)
「今はその時ではない、短慮してはいけない」と、しっかりと横たえた杖に
僅かに力がこもり、
(でも弁慶の顔はあくまでも静か)
彼らの迫力に富樫は恐れて通行を許す。

後見に杖を返しに行くときに床を打つ、その音さえ美しい。

もうひとつの見せ場の“延年の舞”
いかなる理由か、
富樫がお詫びに酒を持って山伏たちを追いかけてくる。
訳が分からないのが不気味。
ここでも、弁慶は落ち着いている。

さしつさされつ、酒を汲みあい、求めに応じて舞う“延年の舞”。

舞いは、美しくて言葉にならない。
扇を構える手、目付け柱に歩む足、ひらりと数珠を持って返す袖、
彼の舞いしか目に入らない。
お囃子はちゃんと聞こえているし、富樫も山伏も義経も
みえているのだけど、彼の舞にだけ気持が添う。

体中が喜ぶ。
こんなに幸せなことってない。
ずっと続いてほしい。

<いつも、舞いが終わって友枝さんが謡いだすと…もう終わることが
わかって悲しくなる。序の舞でも少しも眠くない。>

終わりはかなりあっけなく、するすると山伏たちは橋懸りを帰る。
弁慶もまた、一瞬うしろの気配をうかがうようなそぶりをしたあと
すぐに幕に入ってしまう。

ここからは私の勝手な想い。
<この弁慶は誰かに似ている?確かに弁慶は、武勇に優れているだけでなく
地方水軍の長の息子、という噂があるように教養もすぐれ、
比叡山で修業したが、山の俗っぽさに馴染めず…などなど

と思えば彼が賢いのも納得。追われる義経を支えたのはこの知性と、
揺るがぬこころざし。上り坂の時だけでなく、行く末が暗いのを
見据える目をもっていて、それを受け入れ、しかし最後まで
自分のなすべき事をする。
こんな人を、一人知っている。
それは平知盛。
目立った公家風の優男ではないけれど、どの戦も堂々と戦い、
平氏の末路を知リつつも、壇ノ浦でも智謀をこらして源氏に
抵抗しようとした。
その最後に、
「見るべきほどのことは見つ」と
辺りを片付け「珍しい東国武士を見ることができますよ」と
微笑んで、海に沈んだ知盛。
これは、むかし、本で読んでそれからずっと思いつづけているイメージ。

友枝さんの弁慶は私にとって、あの知盛とそっくり。
奥州に行ってどうなるものでもなく、そこに行き着くまでに
まだどれほどの苦難があるかもよく知り、
ひょっとしたら衣川まで、彼の目には見えていたかもしれないのだ。
しかし、今は「安宅関」を通らねばならないから
そのためには、どんなことでもできる。
彼が義経に抱いていたのは、華麗な栄華をともにすることではなく、
「いついかなるときも」の忠誠だった。
一門とともに沈んだ知盛とは少し違うが、
“立ち往生”しても守りたいものはただひとり義経だったのだから、
彼はなんの後悔もなかったろう。
運命を引き受けることはあきらめることではない。
最後までよくいきることなのだから>

とこんな風に「安宅」を観てしまった後、私のどこかの部分を
能楽堂に置いてきてしまったようで、地に足がつかない。
まだ、彼の後ろ姿を見送りつづけているような気がする。


地謡は耳慣れた喜多流、ごく気取らない調子が快い。
お囃子は、柿原さんの大鼓の乾いた音が耳に食い込み
小鼓の柔らかい音が混じり、
息遣い激しい一噌流の笛が、ひそかに劇的だった。
またがっちりした声のアイ二人、初めての三宅家。

どの部分が…ではなく、すべてが、「安宅」だったと
言いたい。

(付記)
シテ=弁慶 友枝 昭世 子方=義経 友枝 雄太郎
ワキ=富樫 森 常好 山伏 長島 茂、友枝 雄人
狩野 了一、金子 敬一郎、内田 成信、粟谷 浩之、谷 大作
アイ:三宅 右近、三宅 右矩
笛:一噌 隆之 小鼓:北村 治 大鼓:柿原 崇志
後見:中村 邦生、 内田 安信
地謡:地頭 粟谷 菊生他 (残念ですが、長くなるので省略します)

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2005.05.17

唐の鏡

「鏡は少し曇っているほうがいい」って
ついこの間読んだ、おせいさんの「むかし・あけぼの」にあった。
洗面所にある我が家の鏡は
映りも悪いし場所も悪い。

まして、“超”のつく近視のわたしが、湯上りに裸眼で眺めたって
自分の顔がはっきりみえるはずもない。

そんなわたしだが、ちょうど1年ばかり前から、
「化粧」を始めた。
きっかけは「あまりにも…のシワの多さ」だったが、
手入れの楽しさにすっかりのめりこんで

いまでは、「まあまあ普通」の化粧度である。

お化粧上手な先輩たちをみていつも疑問に思っていたことがある。

    #何年たってもお化粧の仕方が全く変わらないのは何故?#

何でも経験しないとわからないことってあるもんで
「化粧した自分の顔」のイメージがしっかりあるので、

同じようにしないと気がすまない…んじゃないかな?

かくしてわたしは仕事の度に
しっかり目張りを入れるようになった。

出来上がりが少々滲んでいても
鏡が曇っているから綺麗?に見える。

この顔で風邪をねじ伏せて無事にお江戸にたどり着きたい。

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2005.05.11

「むかし・あけぼの」

おせいさんの「宇治十帖」を借りにいったら、棚になくて
代わりに借りたのがこれ=枕草子
「枕草子」といえば!
治ちゃん…橋本治のがかなり有名で、あちらは軽々とイマ風に
おネエちゃんの生き生きした感覚で、
景色や出来事をとらえている、それもとてもすてき。

おせいさんに惹かれるのは、
登場人物が身近に感じられるからなのです。
ここに居るのはまぎれもない関西人。
(源氏物語から採った短編は、この“関西弁”をしゃべる
源氏や花散里、惟光など出てきて楽しい)

清少納言は、好奇心いっぱいの女性。
教科書に出て来るしかつめらしさもなく、
「紫式部」が評した、「浮ついたでしゃばり」ともちがって、

一瞬の情景や感覚を美しく表現することにたけた、
きりっと前向きで、ちょっとしたことも楽しめる、明るいひと。
美人がどうかは、これはまた別のテーマです。

筋書きは「枕草子」そのものと、この時代のエピソード、歌集などなど
物語としてこなれていて読みやすい、これがたいそうありがたい。
(いまどきのひとのは読みにくいのです。言葉のつながりが読めません)

ふと、これを書いたときの作者の年齢を数えてみると、ひょっとすると
今の私くらい?かと思われます。
それでこのお話のあれこれが心に沁みるのでしょうか?

何より気に入ってしまったのが、清少納言=海松子(みるこ)の彼氏
、えーと2度目の彼です。棟世(むねよ)さん。
50過ぎた男の人が魅力的、なんてね、思ってもみませんでした。
でも、ほんとに彼は、“可愛げ”があって、気持の豊かな人なんです。
彼がみるこに
「うねうね生きようね」と語りかけるとき、
私も心の中で肯いてしまいます。
(「そやね、うねうね生きなね、ゆっくり、楽しゅうに」と)

おせいさんは、作中の人物のあれこれの“可愛げ”を次々と
みせてくださいますが、むねよがみるこに
「家の用事など誰にさせても同じだ。しかし、お前でないとできない
仕事、というのもあるのだから…」とささやき
「お前に中にな何かしら面白い、魅力的なものがある。
そういうものは見る人が見ればわかる。」と寝物語するとき、

このページを読んだだけで、嬉しくてたまらなくなります。
きっと私はこういうことを言って欲しかったときがあるのでしょう。
でもみるこはむねよに先立たれてしまうのです。
最後は世の移り変わりをみつめつつ、中宮のお墓のそばで暮らします。
むねよの形見は残しません。(潔いなあ!)

図書館におせいさんの全集が入っていればまた借りてきましょう。
エッセイは何気なく読み飛ばしてしまってましたが、
“可愛い”男はん、はダンナさんのことやったのかしら?

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2005.05.08

あやめもわかぬ

雨のあと急に気温が下がり
これで常の五月になったようだ。
緑がさえざえとしている。

浦田定期能を観に行く。

遅れたので、正面は満員。
いつもは舞台が見渡せるあたりに座るのだが、
師匠がおシテだから近くで!と脇正面2列目にした。

定期能は見所の平均年齢が高い。
謡本所有率もまた。

「みちのくの あだちがはらの くろづかに
おにこもれりと きくはまことか」
うろ覚えだが、こんな歌が古典にあり
能「安達原」は
この歌を下敷きにした、鬼女の話。

“僧祐慶は連れと陸奥に下り、安達ヶ原というところで
日が暮れて一夜の宿を請う。
主の女は生きることに疲れた中年女性で
枠枷を繰りながら長き生を嘆く。
やがて、女は客のために山に行って柴を取ってこようといい、
決して自分の部屋を見てはならぬと、繰り返し念を押しつつ
立ち去る。

気になってならぬ供のものが、部屋を覗くとそこには
死体が詰まれどくろが転がっているというありさま。
祐慶たちは逃げ出そうとする。
そこへ柴を背負った女が戻ってきて、
「見られた」ことを知ってたちまち鬼に変じ、
彼らを食い殺そうとするが…
僧たちの必死の祈りに
「ああ、浅ましい、恥かしい」と声を残して
鬼は夜に紛れて消えていってしまった。

先生の「女」役(シテ)を観るのははじめてかもしれない。
前場の中年女、色無の小袖が、似合う。
まだ疲れるには早い年齢の淋しいひとり住みの女。

糸枷を繰る手つきがかなしい。
自らのありようを嘆く声が痛々しい。
柴を刈りにいくとき、ねんごろに「見ないでほしい」と頼む
声が、ややもすると低くたゆたうのが、
鬼の気配を感じさせた。

後場の鬼=般若の面
あまり怖いという気がしない。
僧たちに襲いかかるのも約束を破られたからなんだ、
と思わせられるのは
背中に負うた柴の束を、からりと落としたその仕草が
力無くはかなく見えたため。

こんな風に、約束をたがえられた事が
喜んでもらおうとしたのに…やっぱり部屋を覗かれたことが
何度もあったにちがいない。
成仏したわけでもなく
ただ恥ずかしそうに夜に紛れていったのは、
やっぱりただの「女」であって
鬼と見えたのは
何の故だったのだろう。
後場ではあおい下着、腰に小袖を巻いて
地味な色合いが悲哀をいやましていた。
立ち姿、肩から胸にかけての線が
美しく整っていて、
ばたりと倒れ付す背中もほっそりと…。

「鬼」(異界のもの)とはとても見えなかった。
哀れで。

ayame
<番組>
能『安達原』

シテ(里女・鬼女) 深野 貴彦
ワキ(山伏祐慶)  原  大
ワキツレ(供僧)  小林 努
アイ(能力)     安東 伸元

笛:左鴻 泰弘 小鼓:吉坂 一郎 大鼓:石井 保彦
太鼓:前川 光範
地謡:浦田 保親、 越賀 隆之、 河村 晴道、吉浪 壽晃、
    橋本 忠樹、 松野 浩行、 梅田 嘉宏、河村 和貴

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2005.05.06

波の上にぞ

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厳島といえば朱塗りの大鳥居。
はじめて見たときはその鮮やかさに目をみはったものだ。

国宝の「平家納経」はどこかに出稼ぎに行っていて
いまはここには無いそうだ。

年々潮位が上がっていて、ちょっとした雨でも
舞台や回廊は波に洗われると言う。
去年は台風が来てかなりの被害が出たので

輝くスターである「納経」は、呼ばれればどこにでも
修理費用を補うためにでかけるのだって。
なんともほのぼのした話だ。

ずいぶん古い時代からある神社だが、
興隆したのはやはり平家がいっしんに信仰したかららしい。
波の上にゆらりと浮かんでいるここは、
遠い中国と貿易を考えていた清盛の意に叶った
地の利であったにちがいない。

この前は秋に行われる観月能(友枝さん)を観にきたのだった。
夜ともなれば、打ち寄せる波に灯りが映えて

「この世のものならぬ」不思議な舞台になる。
演目は「松風」
はじめて眠らずに最後まで観たお能。
それがきっかけで、いまではすっかりとりこ。
noubutai-syoumen

今回は晴天の真昼
能舞台をくっきりと観た。
三人で、ゆるゆると回廊を歩いて行くと、
朱の色がふと消える、そこが舞台。

廊下と舞台の間にも水があり、
橋懸りの向こうはもちろん広々と海で、
あの大鳥居は舞台の右横にやや小さく見える。

楽屋口がまるで異界への入り口のように
しめなわが張られているのも面白い。

「今度は催しがあるときに来ようね」と
口々にいいあう。
行きたいのは4月の「桃花祭」。
喜多流、観世流のお能の奉納、社中会、舞楽などが
行われる。
残念ながら予定が合わなかったので見送ったが、

鹿が日向ぼっこをしている参道を通って、
のんびりと一日、出入り自由で、舞台をみたい。
そのときこの能舞台はどんな顔をみせてくれることだろう。

帰る前に「千畳閣」に上った。
はるかな海に浮かぶ神社の全景。
波の上のみやこ。

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2005.05.05

「船弁慶」

「風薫る花の御所」という風流な名前の催しがあった。
ところは御所の北側。

足利義満が住んだ“花の御所”の跡地に
いまはミッション系のD大学が建っている。

少し前に建替えられた「寒梅館」のハーディーホール。
芝居も室内楽も、もちろん能・狂言もできてしまう
引き締まった大きさ。

講演会でメモが取れるように、座席に小さな台が収納されてたりして(笑)
実用的多目的小ホール、ということのようだ。

狂言は2番:「清水」と「止動方角」
能は:「船弁慶」funabennkei-kasi-


記念の菓子…老舗菓舗「俵屋吉富」の若社長製作!
「船弁慶」

funabennkei-kasi-nakami
桃色が静御前を、真ん中は義経と知盛を“かるかん”と“ようかん”で表わし
白いういろう細工は弁慶なのだそう。

お能のほうを鑑賞。
シテは片山清司さん。なんと清らかで綺麗な静だろう。
小柄な体に小袖の紅が映え、烏帽子をつけて舞う姿の美しさは
言葉にならない。
ここから帰れと言われて泣く姿など、まったく女性そのもの。
うっとりとお囃子にのっていればよかった。

後シテの知盛。
薙刀を持って舞う姿、こちらもうつくしい。
いかにも平家の公達らしい優雅さ。
あれあれと見る間に弁慶に祈り伏せられ
さらさらと幕に入る場面すら

怨霊というにはあまりにも綺麗。

船頭は千三郎さん、ぴちぴちと棹を使う場面がキレよく素敵。
弁慶の中村彌三郎さん、重厚な語りがぴったり。

子方=義経は分林寛奈子ちゃん、しっかりと謡いも上手。
    太刀を抜いて渡り合うタイミングもぴたりだった。

お囃子  笛 杉 市和 小鼓 林 光寿 大鼓 河村 大
     太鼓 井上敬介…… の方々

連休の終わりによいものが観られた。

年が同じな3人(片山清司さん、茂山千三郎さん、石原義清さん=「俵屋」の社長さん)
が、一緒に何かやりましょう!という会だったそうで、続編期待。

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2005.05.02

ふたつの能舞台

4月26、27日と1泊2日の旅。

ネットで知り合ったTさんと。
案内人は、○島県人のSさん。
「ナイスミディ3人の旅」としゃれこむ。

    まずは、

福山の「喜多流大島能楽堂」を見学。
私たちの共通の趣味は、「能・狂言」鑑賞なのだ。

福山には2月に来ている。
能楽堂もお能も素敵だった。
こんなに早く2度目の機会が来て、嬉しい。
oshimanogakudo_soto

以前に、日記に書いたのだけれど…

新幹線の福山駅からタクシーで1メーター。
徒歩でも15分少々。

大通りからついっと曲がってすぐ、レンガ風のつくりの建物に、
はめこまれるように入り口が。
あらかじめ、Sさんが見学を頼んでおいてくれたので、
お嬢さんが案内してくださる。
oshima_robi

綺麗であたたかなロビー。
お能や絵画の本が置いてあり、誰でも手に取れる。
装束が展示してあるが、2月のものとはちがう。
こまやかな気配りを感じる。

抹茶とお菓子をいただいて、
奥様のお話をうかがう。

戦後(第二次大戦)一生懸命、この能楽堂及びお能を
守ってこられた先代のことや、
広報誌「能大島草紙」のこと。
奥様が編集長さん。
「子供の手が離れたときに、何か家でできることはないかなあ、と思いましてね…」
とにこやかに話される。

もう6年たったそうで、12ページの小冊子。
第11号をいただく。
茂山千五郎さんの談話が載っている…嬉

お能の体験学習にも力をいれてらっしゃるそうで
どこにでも出向かれるという。
長男の輝久さんは、先日の「清経」のツレで拝見した。
初々しい若妻だった。

     舞台も、と2階にあがる。
oshima_butai

こじんまりしていて、一番後ろの席に居ても、
楽々と舞台の上の装束の模様までみえるだろう。
松が古風で、それが舞台を落ち着いたものに
見せている。

舞台を指して奥様がおっしゃるには、
「拭き掃除をするときに、柱の際まで押し込んで雑巾がけするのじゃなく
必ずその少し手前で止めるんですよ」と。
先代がそう教えられたそうな。
柱の周りは綺麗に木の色が見えていて、
丁寧に埃を拭われつづけてきたのだとわかる。

この居心地のいい能楽堂で
また、楽しくお能を観たいと思った。
明るくて美しい声の奥様とたくさんお話ができて
三人とも大満足。
帰りは楽しく歩いて、しゃべって…駅へ。

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