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2005.06.29

あじさい寺

梅雨の花“あじさい”
せっかく近くに名所があるのに、と思い。
mimurodo-sekihi

幹線道路を横切って、
山手がわに少しのぼっていくと、
目当ての「三室戸寺」でバスプールに観光バスがてんこもり。
そうそう、「西国三十三ヶ所」の札所だったんだ、ここ。

山はまろやかで低いが、緑はいっぱい。
なかなか急な坂道と石段をぎこぎこと
手すりにつかまって本堂に到着。
朱印を押す窓口は満員なり。

池の代わりか、はすの鉢がたくさん置いてある。
珍しい種類のものもあるとかだが、
開いているのが少なかった。
時期が早すぎたようだ。
mimurodo-hasu

目玉の「あじさい庭園」(夜にはライトアップ)は
傾斜を利用してぐるぐると行ったり来たりになっており、
見物客の頭が丈高いあじさいに遮られて、
人の多さが目立たないようになっている。

がくあじさいがとても綺麗だった。
いろとりどりなのは、丹精の成果のようで、
(土の質によって花の色が違うんだったっけ)
風が吹くとざわざわじゃなくがさがさと揺れる。
mimurodo-ajisai-yokokara

ゆるゆると下りてきて、
回転ドアから外に出ると、そこは駐車場で、土産物屋がずらり。
観光バス待ちの客が鈴なり。
聞いたことのない名物漬物があり、
宇治に近いからか「茶」だんごや「抹茶」ういろうなど、
「茶」ものがたくさん。

庭もよかったが、このちゃっかりが楽しかった。
呼び声もまるで市場

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2005.06.20

桔梗寺

写真は実物と違うことを、
自分の証明写真で、よくよく知っているはずなのに。

新聞の活字を信じるだけでなく、写真もずっぽりと信じ…。

梅雨の晴れ間に「花」を撮りに出かけてきた。

まずは「桔梗」
特別拝観しているお寺が記事にあり、
私鉄のいくつか先の駅なので、家事のあいまにひょいとでかけた。
touhukuji-tenntokuinn

臨済宗東福寺派、の塔中で「天得院」
記事の写真は、縁に座ってゆったりとくつろいでいるひとと
花盛りの桔梗。
てっきり、咲き乱れているんだ!と思ってしまったのだ。

駅から徒歩5分。
風情のある橋(川というより溝。用水路だろうか)を越え、
大本山に入る門のすぐ前がこのお寺。
派手なたて看板(写真入り)があって、すぐわかる。

庭も可愛らしい大きさで、こじんまりしているのが、
京都風だ。野趣というより作りこまれたという感じ。
入山料と引き換えに、桔梗の絵柄の団扇をいただく。

さっそく使いながら、庭を眺める。
一株づつ離れて風に吹かれている、青や白の桔梗。
密集してたんじゃなかったんだ。
touhukuji-kikyou-siro-tubomi

それはそれでたおやかで、写真は自由だったが、庭に下りられないので
近くから映すのは無理だ。
早々と撮りおえたら、あとはすること無し。
ひとりだったから、話し相手もなく、ほうじ茶を飲み
やや汗がひいたところで早々に帰る。

このお寺は保育園を兼ねているので、
アスレチックに使うのか丸太でできたジムふうの作り物、
鳩避けかしらん、CDが吊り下げてあって、
そっちのほうが興味深い。
touhukuji-tenntokuinn-hoikuenn-yuugu

観光客は少なかったのでこの際、大本山のお庭もみたかったが、
無理せずに、塀に沿ってひと駅向こうまで歩く。
由緒ある寺たちの間に、映画に出てきそうな木の橋があった。

緑が溢れしたたり、暗いまでに深い。
そのあたりだけが、
時の流れが止まった場所に見えた。
touhukuji-gaunnkyou

カメラの中だけでなく
頭の中の引き出しに、この初夏の緑をおさめた。

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2005.06.15

「巴」

都市化で児童数が減った小学校を、
改装して文化施設に転用する。
「京都芸術センター」もそういうところ。
geijutusennta-monn


室町筋と言えば、呉服関係の会社が軒を並べ
祇園祭には鉾や山が並ぶ。
四条通から少し北に歩いたところ。

雰囲気のいい喫茶室があり、
門の内側にちょっとしたソファがあり、
階段は適当に古びていて、
小学校時代が思い出されて懐かしい。

教室を繋いで大広間にし、畳敷きにシャンデリアって
ちょっと似合わないように思うけど、
電球色で「和風」が演出されている。

「義経を謡ふ」は「素謡」の会で、
格安のお値段でプロの謡が聞けるので、迷わず申し込んだ。
geijutusennta-oohiromairikuti

この日(13日)の演目は「巴」
シテ、ワキは味方さんご兄弟。
主催というか“ナビゲーター”は田茂井さん。

味方玄さんは一度はシテを見てみたい能楽師さんである。
美しい仕舞をみたことがあるし、
迫力ある地謡も聞いたことがある…が、
面をつけられた姿は、
ちらりと瞥見したのみである。

登場のときから、姿勢が決まっていて「手」の先にまで
神経が行き届いているのがわかる。
「巴」は半能しか観ていないが、前シテは可憐だった。
義仲の墓に詣でて涙を流していた。
後シテの薙刀を持っての舞姿の勇壮さとの差が大きい。

「素謡」ではその差が分かりにくいのだけれど、
ワキの團さんも田茂井さんもおのおの声量のあるかたたちで
三人とは思えぬほどの迫力があり、後場の畳みかけるような謡は
すごかった。
玄さんの丸みのある声がひときわ粒立って聞こえる。
巴の哀れさも武者ぶりも堪能したところで、
嬉しいことに「仕舞」のおまけがついた。

緋毛氈をたたんだあとのスペースで
巴の立ち回りを舞う玄さん。
どの一瞬をとっても「見事!」としかいいようのない舞に、「眼福」とは
こういうことかとしみじみ感心する。
(背筋の描くラインが綺麗。薙刀に滑らす手先が綺麗)

なのに、今年の公演も予定が合わない。
これからの楽しみのために取っておこう、と
やせ我慢でつぶやいてみる

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2005.06.14

「玄象」

平家琵琶を聞いたことがあるが、不思議な音だ。
お琴よりもっと太くて自然を感じさせる。

「玄象」は琵琶につけられた名だが、このお能には登場しない。
唐渡りの三つの名器のうちのひとつ。
あとの二つは、「青山」(これは「経正」に出て来る琵琶)と
「獅子丸」。
海に沈んだといわれる「獅子丸」が「玄象」に登場する琵琶、なので
ちょっとややこしいのだけれど。

かいつまんでのあらすじは
「琵琶の名手、大臣師長が唐に渡ろうとして、須磨の浦につき、
汐汲みの夫婦に宿を借りる。
琵琶を弾くうちに雨が降り出す。と、夫婦は屋根に苫を敷き、
雨音と楽器の「調子」を同じにする。
彼らが琵琶と琴を奏でるとまことに素晴らしい。
老夫婦は“実は自分たちは、村上天皇と梨壺の女御である”と明かして消える。

後場は、村上天皇の霊が現れ、龍神に海底に沈んだ「獅子丸」を
もって来させ、師長に授け、舞を舞い、天にかえる。
師長は琵琶を携えて、都に戻る。」
yamabuki

斎藤さんは度々地謡で出会っているが、シテを務められるのを
観るのは初めてである。
朗々とした声で、謡にけれんがない。
年代的に先夜の青木さんや河村さんと近いようで、ボリュームの
ある声、どしっとした居ずまいなど共通している。

前場が長いが、師長をはじめ、たくさん人が登場するので、
舞台がにぎやかで面白い。
シテツレの上野さんもはじめて直面を観る。
ワキみたいなシテツレで、かなりの時間葛桶に座っておられる。
白地の狩衣姿がびっくりするほど若くてきれい。
もともと姿の美しいかただと思っていたが、
貴人の役にぴたりの立ち姿。

お囃子も、私の好きなかたたちである。
一番はじめから、気持ちよくお能に入っていけるときは
お囃子が快いとき。
ひゅるひゅると天女の舞を音にしたような赤井さんの笛や、
掛け声がいつも“松籟”に聞こえる大鼓の山本さん。
このお二人の舞台はわりと多く観ているので、耳あたりが
実によい。馴染んで嬉しいとはこういうことかしら。

大鼓が好きなので、まずその音に耳がそばだつ。
それから笛と小鼓。太皷は楽しく聞くのだが取り立てて、こんな風な、
という好みは、ない。

もうおひとかた、私の好きな狂言方、善竹忠一郎さん。
初めてのお能で、アイを務められたのを見て以来、ずっと好み。
小さめの声ながら、しみじみとしかしよどみなく語られるのを
聞いているととても気持が落ち着く。
多分、声の「音色」が合うのだろうな。
touhukuji-kikyou-ao-ooutusi

師長の下人役で、前場についてゆるゆるかつしっかと語られる。
一生懸命地謡を聞いていても、結構抜けている部分があるものだ。
アイ語りがよいと後場にちゃんと繋がるから嬉しいのだ。

華やかなお能ではなかったが気に入った。
こういう落ち着いた曲を時々観られたら、
土日に行けない苛立ちが少しは解消するかも

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2005.06.08

「薪能」

平安神宮の広い前庭が、満員になるのは、
正月とこれ、「薪能」のとき。takigi-torii-sosui


例年6月の1、2日両日に行われる。
観世流と金剛流、二つの流派のお能が観られる。
お能三番、狂言一番でお値段も手ごろ。。
時期も暑くなる直前で、
雨さえ降らなければ、空がすこしづつ青みが深くなり、
烏がなき(笑)、風がひいやりと吹き渡る。

時々は幔幕を吹き上げるほどに…。takigi-agemaku

人出はすごい。
玉砂利を踏む音がざくざくと喧しい。取れた席は脇正面のいちばん奥。
揚げ幕よりさらに後ろ側で、見通しはよいが、遠い!

開演は5時30分。
パンフレットを確保して、さて、カメラで写真を!と意気込んだら、
「今年から肖像権の問題が生じるので、写真はご遠慮願います」とのこと。
とてもとても残念。
せめてもの慰めに始まる前の舞台を撮る。takigi-butai


「屋島」は、義経の屋島攻めの話で、
見せ場の多い曲、と聞いた。

旅の僧たち(ワキ、ワキツレ)が粛々と登場するが、ワキの声が
やや寂しげに小さいので、耳を澄ませて聞かないとわかりにくい。

お能のならいで、シテの「義経」は前場に登場するときは
老翁の姿なのだが、河村さんのそれはとても力がみなぎっていて、
「ただものではない」風情である。
声は老翁なのに、座っている姿がやけに若い。

シテツレの漁夫は直面。
やや高めの声がよく伸びて通る。
義経の従者としたら誰なのだろう?

しばし老翁が退場して、狂言方の登場。
平家物語そのままに、「那須与一語」が語られる。
ややおおぎょうに、とおもえるほどの仕方話。
浦人の役は茂山七五三さんである。

笑いどころはそれほどないが、安定した語り口に、
小舟に乗った上臈や、ひらひらと舞い落ちる扇がみえるようだ。
狂言の口調ならよくわかるし、声も大きく、長いけれど退屈は少ない。

さささっと、すばやく後シテの青木さんが登場。
色は渋いが、文様が派手で、遠くてもよくわかる。
すかっと開けた空の下、舞が元気いっぱい!で
さすが、身軽な義経、と思う。
前シテに劣らずぷちぷちと力がみなぎっていて楽しい。
(言葉は“妄執”などとあるが、生き生きとした舞である)

あえて言うならば、声が渋すぎるかな。
大河ドラマの影響もあって義経は若い、と
思い込んでいるので無意識に若い声を求めてしまうのかな。

ちょうど私の後ろ側にスピーカーがあり、今年は雑音も少なく、
謡がはっきり聞き取れた。
やっぱり、耳と目と、両方が満足するほうがいい。

流した弓を拾い、浦風に溶けていった好漢義経、
するとあのツレの漁夫は?
ひそかに那須与一になぞらえてみたりもする。

「火入れ」の後、すぐ帰らなければならなかった。
篝火が縁取る舞台でみればこその「薪能」なのだが。takigi-honooagaru


☆前シテ 河村 和重 後シテ 青木 道喜
シテツレ 深野 貴彦 ワキ  清水 利宣
ワキツレ 原  大  久馬 治彦
浦人(アイ)     茂山 七五三

笛  森田 光博 小鼓 小島 勉 大鼓 井林 久登
(すみません、あとは省略します)

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