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2005.07.26

「安達原」

下から光を当てると顔は怖くなる。
今日は蝋燭能で、舞台の周りに大きな蝋燭を立て、
電球色のライトだけ残し
薄暗い中でお能が始まる。

巻いてある紙にちらちら灯りが揺れ、
始まる前の解説で「こわいはなし」を聞いたこともあって、
「安達原」が始まるころには、
鬼を待つ気分は充分だった。
お客も多い。
「ろうそく」能は人気があるようだ。

「安達原」を観るのは三度目。
一度は普通のホールだったので、余りにも遠すぎた。
二度目は師匠のシテで能楽堂。

前シテはどんな感じだろう?

作り物の布が外された瞬間…こわかった。
髪は霜をいただき、というのだろうごま塩で、顔は
痩せて肉が削げ、老婆とも思えないほどの不気味さ。
(面は「檜垣女」だと解説にあった。)

宿を借りに来た山伏の一行を渋々泊めた老女が、
「枠枷」(糸車のようなもの)を繰りながら
しみじみ嘆くところがしっとりしたところなのだそうだが。

人間はなれした老女が、人の世に生きることの哀しみを
切々と語るのを聞いていて、違和感が拭えない。
それに、枠枷をあやつる手。
手が気になるのはいつもの事だが。
この女の手の精気、これはほんとに見かけどおりの“老女”なのかしら。

ゆっくりゆっくり枷を回す手は催眠術を山伏たちにかけているようにも見える。
突然、荒々しく枷を早回しして、女はざざっと立ち上がる。
(何が起こったのだろう。枷の糸は切れてしまっただろうに)

「寒いので薪を取ってきましょう。ただ私の寝室(閨)は見ないで下さいね」
はじめはごく尋常に女は頼む。
連れの山伏にも頼むが、もっと居丈高である。
家を出て行くとき三度目には、まったく警告として、
凄まじい勢いで警告する。「見るな」と。

アイ狂言が出てきて客席の空気が和む。
丸石さんは演劇的に面白くめりはりをつけて家来の役をなさる。
あの閨の中には“何かおそろしい秘密が隠されている”のは
客も知っている。じりじりと近づいてゆく家来。

たくさんの死体、髑髏、腐臭、そのおそろしさに家来は一目散に
次の宿をさがしに人里に走り、
山伏主従は必死で逃げる。

ここで、「鬼女」の登場。
私はどきどきして待っていた。
あの、恐ろしげな老女はどんな鬼に変化するのだろう、と。
はじめにちらりと姿を見せ、また幕のうちに隠れ、
(追ってきている姿が見え隠れしているような)
現れたのは黒髪がざんばらで、般若の面、老いたり、とは
まったく見えず、
違約をただただなじりつつ詰め寄る。

打ち杖を振り上げた手は力強く、魔物としかいいようがない。
もし山伏がもっと法力のない人たちだったら、たちどころに
打ち殺されたに違いない。

何度かうちかかり押し戻される鬼女の所作は
強さがするすると舞に変わり、振り上げ、おろす手も
優美に、足の運びも軽々と。
数珠の押し揉む音に合わせ、ひとしきり美しく舞った後
詞章のとおりに、凄まじく風に紛れて消えうせた鬼女の
その後は…

いろんな見方があるだろうな。
この日の鬼女は調伏できるような生やさしいものではなかった。
女の部分が鬼に取って代わられるまでには長い失意の月日が
あっただろうと想像する。
その残滓が、客たちに見せる糸繰のさま。
糸繰る手の動きに呼び寄せられる過去がある。

薪を取りに行くときの凄みを含んだためらいは、
この場で山伏を取り殺そうか、それとも、ということなのか。
「約」を破られたらどうしよう、と心配する迷いなのだろうか。

彼女は人間の世界には帰ってこないだろう。
気持は残っていても帰れる橋は落ちて無い。
自分の産みだしたあまたの冥いものたちとともに
糸繰りながら妖しのものとして、
今も異次元の「黒塚」に、住んでいるのにちがいない。

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昔をいまに

今年の祇園祭で、
「放下鉾」の提灯のあかりに
発光ダイオードが使われた、と読んだ。

ゆらゆら揺れるろうそくのあかりによく似たゆらぎがあるらしい。

先日、ネットで買った「電子風鈴」
「花鳥風月」シリーズのうちの“風”なのだそうだ。

五種類の音(風鈴、せせらぎ、水琴窟)が選べる。
この風鈴の特色は
風に反応して鳴ること。

もちろん機械的に鳴らすこともできる。
その場合は、ゆらぎのリズムで鳴るそうな。

昔のあかりや昔のおと。
なくしてしまったあれこれをいま呼び戻そうとして、
ハイテクが使われつつある。

なくなってはじめて感じるものさびしさ。
自然と切れてしまうことに、私たちは無意識に怖さを感じているのかもしれない。

かくして、すすも出さないろうそく風あかり、扇風機の風程度で反応してくれる、
やかましすぎない風鈴が売れるわけだ。

もともと自然は過剰なものをいっぱい持っているはずなのだが、
それを知っている世代は消えつつある。

私とて
子供のころはザリガニ取りも、栗拾いも、およそ野外で遊ぶこと自体が
苦手だった。
学校の行事、だから「飯盒炊爨」に参加した程度だ。
それがいまは、できるだけからだで感じたいと思っている。
探せばまだ風の音が聞こえる谷川や、
観光客が少ない古寺がある間に。

先日の「ろうそく能」は、本物のろうそくで、
何人ものひとが、灯をのぞきこんでいた。
ふるふると蝋の匂いがする。

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2005.07.22

「望月」

どちらかというと、「現在もの」=四番目ものは苦手である。
登場人物になじみがないせいかもしれない。
「望月」も“仇討ち”なのか、ふーん、という感触しかなかったが
実際に観ると、面白かった。

“今は宿屋の主、小澤刑部のもとに旅の母子が。
彼らはもとの主安田友治の妻と子。
仇の望月秋永を尋ねて旅を続けている。
そこへ偶然にも秋永が泊まりに来る。
さてこそ仇討ちに助太刀しようと、案を練る刑部。
子の花若を鞨鼓の舞手に、自分は獅子舞となって、
酒に酔うて眠った秋永を討って、本懐を遂げさせる。”

主の妻役、梅若音彌さんの風情がとてもよい。
やつれかたがいかにもで色無の装束がよく似合い声も穏やかである。
出色は子方の上田顕崇くん、高い声が辛そうだったが、
堂々たる貫禄。
ちゃんと仇討ちする若君になりきっている。
後半の鞨鼓をうちながらの舞も足捌きが綺麗だ。

シテの善久さんは地味で清らかな感じのかたで、
すらりとした姿もいいし、獅子舞を舞う後半も素直でしっかり。、
若君を助けて仇を討つ場面でも、
「頼もしいお兄さん」という感じに見えた。

あらすじから感じたシテはもう少し年齢が高いと想像していた。
昔は「侍」だった誇りを忘れず、旧主の妻子に忠義を尽くす渋い役…
すれば、もう少し重々しくてもよかったかな。
また他の役でも観てみたいかたである。
できれば修羅物の公達で。

お囃子は大阪ではよく出会う方々で、迫力も美しさも、
申し分ないものだった。
※ 笛 赤井啓三 小鼓 清水皓祐 大鼓 山本哲也 
 太皷 上田慎也

「経正」は十歳の尭之くんが初シテ。
一生懸命な烏帽子姿が可愛い。
時に、謡いが急いだり…声が小さくなっても、とにかく可愛い。
お囃子がシテの舞を支えて、合わせているのもみどころだった。
こうして舞台を重ねていかれるのだろう。

印象に残ったのは、仕舞「砧」の梅若六郎さん。
動きの少ない舞ながら、扇を持つ手のふくよかさにため息、
袴が思い切り長くて、足元がみえないくらいだ。
危なげなく舞い納められる。

舞ではもうひとり、狂言「茶壷」の善竹忠亮さん。
やや大柄で骨太な感じなのに、ひとつひとつの舞の所作が
小気味いいほど決まっている。
この方とは縁あって三年前から飛び飛びだが、舞台でであう。
その度に大人びてゆかれるのがよくわかって嬉しい。

善竹隆平さんとの対比が見ものだった。
隆平さんはまた、小柄な体で流れるような舞。
わざと間を外して舞うのは難しいに違いない。
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大阪能楽会館は、
繁華街梅田にあり、
どかんと目立つ梅田センタービルのすぐ近く。
すりばちみたいな公園の縁の道沿いにある。

舞台はやや低めで、とても見やすい。
欠点は、とにかく寒い。夏は冷房効き過ぎで寒く、
冬はしんしんと冷え込む。
そのために頼めば毛布を貸し出してくれる。
この日は暑い日だったが、念のため借りておいてよかった。
足元がこわいくらい冷える。
次の予定が八月にあるが、早めに毛布を確保しに来よう。

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2005.07.17

訂正(祇園祭)

「祇園祭」についておおきな思い違いをしていた。
山鉾の巡行に至る一連の行事はいつもメディアで取り上げられるので、
それが祭りの全体だと思ってしまっていた。
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実は、お神輿も出るのだった。
まちなか生まれの人の話を聞き、
仕事帰りに八坂神社へ。

かろうじて歩けるがそれでもかなりみっちりの人出で、
すり抜けて交差点に着くと、
三基のお神輿が並んでいた。
どれもぴかぴか金色で新しげで綺麗。
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ハッピ姿の男の人がずらずらーー。
子供神輿も一基あり、小さい子たちも大人と同じ身支度をして
おとなしく待っている。

祭神はスサノヲのミコト、櫛稲田ヒメ、八柱のミコガミ、の三体。
“よそ”のお祭りをテレビで見ていて
なぜ自分のまちのお祭りは悠長なのだろう?と
思っていたが、
なんとまあ、掛け声も華やかに
お神輿は神社の前でぐるぐる「差しまわ」り、錺の鈴の音も
じゃらりんしゃんと賑やかに、
大きな通りから外れて細い路地を入って行く。
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疏水の流れにかかる橋を渡るもの
南の祇園町の真ん中をとおるもの
三方向に分かれて、ぐるりと繁華街の外側を回って
「御旅所」に落ち着く。
そこの地名は「寺町」といい、御所のあたりからずーっと
お寺が北から南へ並んでいて、
昔はまちはずれだったようだ。

七日間とどまったのち、再び神社へ還る祭りがある。
さらにそののち、賀茂川でお神輿を洗う
「神輿洗い」の儀があって、
七月が終わるとき、祭りも終わる。
丸一ヶ月、京都は祇園祭に明け暮れるのである。
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じゃあ、山鉾巡行はなんだったの、と仔細に神社の
HPを読んでみる。
あれは、神様たちが通る道すじのお祓い、魂静めの役割と
書いてあった。
祭りの昼の顔(巡行)と夜の顔(神輿渡禦)
さしずめ宵山は本番前の衣装見せ?

はじめて祇園祭がわたしのなかで像を結んだ。

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2005.07.16

「野村万作萬斎狂言会」

ほぼ一年ぶりに野村家の公演に出かけた。

大槻能楽堂での、「万作萬斎狂言会」の10回目の記念公演。
あとひとつは「名取川」である。
この演目も、笑わすというより、
そそっかしくて、自分の名前も忘れてしまうような僧侶が、
覚えておこうとして謡いかつ舞うところに、見どころがある。

某という里の者を演じる万之介さんとのやりとりは、
じゅうぶんに面白いが、
それ以上に、笠を手にひらりと返してまうところ、
息の長い謡い節や勤行節が楽しい。
万作さんの声の調子はいつも気になる。
この日ははじめから声がとおっていて、安心して聞いていられた。

超満員で立ち見が出る盛況、去年もそうだった。
私の席は脇正面で、正面席に比べると、トークの反応、
笑いの出方のきっかけがやや遅く、
外国人や年配の人など、バラエティに富んだ客筋だった。

トークはこのたびは萬斎さんで、
いつも思う事ながら、流麗で闊達。
「立て板に水」のごとく、学校の先生より上手く、
内容は噛み砕いた演目の説明、外国公演の感想など、
ツボを押さえた30分だった。

その萬斎さんがシテの「鬮罪人」。
祇園祭の「当番」に当たった主と太郎冠者のお話。

おりしも「宵々山」でなんとタイムリーな、であったが、
萬斎さん曰く「見たことがありません」だそうな。
別に、祇園祭を見ていなくても問題のない話なんである。
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賢しくておどけものの太郎冠者は萬斎さんにほんとにぴたり。
「彦市ばなし」をつい思い出す。
軽々とした身ごなしに、きりっとした「型」の連続。
なるほど、太郎冠者の顔も「型」だな、と感心する。
また回りを固める主の石田さん以下、
全員がきちんと「型」によって動かれるので、
その揃い方が却っておかしさを誘う。

“祭りの山鉾の出しものに、地獄の鬼に責められる罪人を
お囃子に乗せて面白く見せましょう”
とこれは太郎冠者の意見。
主は反対するが他の寄り合い集は、賛成に回る。
いたしかたなく鬮を引くと、なんとなんと、「罪人」の役は主に…

ここで、石田さんの怒った顔がすごいので、
どっと笑いが来る。
またそれをからかう太郎冠者の、あきらかにわかってしている
「いちびり」(関西ではこういうが?)のうまさ。
お囃子に乗って鬼(太郎冠者)が罪人(主)を責めるくだりは
これまた、軽妙なれど実に美しく型が決まって、
ほうほう!それそれ!と引き込まれてしまう。

で、ひとつふたつ気づいた事を。
この仲の悪い主従はこれからどうなるのだろう?
「祭りが済んだら覚えておれ」と主が太郎冠者をねめつけて
いたけれど、このふたりは普段はどんな関係なんだろう?
どうも狎れあいには見えないのだ。

ここで演じられた祭りは「祇園祭」でなくてもいい。
むしろ「MATSURI」に付属して起こる騒動の
エッセンスを、すいと掬ってさしだしたようなに思えた。
高度に抽象化されたものとして「MATSURI」は存在する。

だから、萬斎さんの演じるこれは
誰にでも、日本全国どの地方の人にも分かるだろう。

ただ、そこには特有の熱気が薄い。
茂山家の同じ「鬮罪人」を太郎冠者は茂山千三郎さん、
主は千作翁で以前見たが、
祇園祭を“知って”いるものの力の入りかたは、
まだ独特なものがあったような記憶がある。

わたしだとて、こんな悠長なものが「三大祭」として有名なわけが
若いときには不思議でたまらなかった。
いまにして、いろんな「祀り」方があって、
ただただ立っている山鉾を見て歩くだけの「宵山」(前夜祭)、
掛け声も緩く、お囃子も「眠とうなる」ような、
これこそが際立った「京都」の祭りだと改めて思う。
(葵祭りもただ歩くだけだし…ねえ)
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他の地方の祭りとはテンポの違う山鉾巡行を、
萬斎さんにも一度見て欲しいと思う。
「町衆」の始めた祭りだから、時代はちょうど
室町あたりではなかっただろうか。
そのころは、とても新しい祀り方だったに違いない。
華麗な前懸、揺らぐ鉾、鉦太皷のお囃子、白塗りの稚児…

(囃方 笛:森田保美 小鼓:吉坂一郎 
 大鼓:山本哲也 太皷:前川光長

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2005.07.11

「孤宿の人」

宮部みゆきがはじめて“お江戸”を出た。
この物語の冒頭は瀬戸内のきらめく海から始まる。

「丸海」と名付けられた藩はたやすく現実の○亀に
オーバーラップするが、
主人公は誰なのか、は読み方によるだろう。

ひとりは「ほう」
阿呆の「ほう」だと言われ、厄介者扱いされ、
江戸の親戚から代参の身替りに追い出された少女。
病気になって捨てられ、さいわい藩のお医者に助けられて
手伝いをしている、そんなこども。

もうひとりは、生まれ育った漁師まちから離れ、
「引手」の下働きを目指す娘。
男ばかりの職場に乗り込んで懸命に、「ひと」のために
尽くそうとするがそれは何故なのだろう。
憧れの人は身分違いのお医師の若先生。
彼女の名は「宇佐」(うさ)

いままでの宮部さんの小説に、はっきりと権力そのものがでてきたことは
なかったとおもう。
主人公たちはささやかな市井の人であったし、
商売人も岡っぴきも、金持ちも貧乏人も、
ひとしく江戸のまちに住む生活人として登場した。
(回向院の茂七親分や、ぼんくらの井筒平四郎など)

ところが今度は、
大御所家斉公が、直接ではなくとも登場する。
地方の藩とはいえ、跡目あらそいがあり、身分の格差があり、
海で生業をたてるもの、名物の織物に賭けるもの、と
暮らし方はさまざまである。

縦糸に、「ほう」の成長と宇佐の恋、
もう一本、お家に降ってきた大事(おおごと)、流人の受け入れ。

後半少しの部分にしか登場しないが、
「加賀さま」が女性ふたり以上に
不可思議な魅力をもつ人物として描かれる。
多くのページが割かれているから、理解できるというものでもない。
分からぬ部分は、語りで説明されるのが物足らないが。

不条理な罪を犯し(妻子の殺害)、責任をとりたくない上のもの(将軍に
象徴される権力)により、丸海藩に預けられた元勘定奉行。
同じ藩に流された歴史上の人物として、
「鳥居耀藏」の名があとがきにあった。

その名から連想されるなまなましいものが、この話に
渋い裏面を与え、とあるどこかの話がふいに、
過去にあったかもしれない色彩を帯びる。
「名前」の魔術といえるだろう。

宮部さんは「魔術」に長けていた。
超能力ものやファンタジー、
時代ものでも、見えない世界との
架け橋になれる「女の子」たちが、活躍の場を与えられていた。

しかし、「ほう」はただびと、宇佐とて同じである。

悪霊の化身と恐れられた「加賀さま」の用を足すには
みよりのない「ほう」が適当と思われて、まるで拉致どうように
お屋敷に放り込まれた「ほう」
知識がないので愚かと思われるが、「ほう」は
思い込みに曇らされぬ、真っ直ぐなこころをもっていた。

この世の権力の頂上(将軍家)さえも
見極めた「加賀さま」にとって、悪業をなした自分、ではなく
たったいま、彼を主人とさだめひたすら仕える「ほう」と、話すことが
どれほどこころやすまることだったろう。

交流によって気持が通い、「加賀さま」の心が“洗われた”とか
“癒された”などとは言うまい。
ファンタジーが良質なものであればあるほど、決まりきった言葉は
使われないし、決め付けた描き方もされない。
「殺される」と知っており、自分が死ぬ以外に丸海藩を
ジレンマから救う道は無いことを、
当事者の「加賀さま」は知っていた。

だからこそ、
「ほう」だけは、生かしてやりたかった。
運命に任せて捨てておいては、きっと謀殺の騒動に巻き込まれて
命を落とすだろう。
ほんのわずかな日々、会話ともいえぬ手習いの時間、
「…この期に及んでおまえのようなものが、わたしに忠義立てするとは」
「ほう」の忠義は、まだ知らないことを教えてくれるひとに向けられる
素直な憧れだった。

丸海の夏は大雷によって終わり、
「加賀さま」は焼死と伝えられ、(本当は、藩の勢力争いの中で殺された)
以後は「御霊」として藩の守り神になった。

その激しい落雷で起こった火事に巻き込まれて、
宇佐は「ほう」の無事を願いながら、
避難する子供をかばって木に押しつぶされた。

仕事(火消し)にとても熱心で、女を越えて“にんげん”に
なりたかった宇佐は、
「ほう」をやさしくかばいながらも、
たぶんその気持を理解することはできてはいなかったろうが、
それでも、「ほう」とともに生きたいと願ったのだ。


あまりにも遠くを見たがり、望んだから、
自分の心をしっかりとつかむのは下手だった。
優しいが、あやうい彼女を「ほう」は
『おあんさん』と呼んだ。
すべてのものの「姉」としての呼び名だ。

物語の最後は、またはじめにもどり、
少し大人びた「ほう」は、
医師の家に戻り、織子の奉公ができる年までを暮らしてゆく。
たとえ、亡くなっても
心のなかに居るなら、ふたりは生きているのも
同じではないか。受け継がれる清冽な魂が
どうぞ、曇りませぬように。

「加賀さま」が「ほう」に贈ったものは新しい名。
あほうの「ほう」ではなくて、
遺書として書かれた名は「宝」(ほう=たから)
それをどうおもうか、意味は読み手にゆだねられる。


本を手にとって開いた一ページ目、
明るい海に立つ白波…「うさぎがはしる」光景が。

お稽古している謡曲に「竹生島」という曲がある。

【月海照に浮かんではうさぎも波に走るか、面白の島の景色や】

というくだりがあり、これは琵琶湖の風景だが、
“うさぎが走る”瀬戸内の海が、目の前にさっと広がった。
きらめく海に溶けるひとの想いのはかなさと久しさが
繰り返しこころに届く。

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2005.07.08

お囃子ライブ「安宅」

MitteHallでのTTRコンサート。
これだけは、とかなり必死で今回参加した。
「義経」シリーズのうち「安宅」
謡が片山清司さんだったから。

見たいとおもうシテ方なのに、能舞台では出会えず、
ホール能やこういう催しで二度ばかり拝見する。

小柄な体をすっきり立てての座姿。
なよやかな撫で肩がまるで“おひなさま”のようだ。
この愛らしいひとが、
このように強い声だとは、
聞くたびに驚かずにはいられない。
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比べるほどの耳も持たないが、
味方玄さんの華やかでかっちりした謡とはまたちがい、
山中の滝のように、
凛々とした美しさ。
たっぷりとした瑞々しさ。

そんなふうにおもうのは、二年前、
西本願寺の「降誕会」で、彼の「杜若」を観たからだ。
むらさき色の装束が、とてもよく似合っていて、優しい花の精で
あると同時に業平であることも、
納得できる勁さがあった。

若い弁慶だが、迫力は充分で、勧進帳のくだりの強い謡いが
目の前なだけにびんびんと響いてくる。
義経一行の難儀はたとえようもなく、
この関を越えねばならぬ決意が熱っぽくつたわる。

「とうとうたらり」も強くて細やか、
正反対のようだけど、どちらも清司さんの声の中に有る。

いつもどおり、山本さん(大鼓)と成田さん(小鼓)、笛は竹市さんで
お囃子の勢いよさは言うまでもない。

066yuuzenkiku

よく通りよく響いて、調子に体が揺れる。
これほど緊密なバランスのお囃子はめったには聞けないから、
視線は宙に浮かせたままで、耳に気持を集め、
時々手元や指をみる。(ホールが狭いから)

聞けば聞くほど好きになって二年経ち、
もうすっかり「贔屓」になってしまった。

九月の本番の舞台がどのようになるかがとても楽しみだ。
「義経」ブームで「船弁慶」はあちこちで上演される。、
いろんなひとのいろんな謡やお囃子を、まとめて聞けるチャンスだと
おもっているが、多すぎる気もする、

当日昼にある能楽講座も、前もってお稽古する「鼓講座」も、
夏が苦手なわたしには手が届かない。
うつくしくてちからづよい「船弁慶」をみたい。
(TTR能「船弁慶」は九月九日(金)夜である)

※写真は、タイサンボクとユウゼンギク

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2005.07.07

草花たち

植物園はおおまかに五つの領域に分かれている。
わたしが尋ねたのはそのひとつ
「宿根草・有用植物園」コーナーである。

「ノコギリソウ」の花があった。
ファンタジー「ゲド戦記」の第1巻で、
主人公のゲドが、ほのかに思いを寄せる少女の名前だ。

「ノコギリソウ」は通称。
ほんとうの名前はめったにひとには明かされない。
生き生きとした愛らしいひとだと語られている。
037nokogirisou-hukusuu


花の「ノコギリソウ」は太陽の色で、
びっしりと小さな花が集まっているのが、
想像とは違っていた。
(ささやかで可憐な花だとおもっていた)
丈も高くてコスモスくらい。
風が吹くとゆうらりと揺れる。


もうひとつ出会ったのが「蓮」の花。
「大賀蓮」と名札があった。
お話の本で読んだことがあるなあ。
千年以上前の地層の中から発掘された実を栽培して、
見事花が咲いたそうな。まるで花咲爺さんのようなひとが
大賀博士で、蓮にその名がついている。
(この鉢は咲いていなかった)
047ooga-hasu

池にも蓮や睡蓮。

048hasuike


そのかたわらにアマリリス。

052amaririsu-aka

顔見知りの花は
親しみやすく
新しいものは珍しく、

カメラに収めて帰れば覚えていられる。

いいことずくめなのだが、ひとつだけ問題がある。
体力が要るのだ。
ここのように歩きやすく、行きやすくても疲れるのに、
これが、郊外や山すそだと(つまりお寺や祭りや名所なら)
どれほどの疲労が溜まることやら。

急にあれもこれもと無理せず
歩きやすい季節にほんのちょっと足を伸ばし、
カメラを片手に散歩ができるようになりたい。

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2005.07.05

さくらの苑

桜をたっぷり見ようと思ったら、
名所に行くより植物園のほうがいい。

賀茂川べりで空気はいいし、
観光客相手の店も無い。(ちゃんとお弁当を用意すべし)
008irikuti

新聞でみた今のお薦めは「時計草」だそうだ。
カメラおばさんに変身中のわたし、
交通の便もいいものだから、それっと出かける。
曇り日のほうがむしろ写真にはいいと聞いたので。

誤算は、
晴れ間が出たことである。
言葉もないほどの暑さ。汗が噴きだして腕を舐めると塩辛いほど。

園内を歩いている間に思い出したことがある。
母は仕事を持っていたので、こどものころは
一緒に連れ立って遊びに行った記憶はほとんどない。
021onsituike

ただ、とある春、
わたしは中学生だったか、高校生だったか判然としないが、
桜咲く植物園に来たことがあった。

そのころ母はいつも気分が悪く、疲れやすくなっていて、
ぼんやりしたわたしにも、
「どうしたのだろう」と気がかりだったものだ。

桜はみっしりと満開で
どの枝もゆらゆらと重たげに花をのせていた。
歩き回ると疲れると言って、ベンチに座りっぱなしで、
珍しく母が自分のことをしみじみ語った、という記憶がある。
024sakuranomori

しばらくして、健康診断で見つかった結核の再発。
母の気落ちは言うまでもなく、
家族は息詰まる日々を送った。
(この写真は今の季節の桜の森)

だるそうに桜を見ていた母の姿を、
ここに来てふと思い出した。
(母さん、いくつになっても気が利かない娘でごめん)

さてと、
一画だけでも被写体(花)だらけ。
061tokeisou-doappu

滞在時間は僅か一時間だった。
思いがけない花との出会いもあったがそれはまた別の日にしよう。

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