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2005.08.25

予告編

千円DAYでなかったら映画に行かなかったろうけど。

予定が急に変わったので、ぽっかりひまになってしまい、
「妖怪大戦争」をみてきた。
もうひとつ、「皇帝ペンギン」も候補だったが、
神木くんに敬意を表することにした。
なにぶん、大河ドラマの義経のこども時代が、可愛いかったからね。

夏休みで映画館は子供で満員だった。
最近は前売りにえらく力が入っているようで、
たまに行ってもいい席は空いてない。
ネット会員になろうか、と思うが
一年に見る映画は3本がいいとこなので、
無駄なような気もする。

端っこの席で、ひざ掛けも用意してあるので、
くつろぎながら予告編を見る。
これらがなかなか面白い。
(この映画館は松竹系なので「蝉しぐれ」は無かった、残念)

ディズニーものと、
ハリ・ポタ
(ハリーが青年になっちゃった。顔がずいぶん変わっている。)
SHINOBI
(昔の映画のように鮮やかな色彩で、思い切り悲恋ものの予感)
これは来年の目玉
「ナルニア国物語・第一章・ライオンと魔女」
活字で読み、挿絵に親しんだものにとって、
すべて映像に直してみせてくれる「映画」は、
イメージと違うことも多くて、おそるおそる、という
感じで見に行くことが多い。

最近だと「指輪物語」

CGでどんな不思議なシーンもつくれてしまうのだから、
いつかは「ナルニア」も映画になると思ってはいたが。

“アスラン”(ライオン)をどうするんだろう。

すぐに答えが出た。
山頂で吠えるライオンが居た。
CGだ、などと思いながら
見て楽しいかな、と自問自答する。

でも結局見に行くだろう。
自分の頭の中にあるイメージを確かめるために。
想像できない部分を補うために。

以前はわりに好きだったディズニーの特撮だが、
特殊メイクでできあがる、ゴブリンだの、魔物だのが
親しみにくくなっている。
アニメでも然り。

どうせ見るなら宮崎作品、になってしまう。
世界に入っていけるからで、「ハウルの動く城」で
舞台があきらかに“西洋”であっても、
主人公ハウルの部屋には、どことなく日本の少年ぽい部分があって、
抵抗なく彼に同化できるからだ。

「ナルニア」では、
私の好きな末っ子ルーシーが、
『衣装たんす』を開ける場面が映った。
扉の中は別世界。
吊り下げられたコートの間から雪景色が見え、
街灯がともっている。
初めて読んだときに感動した景色がそのままだ。

心配なのはこれから登場する「ものいうけもの」や
「こびと」や「魔女」たち。
すぐに「フォーン」が登場するはずだ。
もし彼の顔立ちが、想像とは違っていたら、
いくらストーリーに忠実でも、
私の感動は半減するに違いない。

映画化されると原作がどっと売れるから、
それはそれでよいのだけれど。
こんなに素敵なファンタジーはたくさんのひと、
特に子供に読んでほしいから。


東宝系の「蝉しぐれ」、
こちらは市川染五郎主演だ。
最近、縁があるなあ。

でも、藤沢周平作品の精華であるこの話の映画化で
見たいものは「海坂藩」なのだ。

風景が見たいと思うようになったのは少し前からで、
旅をしたいと切に思う。
かなわなければ、映画でいいから、
昔の鶴岡のまちをみたい。

そのためには、せめて映画館まで行く努力は
必要だろうな。
大きな画面で見れば、ピントの合わない老眼にでも、
生き生きと長屋の裏の川べりや、
神社や、道場が迫ってくるだろうから。

家のテレビでは、サイズが小さすぎ、
日常の物音に囲まれていては、
タイムスリップできない…。

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2005.08.14

「阿修羅城の瞳」

映画を映画館で
舞台の録画をDVDで…観た。

「阿修羅城の瞳」を。

このごろの染五郎さんの活躍を見ていて、
「悪くないな」と思っていた。
劇団「新感線」は、名前だけ知っていただけで、
舞台はみたことがない。
映画で楽しむのもいいかな、と思った。

監督が「陰陽師」の滝田さんなのも好感を持つ材料だった。
“いのうえかぶき”を滝田さんがどう表現するか。

行った、そして幸せになった。

いかにものお話で、はっきり言って「荒唐無稽」
きちんとした歴史ものではないことは「一目瞭然」

“恋をすると鬼(阿修羅)になる”がコピーで、
宮沢りえと染五郎、二人のショットが美しく新聞に出ていた。
設定は江戸時代、実在の人鶴屋南北が登場人物、となれば
劇中劇のだしものも「四谷怪談」にキマリ。
伊右衛門はもちろん染五郎だ(稽古風景だけで残念)。

歌舞伎役者としての染五郎の台詞回しはこなれている。
また殺陣が抜群に綺麗で
着流しで切り下ろした型が見事に決まり舞を見ているようだ。

どうも私はこの「型」なるものに惹かれるらしくて、
その時点でほれぼれしてしまい、
ささいなことはみんな気にならなくなってしまった。
自分が鬼であることを、まだ知らないが、
不審な予感におびえる宮沢りえの立ち姿は
哀しさを含んだ鮮やかさに色気がある。
椿の形の“痣”が浮き出る肩を見せようと
衿をずらすときに捻る体が浮世絵のようだ。

映画に対する満足度は高かったが、
この話を舞台でって、いったいどんなふうに、と疑問に思い、
台詞で説明すると大変だし、とイメージが湧かなかった。

しかし、
DVDなら、天海祐希さんの“つばき”(阿修羅)だと知って、
ためらわずに購入した。
(乃南アサの創造したヒロイン、音道貴子役は彼女しかできない)

舞台は、
素晴らしかった。
息をもつかせぬスピーディな動き、
歌舞伎とロックが合わさった音楽効果、
奥行きのある舞台装置。
レーザー光線も使われて、光は多量で鮮明。
天海さんが劇中歌を歌い、
夏木マリが尼鬼姿で踊る。

脇キャラが豪華だが、詳細に語っていると、終わらないから省く。
その中でひとりだけ書いておこう。
高田聖子(桜姫役)。
大阪のおばさんがお姫様の格好をしているっ、とびっくりする。
いや、台詞は標準語なのだが味わいが大阪人なのだ。
(実際に関西弁自由自在の人だった)

悲しい「恋」のはずなのに、
三時間の中にちゃんと、ほっとしたり可笑しかったりする
場面が挟まれて、疲れを忘れるうまい仕組みにできている。

ラストは、映画とは微妙に違う。
二人が死によってむすばれる、映画の恋も涙をさそうが、
阿修羅が死んで、病葉出門(染五郎)が生き残る舞台は、
つばきの運命の悲しさが濃く迫る。

天海さんがまるで少年のように清々しく
女王のように高貴なだけに、
死ねない出門もさびしいだろうが、
いつ結ばれるかわからずに、長い時間を
待ちつづけねばならない阿修羅は、
最後に見せる笑顔が印象的なぶんだけ
よけいにかなしい。

かなしいかなしいふたりのうた

“せをはやみ いはにせかるるたきかはの 

     われてもすゑにあはむとぞおもふ”

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2005.08.12

すとくゐん

落語と狂言をブラスして「落言」。
正直、なんという名付け方だろうとあきれてしまうが、
そのいい加減さがいいところ。

お米の吉朝さんと、お豆腐の茂山家。
狂言を観るようになってより欠かさぬ舞台である。

茂山千五郎、七五三兄弟の枯れ加減に、
いとこのあきらさんの粘りが加わって、
千作さん、千之丞さんの出ない公演であっても、
充分に満足できる雰囲気なのだ。

「内容」と書かないのは、落言は筋書きも
とっぴで、新作だからと“やりたい放題”のところがあって、
面白いのは折り紙つけられるけど、
完成されているとは思いにくいからだ。

兄弟でも微妙に芸の色合いも声も違うお二人。
千五郎さんの滑稽さと七五三さんの生真面目さと、
あきらさんの艶(あくまでも関西の)があって、
三人で安定した狂言が出来上がる。
誰がどの役でも一向に大丈夫なところが、見ていて楽だ。

さて狂言は「文荷」
恋文を運ぶお二人、「謡」を謡いながらも、
あるじの恋を茶化し、笑うところに焦点がある。
ばっさりと二つに裂けた文を、扇であおぐところで、
うっかりと舞台から紙が落ちそうになって慌てて回り込む。
そんな即興の仕草が実に面白く、会場中大笑いである。
あきらさん(主役)が、ほんのちょっとの出番で、
渋く、しわく、冠者たちを追い込む“間”がいい。


大阪能楽会館、よく行くが、
二階の桟敷席は初体験だった。
いわゆる桝席で、四枚の座布団が置いてある。
実際は二人で使えたので、気楽でみやすい。
この会館はこじんまりだし、目付け柱は取り外されているので、
すっきりと舞台が見渡せる。
正座ができればお能もこの位置から観てみたいと思った。
お茶が出ていてくつろぐスペースも一階よりゆったりしている。
(寒さ予防の毛布、この日は満員御礼のためか、必要なかった。)

落語は、実はこれが目当てで大阪まで出張した…「崇徳院」。
あらすじはなんとなく知っている。
落語は『ラジオ』で聞いていた世代で、
詳しくはないが、有名な話は覚えがある、という程度。
噺家さんも、やはり有名どころしかしらないので、ファンというには
おこがましい。
が、落言で出会った吉朝さんにはすっかり参ってしまった。

声よし顔よし仕草よし。
顔…吉朝さんはホームベースのような輪郭なのだが、
舞台で噺が始まるとどんどん男ぶりがあがって、
終いころは、いい男はんに見えてくるから、
芸の力とは不思議なものである。

気に入ったわけは、芝居がかりの噺が絶品なこと。
座布団の上から動かないのに、ほんとに忠臣蔵の何段目かを
観ている気分になる。

病み上がり復帰第一日目、だったためか、自慢の美声が
ほんの少しくぐもっていたような、また背中のあたりに
やつれが見えたような、
でもそれは、病気だと聞いたからであって、
大店のぼっちゃんじょうちゃんの恋に振り回されるおっちゃんの
奮闘ぶりと情けなさを笑うのになんの差し支えもなかった。

「せをーーはやみっ」と百人一首の崇徳院御製を、
売り物のように呼ばわって、大阪中を駆け回るおっちゃん、
若旦那の恋の相手を探し出せたら、宝くじより確実に
大旦那から、大枚のお礼を出すといわれ、
宝くじより確率の低い、
名前も顔も分からぬいとはんを探しに三日三晩。

お話はハッピーエンドになるのだろうが、
オチは全くだじゃれで、このあたりが逆に面白みが増す。
大拍手。


トリはいよいよ落言だが、
「ごきかぶり」という題で、
狂言の担当部分では、ごきぶりの娘の「恋」
相手が吉朝さんで、昔風アパートに住む独身男。
落語でかぜっぴきの男のわびしさをひとくさり、
その後ごきかぶりの格好(被り物、触角、羽根をつけた)をした
三人が登場。
扮装だけでも可笑しい。
七五三さんが父役で、○○ホイホイにつかまったごきかぶりを
演じたり、可愛い丸い羽根をつけ紅い装束のあきらさんが
お手の物の娘役で、男が気に入ったと恋を語り、

とどめに
母役千五郎さんが、「勝手にしやがれ」を歌ったり、
亡くなった亭主を軽くけなしてみたり、
それぞれに見せ場はあるものの、
まとまりにはやや欠ける恨みが残った。

定例のお見送りがあり
これは茂山家の狂言の楽しいところで、
人の頭の間からわずかに見える演者さんに
軽く挨拶して外に出る。
夏の一夜に肩のこらない舞台で、よかったのだけれど、
異質なものを足すのはまことに難しいことのようだ。

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2005.08.09

舞楽と夕陽

きっかり七時から、講堂の前庭で舞楽が始まる。
まったくはじめてなので
退屈かもと心配になる。
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低い舞台の両脇に客席があり、
奏者は講堂の正面にずらりと居並ぶ。
まんなかに「太皷」
(「富士大鼓」や「天鼓」で観たのと同じ)
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挨拶と振鉾(えんぶ)のあとは献灯献茶。
浴衣姿の女性が舞台を通り抜けて宝前に茶、菓、花、を
供える。

そのときに奏でられるのが「越殿楽」(えてんらく)=盤渉調=
だった。
迫力がすごい。音が空から湧き出てなだれ落ちてくるようだ。
笙、篳篥、鞨鼓、竜笛、それに太皷に鉦鼓。
西洋音楽のハーモニーとは違って音の幅がある。

お能のお囃子を聞いたり、東儀さんのコンサートに行ったりして、
和の音階に慣れていたせいか、
メロディーが無くても音のシャワーを浴びているだけでなごむ。

「舞」は、ゆっくりと足をあげたり、ぐるりと回ったり、
眠くなるようなおおらかさに満ちている。
華麗なのはその装束で、振鉾(えんぶ)では、朱の舞人と
黄緑の舞人が、承和楽では、全員朱色の人たちが、
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「迦陵頻」(かりょうびん)では子供たちが、
作り物のの羽根をつけ尾を引いて、舞う。

源氏物語の場面を思い出す。
よく舞った舞人には褒美が授けられるのだったっけ。
緩やかで物憂げな旋律が続く。繰り返しと見えて、僅かに
手や足の位置が違ったりする。

カメラ許可なので、客席横に三脚を置いたり、
望遠レンズを構える人たちがたくさん立っている。
舞楽協会はプロではないから撮ってもいいということだ。

もう少し時間があれば全部みられたのに。
(源博雅作曲の舞もあったのだ)
半分を残して席を立つ。


この日、もう一ヶ所尋ねた場所があった。
「家隆塚」である。
彼が庵を結んだのは四天王寺前の道路を挟んだむかい側(南側)
ちょっとした樹木と石碑があるだけの場所。
“波の入日を拝”むために、ここにやってきた家隆卿。
彼は世渡りが下手で、後鳥羽上皇に忠誠をつくしすぎたため、
昇進もしなかったと何かで読んだ。
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塚の場所を知ったのは、司馬遼太郎の「燃えよ剣」にあったからで。
<土方歳三が恋人お雪と別れを惜しむのが、
ほどちかい「くちなわ坂」の宿>とある。
くちなわ坂は天王寺七坂のひとつ、と案内板に書かれてあり、
坂の上からのぞき込むと急な石段がうねうねと下っている。
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このあたりがかなりの高台だと、坂をみてよくわかった。
その続きの四天王寺の境内で入日をみて観想することは
とても自然なことにおもえた。
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“ちぎりあれば難波の里にやどり来て浪の入日を拝みつるかな”

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四天王寺へ

四天王寺に参ろうと思った。
「弱法師」を観たから。
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現地に行ってみたかった。
暑さの盛りではあったが、石の鳥居が見たかった。

地下鉄の「四天王寺前夕陽ケ丘」駅、地上に出てたったの5分。
たまたまこの日は
「篝舞楽」という催しの当日で、

かいわいにはお定まりの提灯が軒々に、
大阪にしては地味な商店街の道の切れ目をのぞきこむと、
そこが西門、石の鳥居。
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境内に入ると、広やかで、空がすっぱり高い。
弘法大師像も親鸞像もあっちとこっちにあって、
ここはなんでもありなのか、不思議なことだ。

五重塔がすっくりと色彩を残して建っている。
この明るさは奈良の寺々に似ている。
そうだった。ここは聖徳太子が建立した本邦最古の寺。
すべての寺のおおもと。
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石の鳥居は大きい。
行けば何かの催しがあるこの寺に、
杖をつきつつ「弱法師」もお参りに来たのだろう。
本堂に入る門はそれほど大きくも威圧的でもなく、
薄れた赤が似合っている。
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かっても、扉が開いたときに、喜捨や施行が行われたのだろう。
門前の広場のあちらこちらに、
あきない人や芸人が客を引きつつ集っただろう。
そんなことを思いながら夕暮れる空をみていた。

夕陽はやや北側に落ちていったが、
春分のころはあやまたずに鳥居の向こうに沈むだろう。
ひろい寺のどこからでも、
夜に紛れて、弱法師の一行は南へ旅立てたことだろう。
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風が吹き抜けて少し暑さも和らぐなかで、
「舞楽」見物の列に並んだ。

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2005.08.08

空色の塔

東京に行くときはいつも緊張する。
まちに圧倒されてしまうのだ。

渋谷の駅から見上げた、円い塔のようなビルは、
砦のようだった。
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セルリアンタワーはホテル。
その地下に能楽堂がある。
エスカレーターで、下へまた下へ。
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地下2階だったか3階だったか、はるばる下りたそこは、
絨毯が敷き詰められ、照明も穏やかな地底空間。
いつも通っている能楽堂と比べると見所はこじんまり、
コンサートホールのように残響がいい。

どの席からもよく舞台が見える。
難を言えば傾斜が緩いことくらい。

そんなに設備がいいのに、
お能は素晴らしかったのに、
来年もここで友枝さんのお能が観たいのに…

この能楽堂は苦手。
何故だろう。
外の空気が入らないからか。
余分な雑音はないが、
風も空も樹木も、「野外」にあるものがまったくない。

いやそれだったら、普通の会館の能楽堂だってそうなのだ。
でもにここには、「借景」が無い。
外に出たら山が見えたり、お城があったり、
中庭があったり、

どこもそれぞれに、お能を観る雰囲気に入っていける要素があった。
でもここは、いまふう過ぎて。
鏡板の松も鮮やかな緑。
照明も電球色に統一され、演者の装束、鬘帯の模様もくっきり。
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なのに、橋掛りの板がぎしぎしいって、
照明が暗くて椅子もよくない、いつもの能楽堂が恋しかった。

公演を重ねれば舞台の板に観客の気持がつみ重なって、
優しい能楽堂になってくれるかもしれない、
それを期待しよう。
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と思いつつひと休みした40階ののBAR兼TEAROOM。
下をみおろすと、テレビでみたまんまの風景があった。
記念に、薄青色のスカッシュを飲む。
来年も来れますようにと念じて。

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2005.08.05

「弱法師」

「セルリアンタワー能楽堂」の7月公演で友枝さんの「弱法師」を観た。
盲目の少年が…というくらいしか予備知識がなく、
出かける前にざっと謡本に目をとおした程度でのぞんだ。

四天王寺は賑やかなお寺。聖徳太子がご建立という由緒もさりながら、
上町台地から西を眺めれば、一面の海原であったろう。
夕日を拝む「日想観」もこの場所ならばこそ。

そこに施行する地方の侍、高安の通俊、恰幅の良い殿田さんの
朗々とした声でのなのりが明るい。

めしいでよろよろしているからと「弱法師」(よろぼし)と
呼ばれる少年がやってくる。
橋掛りで謡いだすと、すぅっと静けさがひろがる。
水衣は薄い鈍色、かぶさる髪の間から、
微笑んでいるようにも、悲しんでいるようにも
感じる面が仄かにみえる。


友枝さんのお能を観るたびに
「なにかひとつは記憶に刻んで持って帰りたい」と
いつも思う。
ふっ、と気持が吸い込まれる瞬間を。
嬉しいことに今回は好きな曲だったためか、
いくつもいくつもの場面で気持が揺れた。

舞台に入るとき杖が常柱に当たる。
この柱は四天王寺の石の鳥居…カシッと音がして、彼は左へ避ける。
それまで、耳に立つ音を、友枝さんの杖は発しなかったのに。
施行を受けに中央まで進む間も、杖はまるで波を切る
櫂のようにすいすいと進む。足の運びはいつもの流麗さが抑えられて、
杖が彼を導いているようだ。

施行を受け、梅の香りを「聴く」彼の、かかげる袖の形がうつくしい。
「秀句」をかたって祝儀を受けるのを生業としているのは、
目が見えなければ、軽業もできず、
まだ年若いから力も足らないからか。


まわりのものたちが勧めるままに弱法師は「日想観」をする。
おりしも春分で“四天王寺の西の門からはるか彼方を望めば、
極楽の東の門に至る”といい、
「盲目になる前は常に見慣れた景色」であると語りかつ舞う少年。

小書きには「盲目舞」とある。
杖を持っての舞である。
この杖が、右手にあるとき先は左の足をさし、
扇を開き、杖を左に持ち替えたときには右足に寄りそって、
斜めの角度がいつも同じようだ。
舞が力強くないのは、「弱法師」が舞っているからである。
足拍子が微かなのは
杖で探りながら拍子をとるのが難しいからである。

見物はそのよろよろしたところを楽しんでいるのだが、
当の本人は心をこめて必死に舞っているのだ。
これも…型なのか。
(左右も打ち込みもあわあわとゆらいでみえる)

忘我の境地で舞うことにより、彼の記憶にはっきりと
四方の景色が浮かび上がる。

「満目青山は心にあり」と
彼はあやまたずに名所を指し示す。
確かに「見えて」いるのだから。
彼の心は高みを翔ける。

しかし次の一瞬で、華麗な夢は崩れる。
ふと体が人に触れただけで、危うい均衡を保っている彼は
真っ直ぐに歩くことができない。
よろめくさまを見て人々はさらに笑いどよめく。
この滑稽さが見たかったのだと。

そのとき友枝さんは、はっしと杖を捨てた。
とても激しく哀しく見えた、
杖がなければ歩めもせぬのに、
「今は狂い候はじ…今よりは更に狂はじ」
確かに心の中にはありありと景色が見えているのだけれど、
だからこそ、笑われるのは辛い。

一心に舞ううちに心に映る在りし日の自分と、
施行を受けねば命を繋げぬ今の自分の差を
思い知らされるのは切ない。
これからは、夢見ることを止めて、ただよろよろとのみ
生きていこうと嘆く彼がいとしい。

ここで話はうつつに戻り、弱法師が、我が子であると確信した
通俊の問いにこたえて、
「高安の俊徳丸が“果”なり」と名乗ったとき、
苦しみ哀しみはぱらりとほどけた。
父に介添えされて、彼は故郷に帰るのである。

残念だったのは、ワキの殿田さんが柱の陰になってしまい
シテの語りや舞のときにどのようなたたずまいであったかが
わからなかったことである。

ここからひとりごと
たった数ヶ月で盲目になってしまった、というのならば
彼の目は全く見えないのではなく、
光くらいは感じられるのではないだろうか。
ぼんやりと見えはしても、距離も輪郭も定かでなければ、
なんの目明きとは言えまい。

この主人公は歌舞伎でも演劇でもお馴染みの人物だとは
調べてみてわかったことである。
寺に来る前の彼も、帰っていったあとの彼も、
胸を打つ物語として語り伝えられて、芝居にも祭文にも
なったそうだが、その俊徳丸のただ一日を
「此の花」の咲く四天王寺での舞で切り取った優しいお能。

友枝さんははにかむ童子にも、
誇り高い若者にもみえた。

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