« 淵と瀬「能楽特別鑑賞会」 | トップページ | 水鏡~「井筒」 »

2005.10.04

飛行天女

喜多流の「羽衣」
友枝さんのこれが観たくて、観世能楽堂まで来た。

正先に作り物の松が出て、そこに羽衣がかかっている。
漁師の白龍は大柄で朴訥で、現実そのもの、という感じを受ける。
ツレがふたり。

羽衣をみつけて「家の宝にしよう」と喜ぶ白龍の背に、
幕の中から「その衣はこなたのにて候」と呼びかける声がする。
たとえようもなく懐かしく
美しく暖かな声である。

天女の面はおとなしく穏やかだった。
装束はあけぼの色の小袖と同じ色の長絹である。
日が昇る直前の山ぎわの輝きの色。
長絹は小花模様で裾には流水があしらわれている。

今まで観た「羽衣」は、もっと地味な色合い(二藍系か)の
装束だったので雰囲気が全く違って驚いた。

あらすじはお稽古したのでわかる。
節回しは違うが、話自体がおおきくかわっていることはない。

返すのを拒む漁師に切々と頼む天女、「涙の露の玉鬘。
挿頭の花のしをしをと」
シテが「シオル」とき
初めて友枝さんの「手」をはっきりと観た。

からだ全体がかなしんでいるから
「手」だけが目立つことはなかった。
優しくで目元を押さえるのが、とても自然だった。

いたわしさに衣を返す白龍、受け取る天女の面がさっと晴れる。
「天人の舞を見せてほしい」と頼まれて、
羽衣を身につけ舞いはじめる。

着け終わってこちらを向いた面差しが、変わっている。
天上の人のものに。

少しのぶれもない足の運びと扇のカマエ。
天冠に付いている挿頭の花は「蓮華」だろうか。
薄紅色の今咲きはじめたようなその色が、
天女の愛らしさを引き立てる。

「左右」の型にはいるとき、
両手を揃えて右へ振る、そのときの微妙な肢体。
まるでわずかに腰をひねって立つ観音菩薩のようである。

楽に合わせて緩やかに舞う序の舞。
「天の羽袖を靡」かせてまう破の舞。

しだいに天女は空中に浮かび、
「七宝充満の宝」を降らす。
それは橋掛りの一の松のところでぱらりと扇を
欄干の外に出すだけであらわされる。
すると
はらはらはらと宝は国土に満ちるのだ。

時が移り、天女はもっと昇っていて、
「愛鷹山や富士の高根」をはるか下に見おろしている。
わずかに面をうつむけただけで。

どこまでも小さくなりゆく松原も海も山も
ひとしく見下ろしている天女は
突然さっと袖を頭上に被いたとおもうと、
「霞に紛れて失せにけり」と揚げ幕に入ってしまう。
小書きは「舞込」

あまりの優雅さ美しさに、息を忘れて見守ってしまう。

はじめは、つつましい女にみえた天女は
舞が進むにつれ、愛らしさを失わぬまま、神々しさを増していった。


宇治平等院鳳凰堂に、かわいい仏像がある。
阿弥陀堂の白壁に、何十体ものほとけが、笛を吹いたり、
舞を舞ったりしている。
天界の風景でありながら、いかにも親しみやすいその姿。
名を「雲中供養菩薩像」という。
友枝さんの舞を観て、飛行するぼさつたちを思い出していた。

月の天女はあさの色の衣をつけ、若々しく
想像どおり、ただただ愛らしかった。
「偽りのない」天界にいれば、いくら長いときを過ごしても
年などはとらぬものなのだろうか。

きよらかで無垢で暖かで優しい
この天女をいま一度観る機会が巡ってきますように。

※ シテ 友枝昭世 ワキ 高井松男 
ワキツレ 梅村昌功 ワキツレ 則久英志

笛 藤田大五郎 小鼓 亀井俊一 大鼓 柿原崇志
太皷 小寺佐七

|

« 淵と瀬「能楽特別鑑賞会」 | トップページ | 水鏡~「井筒」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/78456/6250973

この記事へのトラックバック一覧です: 飛行天女:

« 淵と瀬「能楽特別鑑賞会」 | トップページ | 水鏡~「井筒」 »