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2005.12.07

「道成寺」…清姫のこころ

「道成寺」は悲劇だと思っていたが、
それは思い込みだったのかもしれない。
そんな気分になったのは、シテが六郎さんだからかしら。

もともとこの催しは文化庁の芸術祭参加公演なのだそうだ。
月曜は馬場あき子さん、河合隼雄さんの公演会、
次の日は復曲能「鐘巻」
最後のこの日が「道成寺」
「三日間でひとつのテーマを掘り下げる」ということらしかった。

名古屋能楽堂は、お城の横にあって、設備はいいし
舞台は明るいし、私の好きな舞台だ。

見所は九分どおりの入り。
お能が一番だけだから気持にも余裕がある。
時間どおりに始まる。

さっきまで解説でみんなを笑わせていた藤田さんが
真面目な顔して笛方で登場。
大鼓の亀井さんはひさしぶりに見る。
小鼓は初めてのひと、名古屋のかたかな。
若くてちからいっぱいの音と掛け声である。

六郎さんの白拍子は、思っていたよりずっと地味な装束だった。
紅というよりほとんど茶に近い色合いの「紅入」で
渋い丁子色の地にうろこの模様がびっしりと入っている。
落ち着いた妙齢の女性にみえる。

真正面から寺男に頼み込んで、石段を鐘楼に登っていく「乱拍子」は
くるり、と回るたびに鐘を見据える女の目が
不可思議なものと見えるけれど、
足捌きも手の舞も、すべてが流れるようで美しい。

鐘の前に立った女は、とても嬉しそうである。
笑みをこぼしつつ歓喜の舞を舞う。
その速いこと、楽しそうなこと、
これはいつもの六郎さんの舞だ。
あの世から戻ってきた、不運な女の仮の姿ではあるが、
白拍子の装束をつけている限り、
舞は女の「いのち」であり「いのり」なのだろうと思った。
ここまでは少なくとも悲劇ではない。

烏帽子を扇で叩き落として鐘に入ってしまうと
舞台からはさきほどの豊麗な輝きが消えた。
幽明界から戻ってきたの、と思われるほどの深沈とした雰囲気で
閑さんが「鐘を訪ねてきた女」の正体と譯を解き明かす。
こちらのほうがよほど怖い。
彼が率いる従僧たちの祈りに、ぐらりと鐘が揺れる。

ついに吊りあがった鐘の中から、
長い長い赤い髪を背に垂らして、
息遣いも荒く女は鬼の面をさらしてうずくまっている。
ひとことも喋らず、ただ身体で心を表すしかない鬼。
脱いだ小袖を、からだにしっかりと巻きつけている。
読経から身を守るように。

シテ柱によりかかってのけぞる鬼の顔はもの悲しい。
女だったときのなごりか、ふっくらした手が
しっかりと打杖を握りしめているのが印象深い。

鬼の最後はまことにあっけない。
祈り伏せられて、川に飛び込んで失せてしまう…
舞そのものの生き生きした感じは少しも失われない。
地謡の詞章で「ひとまずは」と鬼が去ったことを知るのだ。

女の、鐘にまつわる思いは昇華されたのだろうか。
「道成寺」を観た後はいつもその疑問が残る。

平成17年11月30日(水) 名古屋能楽堂

白拍子の女・蛇体  梅若 六郎  住僧  宝生 閑
従僧 則久 英志  従僧 宝生 欣哉 
能力 野村又三郎  能力 野村 小三郎

笛:藤田六郎兵衛  小鼓:後藤 嘉津幸  大鼓:亀井 忠雄
太皷:観世 元伯   地頭:大槻 文藏

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コメント

こりまさんの道成寺の感想は、ほぼ私のと同じでびっくりしました。
そう。おワキのほうがよっぽど深刻なわけで。

前シテは、歓喜の中にいるような、下から懐中電灯を照らして笑っているような。

蛇になってからは、鐘であそぶ楽しみが終わって身の置き所がなさそうに感じるのです。
だから苦しんだり怒ったりするのではないでしょうかねぇ。

禁酒してみてわかりますが、禁欲は一時のこと。
近江女の笑みは、果ての無い煩悩の表情のような気がします。

投稿: 玉藻前 | 2005.12.07 22:21

コメント、ありがとうございます。
「道成寺」をみるのは3回目です。
お能を見る機会が少ないので
演じる方によって違いがあること、はなんとなく
わかるのですが、まだ手探りで観ています。

ワキの閑さん、ほんとに怖かったですよ。

禁煙して1年ですが、夢の中でタバコに火をつけていることが、
あったりするのです。不思議というかなんというか。

投稿: korima | 2005.12.12 16:06

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