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2005.12.27

「木賊」~子を思ふ道

友枝さんのお能、いままでは美しいシテばかり見てきた。
「伯母捨」では老女が舞うが
老翁でしかも序の舞があるお能を見るのは初めてである。

僧たちは、「父に会いたい」という少年僧(松若)を連れて
園原山に着く。木賊を刈っている男たちが居る。
僧は老翁(シテ)に伝説の“帚木”のことを尋ねる。
すすめられて僧たちは、老翁の家に行く。
彼はいなくなった子供のことを語り、形見の舞装束を付けて
狂おしく舞う。
僧は松若を引き合わせ、親子は感激の再会をする
  <能楽ハンドブックより>


登場のシテは薄茶の小袖に同系色の水衣、短めのものを着ている。
背中の線が優雅で、由ありげな老人である。

松若役の雄太郎くん、今日は登場のときから、美しかった。
ワキ座に座っているときの
しっかりした姿が少しの緩みもなかった。
なんとなくではなく、そこには堅い意志がみえる。
少年松若は父に会うために来たのだもの。

相変わらず謡のうまい森さん。
シテにものを問うときなど、
発語がはっきりしていてわかりやすい。

問われて「帚木」を説明するとき、
友枝さんは、つっと僧に寄りそって
「伏屋の森」を教える。

この場面は、前に「融」の亡霊=老人が
ワキに名所教えをしたときとそっくりだ。
相手の肩に沿えた手のぬくもりが伝わってくるような
温かみのある仕草だ。

“伏屋の森の帚木は遠くからはうっすらと見えるが、
近づくと、どこにあるのかわからなくなる”
「これはどういうことなのですか」

「“木賊”と並んで、世に知られている“帚木”は
ここからなら見えますよ。」

「こうして近くに寄ると、見えないでしょう」
とても雅びでおだやかなやりとりである。

<なるほど。はじめてそのいわれを知った。
源氏物語の“帚木の巻”もこの言い伝えをもとに
した名づけなのだろうか>

場面は変わって老人の家。
くつろぐ僧たちに里人(雄人さん)が
「この人は時々、子供のことになると変になるんですよ」
と注意して立ち去る。
アイが語る代わりにここではツレが、次の場面への転換をする。


酒の用意を言いつけて、老人は物着する。
髪は白髪を後でまとめて括り烏帽子をつける。
面はおなじなのに、柔らかい感じになる。

上にはおるのは子供が着ていた衣だ。
青い鈍色で、あっさりと銀の線が描かれている。


しきりに客に酒をすすめる。
己の酔態をさらすのに相手が素面だと恥ずかしいからかも。
近くに寄って酒を注ぐ。
静かに扇をかざすだけで、杯は満ちる。

酔った老人は舞い始める。
「あの子はこう手を指して」とか、「かように扇を」とか
一人ごとをつぶやきながら…。

こんなに遅い序の舞は初めて。
歩くのもよたよたと扇も上げ兼ねて
足拍子などか弱くかすかで、
気ばかり焦る老い人の舞だ。
旅人が来るたびにこうして舞っているらしい。
子供のゆくえを誰かが知っていないかと。

常にもまして遅い序の舞を観ながら思ったこと。
友枝さんがおそく訥々と舞われたのは
シテが老人だからだろう。

気持は若くても、体はついてゆかない。
頭の中では颯爽と子供が舞った姿がみえているだろうに、
それをなぞろうとしても果たせない。
自分でそれが分かるから老翁はさらに悲しかろう。

「年を取ること」の哀しみと
たったひとつの願いをかけるその思いの深さが
舞いのなかに見えたような気がした。

笛の音は寥々として、
荒野を吹く風の音かと思われる。
鼓は山入端めざして飛んでゆく鳥のように自由に鳴る。

追憶に浸っても子供が帰ってくるはずも無く
はりつめた思いは一度に崩れて、
老人は泣いてその場に崩れ落ちる。

そのときやっと僧は、松若と父を引き合わせる。
はじめのうちは不審げに
まじまじと子供をみつめる父は、
つと両手をまわしてうでの中に子供を掻い込む。
我が子の温みを確かめて
老翁の顔は一瞬の間にやわらぎ輝く。

それからふたりは帰ってゆく。
物語が終わったので帰るのだ。
橋掛りの二の松まで、父はぴたりとこどもに寄りそっている。
そこで立ち止まり、手を背に添えて
そうっと松若を揚げ幕のほうに押し出す。
しずしずとこどもは進み、
一呼吸置いて父も歩き出す。

ちょうど謡は最後の部分で、
「後に伏屋の物語…」と締めくくりに入る。
繰り返し「物語とはなりにけり」で二人は幕に消える。
この家を寺とし、仏との縁を結んだという物語は
長く伝えられたということだ。

とりたてて、劇的なわけでもなく
名のあるひとの話でもない。
ごくささやかな普通のひとたちの物語。

一年前ならきっとわからなかった、と思う。
このお能の地味なうつくしさが。
何事も出会うべき“とき”があるのだと、
ふたりの背中をみつつ思いをめぐらす。

おりしも何十年ぶりの大雪が続き、
舞台をどうしても見たいので、
早起きをしてでかけてきた。
起きられるなんて、自分でも信じられなかったが、
お能のためなら無理が効くとはなんとも不思議なことである。

そのように気負って張りつめた気持は、
お能が終わったときにはおだやかに凪いだ。
次の朝、真っ白な富士を見つつ、
こころも晴れ晴れと、
雪の関ケ原を抜けて帰った。

「木賊」 2005・12・22  粟谷能の会 研究公演

シテ・松若の父 友枝 昭世 子方・松若 友枝 雄太郎
ツレ・里人 友枝 雄人 同 井上 真也 同 大島 輝久
ワキ・旅僧 森 常好 従僧 舘田 善博 同 則久 英志

笛 一噌 仙幸 小鼓 鵜沢 洋太郎 大鼓 国川 純

地頭 粟谷 能夫 後見 塩津 哲生 香川 靖嗣

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