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2006.03.05

條風会能…女と母(「巴」「海人」)

目黒駅から徒歩七分、との案内に間違いはなく、
無事に喜多能楽堂に着いた。
これでお江戸の能楽堂を四ヶ所訪ねたが
まず分かりやすいほうだ。

「ドレメ」杉野学園関係の建物ばかりある、
閑静な通りを歩いていくと電柱に矢印があって、
間違いなかったと安心する。
表構えがまったく能楽堂らしくないので驚く。
003tobira
立派な「扉」から入ると感じのよいロビーがある。
橋掛かりや見所などはこじんまりしており、
舞台は低めなので見やすい能楽堂である。

写真撮影はできなかったが、
鏡松がとても雄渾だった。

この日は喜多流の若手ふたり
(友枝雄人さんと狩野了一さん)の公演で
演目は「海人」と「巴」

いつも地謡で顔は知っているんだけど
どなたのシテもほとんど見たことがないのに気づいた。
友枝さんがシテのときだけ上京するのが、
ここしばらくのならいだったが、
若手のかたのお能も観たくなったのだ。
大島輝久さんのシテは、
福山での定例公演に足を運ぶつもりだ。

できるうちに、できるだけ、で走り回ってきたお能鑑賞、
体力低下の焦りもあって、
この機会を逃すとまたいつになるかわからないから。

正面も脇正面も、見やすいところは指定席になっている。
私の視力では、後方は無理なので、最前列に座る。
二階席をのぞいてほぼ満員である。

最初が「巴」
シテの狩野さんの舞を観たのは一度だけ。
京都の囃子方のもよおし(「せぬひま」)で舞囃子を。
そのときの地味だが美しい舞はずっと記憶にあった。

しかも、「巴」はついこの間お稽古を終了したばかりで、
まだ謡が記憶に残っており、
習えば習うほどに、好きになった曲である。

前シテは素直にうつくしい。たいへん愛らしい面だ。
本に「万媚」として載っているものに似ている。
唐織の小袖は橙と白と青の段替わり
小柄ですっきりした立ち姿。
声も作った声でないのがよい。

ワキの大日方さん、目の前でみていたが、しっかりと
きっちりとシテに対応されるのがとても好感が持てた。

むかしのことを思いつつかきくどくシテは
クセの部分で義仲のこれまでの戦が語られると、
ふと彼がのりうつったようになる。
女からうつくしい男へと

夜が来て、里女は
黒の烏帽子に片袖を脱ぎ、
なぎなたを持って登場する。
たおやかでみずみずしい巴だった。
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義仲に、ここから落ち延びよ、と言われて
最後の戦をしてみせようと、
蔓桶から立ち上がり、なぎなたをふるって敵を追い散らす。
重い手傷を負った主をかばいつつ敵を倒す。
だからシテは脇正面にむかってなぎなたを揮う。

すこしづつ敵を押しやり、橋掛かりを幕近くまで追いきって
主が横たわる松の根方に戻ってきたときには、
すでに義仲は自害していたのだ。

お能では義仲の代わりに、ワキ僧たちの前に、
白い(薄くて生成りの)小袖が横たえられてある。
彼でもあり、形見でもある小袖が。

膝をついて別れを惜しみ、
いっそ後を追いたいとおもうけれど、
遺言にはそむけず

その小袖を巴ははおる。
地謡がゆっくり謡いつなぐ間に
後見ふたりともうひとり切戸口から現れて
三人で、小袖を脱がせ烏帽子をはずし、

はいていた緋の袴の上に、しろい上のきぬだけで
それがとても清らかで
さっきまで立ち回りをしていた勇壮な彼女とは思えない。
刀をしっかり持ち直し、
右手に信楽笠、黒い笠を持ってたたずむ。

その姿は一瞬だが、くっきりと
なんともいえぬ悲しみと情が、
義仲が倒れているはずの松ケ根に通う。

その姿で落ち延びて、
しばらくの生をすごしたけれど、
後ろめたさは絶えることがなかった、と
僧達に向かって手を合わせ、
「どうぞ跡を弔ってください」と
合わせた手の可憐さが痛ましかった。

巴が生きたのはただ、義仲が望んだからで、
ほんとうは寄り添って死にたかったに違いない。

狩野さんの巴は清らかに橋掛かりをわたっていった。

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もうひとつのお能は「海人」
こちらのシテは友枝雄人さん。

笛は一噌幸弘さん。やっぱり三本の笛を持って登場。
小鼓はまったく初めてのかただが、やわらかい音色だった。
おなじみ、と言えば、大鼓が柿原弘和さんで、
お父上譲りの音がよく響いていた。

前シテの海人は、青ざめた面、水ごろももうす青で
下からのぞく小袖も紺地で登場する。
この世のものではないことがはっきりとわかる雰囲気を持っている。
子方は子息の雄太郎くん、(房前役)
かわいらしく、はっきりとした語りで、謡も気合充分だ。
扇を持ち替えたりしている所作がきちんときれいだ。

見どころは玉の段。
確か、万作さんで見たことがあったと思う。
雄人さんは舞台ではとても大きく見える。
堂々と立派な舞いでどこにも隙がない。

後シテの竜女は、一段と立派さが映え
悠々とした楷書の舞であった。
これは雄人さんにぴったりだなあ、と思いつつ観る。
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能「海人」は
幽霊の話といってもとてもわかりやすい。
「絵本」にもなっている。(片山清司さんが紹介されていた)
讃岐の志度寺の縁起が元だそうで
最後はめでたく終わるところも後味がよい。

春のシーズンが待ちきれなくて、行っただけの甲斐はあった。
ただわたしの体力、気力とも
お能一番、狂言、仕舞、程度が限界のようだが。
ともあれ、それぞれの花を見比べる楽しさは
十二分に味わえたからよしとしよう。

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2006・2・25 喜多能楽堂 
「巴」 シテ:狩野了一 ワキ:大日方寛 ワキツレ:則久英志、梅村昌功
    アイ:竹山悠樹 笛:槻宅聡 小鼓:観世新九郎 大鼓:柿原光博
    地頭:友枝昭世

「海人」シテ:友枝雄人 ワキ:宝生欣也、坂苗融、御厨誠吾 子方:友枝雄太郎
     アイ:石田幸雄 笛:一噌幸弘 小鼓:森沢勇司 大鼓:柿原弘和
     太鼓:小寺真佐人 地頭:中村邦生
仕舞「桜川」金子敬一郎、「笠の段」内田成信、「野守」塩津哲生

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