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2006.03.25

ふるさとへ急ぐ~「湯谷」

桜にはちょっとだけ早いけれど、
大島能楽堂へ「湯谷」を観にでかけてきた。
これで三度目の福山だが、
懐かしく感じられるのは、
まちがてごろな大きさだから。
駅ビルも、さっと見回せば自分の居る位置がわかる。
外に出るのに、まごつくことはない。

広島在住のともだちにいつも頼りっぱなしなのだが、
おおきなガラス窓のあるカフェで、
舞台に備えて、軽くお茶とケーキの時間を持てるのも
能楽堂が駅から車なら三分の距離だからできることだ。
入口に活けてあるミモザの黄色が明るい。

開演一時間前に到着してしまう。
でも心配ない。
席を確保してから、サロン「樫木端」へ。
お能の本や写真、
そして、いつも能装束がかかっている。
近々と唐織を見ることができるのはほんとに嬉しい。
眼が喜ぶ。

上演の前にまず解説
大島輝久さんが丁寧に見どころやつくりものの説明を。
幸運なことに、正面席に座れたので、すみずみまで見渡せ、
お囃子の音もまっすぐ耳に入ってくる。
前には見逃していたようだが、舞台の床は
鏡のように磨かれていて、
歩む人たちの装束、鏡板の松までも映る。
002mikini

平宗盛に仕える遊女に湯谷というものがいた。
ある日故郷の池田から、
侍女の“朝顔”が老母の手紙を持ってやってくる。
文には、「老い先短い身である自分は心が弱っております。
いま一度、あなたに会いたい」とあった。
すぐに暇をもらって帰ろうと、申し出るが宗盛は承知しない。
「花見を共にしようではないか」と平然と車を言いつける。
006sekihi

車に同座して、清水へ向かう湯谷。
観音に故郷の母のことを念誦しているところへ
宗盛の催促が。
酒宴に出た湯谷は、
目の届く限りに咲き誇る桜の中で舞う。
突然、村雨が降ってきて、花がはらはらと散る。
そのさまをみて湯谷は母のことを思って和歌を詠む。
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歌を見てこころ動かされた宗盛はついに湯谷に暇を賜る。
「もし、屋敷に帰ってからお心が変わっては」と
宴の場からそのままの姿で逢坂山を越えるべく
旅立つのだった。

湯谷は大島政允さんである。
去年は「絵馬」の天照神をなさっていた。
おおどかでゆったりしているのに、
きっかりと楷書な感じを受ける。
手紙を読んだときから、彼女の心は母への思いでいっぱいになる。


主の宗盛に言葉をかえしてしまうのだ。
「この春ばかりの花見の友ではないか」という大臣に
「花は毎年咲きますが、わが母はただひとりでございます
永の別れになるやもしれませぬ」と。

文を読むときも、時に気持ちがたかぶってしまい
つかえるように激しく言葉を重ねる。
そうまでしても、結局は、花見車に乗って行かねばならない身。
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清水までの道中、湯谷は車から身を乗り出す。
どこを通っているときだったろう。
六波羅密寺の横を上っているときだろうか、
子安の塔をみて母を思ったときだろうか。

御堂で祈る湯谷の姿が美しい。
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すらりと立ち「立ち出でて嶺の雲…」と
近くから遠くまでみはるかして舞う。
見所がちょうど、桜の森の風情か。
そこから散った花びらが雨とともに
湯谷の扇の上に留まる。
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許しを貰い、心いそぐていで、きりりと立ち
逢坂の関に急ぐ湯谷が、くるりくるりと回りながら
進む。遠ざかるその姿は幕の前でひたと止まり、
一曲は終わった。

地頭は塩津さん、力の入った謡だった。
またツレの侍女朝顔は大島衣恵さん。
紅の唐織が美しい。湯谷の「紅」は曙のような色だが
彼女のはほんとに「紅」。
小柄のためもあり少女に見える。
その女の童が、はるばる旅をしてきたのだ。
文を渡してから、朝顔は帰ってしまった。
以前にみた流儀では、ずっと舞台に居て清水まで行き、
ふたりで国へ帰るのだけれど。
喜多流では文使いをするだけなのだそうだ。

知っていれば、もっとまじまじと観たものを。
初めてみた衣恵さんの姿は可愛くて、
でも声はやわらかく低い。

お囃子は大阪でのお能でよく聞いているかたたち。
宗盛役の植田さんも、太刀持ちの是川さんも。

狂言、仕舞をはさんで
もう一番のお能は「野守」
解説はこんどは衣恵さん。
輝久さんと同様、てきぱきとした説明だ。
初めてのお能のときはこのように詳しく見る前に
教えていただくと、とても楽に見られる。

前シテの老人の姿で登場された輝久さん。肩も手も
姿が若々しいから、年寄りには見えない。
これは「仮の姿」である、という約束事によっての
「尉姿」なのだろう。
ワキの植田さん、さっきの大臣よりこちらのほうが
ぴったりはまっている。
はるばる旅をしてきた山伏役で、数珠の房が見事な緋色。

問答はあまりわからなかったけれど、解説があったから、
大丈夫だった。
アイも登場してさらにしっかり「野守」の意味を
噛み砕いてくれる。このあたりは疲れが出てうろ覚え。
見所は今回は「野守の鏡」と名づけられる静まった沼である。

そのほとりにある塚の作り物の中でシテは着替え、
鬼になって登場する。
後シテのこの鬼は、怖い鬼じゃない。
解説であったとおり、むしろ神に近い鬼だ。
そのトリッキーな鬼が勢いよく舞う。

鏡を掲げて天を映し、地の底までも光を届け、
太鼓の刻む音に合わせて、
赤頭の髪がゆっくり揺れる。
しかめっつらの顔さえ愛嬌がある。
小書がある。
「居留」とは「石橋」の獅子の型に近いそうだ。

こちらの地頭は大島政允さん
悠揚とした謡いとさわやかな鬼と。
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ああよかった、と思うのは、
響きのよい舞台で、美しい舞を観て、
サロンでゆっくりお茶を飲んで、
ちょっと友達とおしゃべりして、
受付の方に質問したり、
コーヒーの香りをかいだり、
展示の本をめくったり、

それらすべての総和がその日の舞台の満足度。
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喜多流定例鑑賞能
2006年3月21日(祝)12時30分開演
能「湯谷」
シテ:大島政允  ツレ:大島衣恵 ワキ:植田隆之亮 ワキツレ:是川正彦
笛:帆足正規 小鼓:久田舜一郎 大鼓:守家由訓
地頭:塩津哲生
狂言「二人大名」
シテ:野村又三郎 大名:野村小三郎 大名:松田高義
能「野守」
シテ:大島輝久 ワキ植田隆之亮 アイ:野村小三郎
お囃子=「湯谷」に同じ
地頭:大島政允

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