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2006.04.18

念仏の功徳~「百万」

冷たい雨が降って、桜も散り残りのみが枝にしがみついている。
観世会館のある三条白川あたりである。
四月とは思えないこの寒さに、
冬のコートを引っ張り出して着ていった。

「春の梅若会」は毎回見所が満員。
出がけに用事を済ませていたら、大幅に開演時間に遅れ、
一階席は五つほどしか空いてなかった。
補助席か中正面席、という選択肢で、
脇正面の補助席を選ぶ。
最後列から三列目だが、通路に飛び出しているので、
座り心地は悪いが、見通しはいい。

あちらこちらで咳が。
こんなに寒いと風邪ひきが多くてあたりまえ。
男性客が目立つ。しかもビジネスマン風の。

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嵯峨清涼寺で大念仏が行われているときのことである。
紀州から来た旅人はひとりの子供を連れていた。
奈良の西大寺のあたりで拾った子であった。

近くに住んでいる男に、「何か面白いものはないか」と聞くと
「そればらばちょと念仏を唱えましょう。そうすると近頃、
狂った女が、すぐに出てきて、面白く念仏を唱え舞いを舞いまする」と
答える。

念仏を始めるとすぐ、女が現れて、男を押しやり、
興ありげに舞う。
しかしそののち、生き別れになったこどもを思って謡いつつ舞う。

その子とは旅人が連れている子であり、
子供は母をそれと認める。
「我が子に会いたい」と
女はさらに法楽の舞、クセ舞と舞いすすみ、
子供を捜し求めてここまで至った道筋を語る。

哀れと思い旅人は親子を対面させる。
「もっと早く名乗ってくださったなら、恥ずかしい様子を
さらさずにすんだのに」といいつつ、
今は狂いから覚めて、慈母の相になった百万は
こどもとともに都に帰ってゆく。

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シテは梅若六郎さん。
チラシに先代の六郎さんの写真が載っていたが、
同じ模様の長絹を来て出てこられた。
主人公はやや年闌けた女だから、紅い色目は使っていない。
緑に流水の模様である。
小袖は地味な茶色の地。
色合いはこの季節にぴったり、芽吹いた柳の色と春の土の色。
旧暦でいまは三月、弥生の盛りだ。

はじめはおどけた風に登場する狂女、
よい声で「南無阿弥陀仏」と歌い、くるりくるくると舞う。
六郎さんの舞は素軽く速い。
重くたっぷりではないから、物足りないか、いうと
それがまた違う。
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舞が始まると、舞台は「舞の時間」になり、
お囃子も地謡もみんな渾然一体、言葉が多少不明でも
全然問題はない。
楽しい舞が続いている間、うっとりと浸っていればいいのだ。
するとまぶたが落ちてくる。
ぐっと力を入れて目を瞠るが、
笹がゆうらりと揺れて、シテが舞台を一回りすると、
また心地よい眠気が襲ってくる。

波のようにリズムに身を任せているうちに
舞が終わり、問答になると、きぱっと目が覚める。
テンポよくワキとシテが語る。
この部分は演劇だ。
さっきうとうとしていたときに見失っていた筋を
再び見つける。

そんなに動きが大きいわけでもないのに、
六郎さんの舞は綺麗だ。
「楽しい」波動が見所じゅうに満ちて、静かになる。
あとの気分もとてもいい。
体まで柔らかくなるみたい。
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我が子と知らされて、急ぎ近づきかき抱く、
たっぷりとした母の愛、そしてとても嬉しそうだ。
帰り際に橋がかりで、二度ユウケンの所作をする。
「これも仏のおかげ」と謡いながら、
喜びがおのずからあふれる仕草である。
狂っていたときの烏帽子も外し、
笑みをたたえてシテは幕に入る。
親子再会成った春の一日の、楽しさを後に残して。

お囃子がまた良かった。
杉さんの澄明な笛の音。柔らかくしっとりと吉坂さんの鼓。
大好きな山本孝さんの大鼓、すっきり枯れたかけ声と音色、
久しぶりに聞けて、嬉しくてたまらなかった。
春はいつも調子を崩すわたしにとって
たいへん幸せな半日、これでしっかりリフレッシュできたようだ。
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※はじめて梅若晋矢さんの仕舞を見る。
「野守」だった。仕舞としても見どころの多いこの舞、
銀の扇を鏡に見立てて、軽々と舞われる。
切れのいい舞だけど大げさではなく、手の先まで
エネルギーが満ちている。味わい豊かな舞ぶりだった。

京都「春の梅若会」平成十八年四月十五日(土)
会場 京都観世会館 十二時半開演
能「鉢木」
狂言「左近三郎」
能「百万」
シテ 梅若 六郎 子方 河本 彩
ワキ 中村彌三郎 ワキツレ 森本 幸冶 中村 宜成
アイ 松本 薫
笛  杉  市和 小鼓 吉坂 一郎 大鼓 山本 孝
太鼓 前川 光範 後見 赤瀬 雅則 山本 勝一

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