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2006.04.10

東に帰る名残りかな…「湯谷」

関東ではすでに桜が咲いていた。
行き慣れた国立能楽堂に向かう電車の窓から
薄白く近く遠く桜は見えた。
開演が午後三時と遅めの時間なので、
到着後ゆっくりと待つ間があった。
眠気予防に久しぶりにコーヒーを飲む。
空も穏やかだ。お能を観る日がいつもこんなだといい。
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今日の席は中正面である。
国立能楽堂は見所がたいそう広いので、
舞台の見え方は、座ってみないと分からない。
探し当てた席は、正面も橋がかりも等分にみえ、
しかもなんとか視力が届く席だった。
来られただけでも嬉しいのに、と幸運に感謝する。

あらすじがのみこめているので、安心だった。
福山で観たときの丁寧な解説があったからこそだが。
「米の飯」と聞くように上演の回数は多いようである。


まず舞台に登場するのは、宗盛役(ワキ)の森常好さんで、
恰幅といい、年格好といい、イメージの中の宗盛にぴったりだ。
ワキ方が位置を占められた後、
侍女朝顔(シテツレ)の長島さんが登場される。
大柄だがすんなりすっきり、装束は意外に地味で
やや年のいった落ち着いた感じにみえた。。
次第を述べる声がきりりと響く。よいお声だ。

朝顔のおとないに応えて、
湯谷が幕から登場する。

小柄で若い。
いちめん花の模様の装束のうち、一種だけが紅く彩色されている。。
髪をゆわく蔓帯の背にかかる部分は鬱金の色で、
結び目のあたりは紅い。
ういういしく花の盛りの舞姫である。

その面が、朝顔の携えてきた文を見たとたんに曇る。
「あら、笑止や」と
故郷の母を思う心が愕きの声をあげる、
大臣の館へ湯谷は急ぐ。
侍女はそのまま静かに立ち去っていく。
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友枝さんの演じる女性の愛らしさは表現しがたい。
唐織りをやわらかに着こなして、
すっと立った立ち姿が、言いようのないうつくしさなのである。
その若々しい姿と静かな声が、舞台を彩る。

笛はまっすぐによく伸びる一噌仙幸さん。
小鼓は柔らかさと剛毅さを兼ね備えた成田達志さん。
かけ声が特によい、とこれはいつもこの会に来ている友人の言である。
関西人としてたいそう嬉しい。
大鼓はベテランの柿原崇志さん。
乾いた歯切れのいい音色を懐かしく聞く。
関西ではめったにお目にかかれない。
後見は弘和さん、お正月の「お囃子」の公演で拝見した。

奏でられるお囃子は、ひろびろと響いて晴れやかである。
湯谷の歩みはますますうつくしい。

大臣宗盛に湯谷は願う。
「病気の母のためにお暇をいただきたい」と。
「これ、このように」と文を差しだそうとして
宗盛はあっさり言い放つ。
「見るには及ばぬ、そこで読み聞かせよ」

そして湯谷は文を読みあげる。


謡本によるとこの部分は「文の段」と名付けられ、
母の心情を切々と訴えたもの、とある。
本には「ゴマ点」が付いている。
それは「謡う」しるしである。

友枝さんの湯谷はここを、語りのように謡う。
母の心細さ、娘への思い、切ない気持ちがこもっている。
静かな謡は、湯谷に母がのりうつっているように聞こえる。
ひとりなのにふたり居るようだ。
唐織りのまま座る姿が美しい。
巻紙を解く手まき直す手も美しい。

訴えを聞いても宗盛は興味を示さない。
それでも重ねて願う湯谷の言葉に
押し被せるように花見の車を言いつける。

花見車が用意されると、見所は京の都となる。

すべもなく車に乗る湯谷はほんのすこし憂いを見せて
流れ去る外の景色をぼんやりと眺めている。
ふと、身を乗り出す場所は、橋の上だろうか。

ちょうど柱の陰になって湯谷の姿が時々隠れる。
車はどのへんを進んでいるのだろう。
地謡を聞きながら、車の有りどころをたしかめる。
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六波羅蜜寺を過ぎるとき「観音も同座あり」と
その方角に向かって手を合わせ、
すぐさしかかる六道の辻では
あの世への冥い入り口がここにあるかと、
母の病いを思わずにはいられない湯谷である。
だから、車から降りて清水寺の内陣に入ったときに、
長い祈りをせずにはおれないのだ。
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歩むときも、見渡すときも、どの所作もゆるゆるとしている。
扇はかろくまるで重さがないように持たれている。
左右をする手もかざし扇も、その位置は低い。

この日は存分に友枝さんの手が見える、
しかし手がそれだけで目立つことはない。
揺るぎない安定があってそのうえで、
こころをあらわす手の表情がある。

宗盛が「湯谷はどこか」を声をあげる。
重たい心をなだめて宴に花を添えるべく舞いすすむ。
桜の中にたつ姿が、「亡霊」のときとは違う。
病んだ母を持つ「湯谷」という生きた女である。
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しぐれと、ひとふきの風が、桜の間を抜けてくる。
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はらりと散る花びらを扇に受けて、
舞い止めて跪いた湯谷は凝然とする。
花は「散る」ものだということを、今知ったかのように
まじまじと見つめる。
そのままで、左の袂から短冊を出す。
同時に右手は扇を畳み、それは一瞬の間に筆になる。
穂先を整えて短冊の上から下へまっすぐの線を書く。

一首の歌が詠まれ、大臣に奉られる。

「いかにせん都の春も惜しけれど 馴れし東の花や散るらん」

こめられた思いに感じ入った宗盛は
ようようにして湯谷に暇を出す。
聞いて喜ぶ湯谷は、真っ先に観音の御利益を思った。
すっと両手がお堂の方角に合わされる。
入念に主に礼を取り、それでも心変わりをおそれて、
そのままの姿に旅立つ湯谷である。
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橋がかりに入ったときはすでに都を離れ、
逢坂山を越えようとしている。
越えきって、湖の輝きがみえだしたとき
ようやく湯谷は振り返る。
おりしも空に雁の群れが北をさして行くのが見える。
振り返って都の方をゆっくりと見る湯谷、
しみじみと越えてきた逢坂山の山容を眺めやる。
みやこで過ごした日々を思いめぐらしているように。
そしてゆっくりと向き直り

遠い山々にはまだ桜が残っている中を
母の元に帰る旅を続ける。

きょうのお囃子はすてきだった。
シテのこころの動きに合わせて、笛も鼓も調子を変える。
こころ急かれるときにはお囃子は激しく鳴り、
憂いを帯びて佇めば、ゆっくりしたかけ声と優しい音色がある。

終わって会場を出ると、観る前よりも開いた桜があった。
満ち足りて、帰る道すがら、
パンフレットに書かれた言葉に目が留まる。
「舞台の桜が足りませんでしたら…」とご挨拶にあったが、
いいえ、風に揺れる清水の桜を堪能いたしました。

公演に合わせるように咲いた東京の桜に送られて帰る。

「第12回 友枝昭世の会」平成18年4月1日
  於国立能楽堂 開演午後3:30
狂言「見物左衛門」深草祭   野村 万作

能 「湯谷」
  シテ 友枝 昭世 シテツレ 長島 茂 
  ワキ 森 常好 ワキツレ 舘田 善博
  笛 一噌 仙幸 小鼓 成田 達志 大鼓 柿原 崇志
地頭 粟谷 菊生 後見 塩津 哲生 友枝 雄人

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