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2006.04.30

新作能「紅天女」

JR大阪駅から阪急電車の方向に歩いていくと
ひときわ目立つのが「ヨドバシカメラ」。
その前にそこに何が建っていたのかを
すっかり忘れさせる存在感で視野を占めている。
流行のネットカフェが一階にあって、
平日の昼間にもかかわらず満席に近いのが
いかにも今風である。
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私もまた平日の午後、のんびりと歩いているのだが
同じ方面に向かっている人々の中で
ちょっとドレスアップしている女性を見ると、
「同じ場所に行くひとかしら」と思ってしまう。
その勘は当たっていて、着物を着慣れたその女性は
シアタードラマシティの階段を下りていった。

「新作能」で「ホール」だからか、少し空き席がある。
ここはこぶりで見やすいホールだが、
能楽堂よりははるかに大きいから、
劇はもちろんマイクが使用された。
017umesiroppo

この「紅天女」
どう名付けたらいいのか、迷ってしまう。
もともとは(パンフレットにあるように)
三十年前から連載されている漫画、
「ガラスの仮面」が原作である。(作者は美内すずえ)
国立能楽堂の企画で、宝塚の植田紳爾さんが脚本、
梅若六郎さんが演出(能本補綴)でこの度の上演となった。
最初は東京のみと聞いていたが、
大阪公演があると知ってすぐチケットを確保した。

お能も狂言も宝塚も漫画も、全部「好き」なものだから。

ナビゲーターと最近ではいうのだろう、
はじめに話しだすのは、
“月影千草”に扮したタカラヅカの邦なつきさん、
せりふ回しがタカラヅカだな、と妙に感動。
次に登場は狂言方が二人。
茂山七五三さんと千三郎さんだ。
掛け合いも呼吸が合っていて楽しく、装束が照明に映える。

彼ら、「東の者」と「西の者」が奥行きのある幕中に消えると、
能の中の登場人物(旅人)の装束で、
主人公の仏師が登場する。
彼は劇中劇では一真という若者にもなる。
演じるのは関西ワキ方では随一の美貌、福王和幸さんである。
能楽堂でこそ、背の高さがめだつが、
天井の高いホールでは、そのスタイルの良さが武器になり、
漫画の主人公にぴったりの甘い感じがよく出ている。
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対してヒロイン阿古夜は梅若六郎さん。
比べるとたいそう小柄に見えるが、それが可憐さとなって
二人の釣り合いがとれている。
ホールでお能を観ることがあまりないから、
はじめはかなり違和感があった。
マイクを使うと、
地謡やお囃子のバランスが変わるせいかもしれない。
お話に入り込めたのはシテが阿古夜になってから、だった。

ホールでは能楽堂より照明がくっきりしていて
人物も現代劇のように陰影に富んでみえる。
里の女に馴染みにくかったのは、「橋がかり」がないからかな。
登場が黒い幕からだと、
いきなりな感じがして、はっとしてしまう。

能舞台の作りは実際よくできているな、と思った。
揚げ幕から登場して、橋がかりで見所に向いて謡うと
その瞬間に「これがシテだ」と
その姿がしっかり刻み込まれるからである。
その経過なしに、登場する六郎さんの主人公は
横顔ばかりで面がみえないから
美女ぶりが覗えなくてとまどうのだ。
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漫画では「紅天女」は封印された劇となっているから、
ちらりとそれらしいコマがあってもストーリーはない。
それだけ自由にお話をこしらえられるはず。
普通の「恋物語」だけではなく、

『生きとし生けるものうえに平和を』という
壮大なテーマが語られる。
“エコ天女さま”と私は名付けたが、
ただごとではない美しさを持つ天女の願いはそれとして、
天変地異や戦など、いまある問題は
狂言方がはなす。

アドリブか、とおもうほど
間のよい闊達なやりとりの妙は茂山家ならではのもので、
二度の登場、台詞は微妙に繰り返しになっている。
そのリフレインが、和解に至る過程を
くっきり照射する効果をあげている。
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「千年を経た梅の精」紅天女が舞う後半は、
六郎さんの舞が輝く時間だ。
紅梅の花びらがきらきらと天から降ってくる。
その美しさもさりながら、
唐団扇を手に舞う六郎さんの天女は
その何倍も何十倍も美しい。
眠くなるほど長くはなく、
序の舞の長さにようよう慣れた身には、
あっけないほど早く天女は舞納めて昇天する。
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のこされた仏師の放心と目覚めで幕が下りる。
幕が下りるのが、不思議でならなかった。
でもこれはお能であってお能ではないから、
立ちつくした男、そして幕が下りる、のは
お芝居として「ごくあたりまえ」だと思う。

また台詞にメッセージ性を持たせることも、
演劇では普通のことである。
なのに、お能には似合わないなあと思ってしまうのは
いったいなぜだろう。
狂言においても「新作狂言」の中には、
はっきりと、現代の世相にもの申すという作品がある。

ただわたしは、
伝統芸能で使う言葉で「世界平和」を語られると、
なんとなく居心地がわるいのだ。

恋物語は昔からずっとあったから、
新しい物語を、ということのようだ。
が、恋物語が今まで残ったのは、
それが、どの時代においても
共感を呼んだからではないだろうか。

天女は日輪の冠をいただき、
瓔珞の輝きも晴れ晴れときらきらしい。
尾長鳥の模様の舞衣を着け、
唐団扇の模様はなんと「唐獅子と牡丹」だ。
それと同時に、切なく人を恋うる阿古夜という女でもある。
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いろんな要素が取り入れられていて、
それなりに面白楽しいお能だった。
肩も凝らずすっきりして帰れたのはよかった。
これから演じられる度に変化してゆくだろうと思う。
再演されたら、それを確かめにまた足を運びたい。

平成18年 4月 25日(火)午後三時開演 梅田芸術劇場
「紅天女」
監修 美内 すずえ
脚本 植田 紳爾
演出・能本補綴 梅若 六郎  
制作協力 中村 暁  協力・初演制作 国立能楽堂

阿古夜・紅天女 梅若六郎  仏師・一真 福王 和幸
東の者 茂山 七五三 西の者 茂山 千三郎

笛 藤田 六郎兵衛  小鼓 大倉 源次郎
大鼓 亀井 広忠 太鼓 助川 治
地頭 梅若 晋矢

月影千草 邦 なつき

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