« 本ときどき | トップページ | 高野詣で »

2006.05.16

花雨~熊野

今春三回目の「熊野」を観た。
大槻能楽堂に行くのも久しぶりである。
席を確保しているので、ゆったりした気分で出かけた。
それほど重くなく、長くない曲なので楽だ。

あらすじは前に書いたので省略する。
今回は観世流なので、喜多流との違いも面白かった。
故郷、池田の宿から手紙を届けに来るツレの朝顔、
喜多流では手紙を渡すとすぐ帰ってしまう。
016sakurataihaku

だが観世流では、ずっと舞台に居る。
宗盛に暇をもらおうと、駆けつける熊野に付き添っているし、
花見車で清水寺に向かうときも、車の傍らを歩んでいる。

そして
故郷に帰る熊野とともに逢坂山を越えてゆく。
二年前にも観世清和さんのシテでこの曲を観た。
そのおりの朝顔は上野雄三さん。
気品があって美しい立ち姿は、
このかたがシテかしら、と一瞬おもったほどだった。
006kiyama

この度の朝顔は武富康之さんで、
小柄で子供っぽい感じがした。
はるばるの旅は大変だったろうな。

シテは梅若六郎さんで
つい先日、新作能「紅天女」をみたばかり。
装束は申し分なく豪華である。
色紙を貼り混ぜたようにみえる唐織が
玉虫色に輝いている。模様は花や木々である。
どっしりと重たげだ。
018sakuraitokukuri

「読み継ぎの段」と小書きが付くと
母から来た文を宗盛と熊野、ふたりで読む。
しっとりと聞かせるのなら、ひとりのほうが雰囲気が出ると思う。

熊野が暇を願出たときに
宗盛がしばらくためらうのは、
彼がじかに文を見たからかもしれない。

ともあれ花見車が呼び出され、
一行は街をゆく。
人々が歩いているのを、熊野はしみじみと見渡す。
六波羅蜜寺の前や、経書堂を通るとき、
じっと見つめるその視線に心がこもる。

六郎さんの謡いはまことに美しい。
さらさらとしているのだけれど
しっとりと聞かせる場面では
染み入るような声と節が胸を打つ。

お堂で手を合わせる熊野を朝顔が急かしにくる。
立ちあがりかたがきっぱりしていて
気持ちを切り替えようとしているのがよくわかる。

舞人たちの頭として堂々と桜の下で
酒を勧め歌の音頭を取る。

宗盛の舞の所望に扇を構える熊野は
先ほどの願いと悲嘆を忘れたようにさえみえるほど美々しい。
舞こそは熊野のすべて、彼女の誇りなのであろう。
021siroyorunogotoku

ゆるゆると花の盛りを言祝ぎ舞う熊野に
一陣の風とともに時雨がうちつけ、一瞬
花びらの嵐が彼女をつつむ。
その風は、熊野の心に、病む母の哀しみを改めて思い起こさせる。
うつろいやすい花の季節、
弱っている母のつらさはいかばかりか、
咲く花があれば散る花がある、と。

それを一首の歌に詠めるだけの
かしこさを熊野は持っている。
母への思いの溢れた歌を短冊に書く。

彼女の気持ちがわからない宗盛でもなかった。
さっきまでの執着が嘘のように、あっさりと暇が出る。
福王さんの宗盛は人情の機微を知る彼の像に合っている。
022tirisomesidare

館に帰れば、わかれの愁嘆もあるだろうし
長としてなさねばならぬこともあろう。
一切を捨てて故郷へ急ごうと
熊野はその場からただちに旅立つ。

あるいは宗盛は熊野に暇を出しやすいように、
花見に誘ったのかもしれない。

みやこを離れてゆく熊野は
ふるさとに帰れるうれしさで輝いている。
いそいそと逢坂の関を越え、
雁にも心寄せて見守る熊野の肩に名残りの桜が散る。

母をねんごろに弔った後
熊野は池田の宿で、平家の没落を聞きつつ
ひっそりと暮らす。
鎌倉に送られる重衡の、
一夜を慰めるために千手の前を差し向けたのは
熊野だったにちがいない。
仕えた主の弟の君の哀しい最後は予感しつつも、
せめてものひとときを送ったのは、
母の最後に間に合った熊野のちいさな恩返しだったのかも。

010botan

とこんな風にあれこれ思いながら帰った。

六郎さんの舞は相変わらず華麗だったけれど、
欲を言えばもう少し、全体に引き締まっててほしかった。
舞台のバランスって実に微妙だ。

お囃子は、大好きな大阪の笛方、赤井さんの
優しい音色がシテにまつわって風情が増したし、
大鼓はベテランの山本孝さんで
かけ声の気合いがやっぱりすごかった。

ここは照明が暗めで、花見車の中に居る熊野の
面が沈んでしまったのが残念。
私の席から見える角度がそうだったのか。
026naranoogawa

五月はもう一度お能の予定がある。
月に二度くらいがわたしの体調にはちょうど良いみたいだ。

|

« 本ときどき | トップページ | 高野詣で »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/78456/10103304

この記事へのトラックバック一覧です: 花雨~熊野:

» ■お知らせ [能面 長澤重春能面集]
平成18年度 長澤能面教室作品展の紹介 ■後援 小金井市文化協会 ■会期 平成18年6月7日(水)~11日(日)     AM10:00~PM19:00(7日は12:00より 最終日は18:00まで) ■会場 池袋 東京芸術劇場 展示室1(地下1階)     池袋駅(JR、西武池袋線、東武東上線、丸の内線、有楽町線)     西口・南口... [続きを読む]

受信: 2006.06.03 02:46

« 本ときどき | トップページ | 高野詣で »