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2006.06.30

山川草木悉皆成仏~「誓願寺」

和泉式部がシテだと知って、
これはきっと彼女の恋物語に違いない、と
思いこんで出かけた。
でも違った。
これは仏法の言葉で綴られた織物のようなお能で、
詞章についていけない。

「本日の番組紹介」のチラシが、見所が満員のため
無くなってしまっていて、
あったのは、英語版だけ。
これではどうしようもない。

シテの大島さん。
拝見するのは今日で三度目。
福山で拝見したのと変わりなく、
型がしっかりしていて気持ちよい。

一遍上人(ワキ)に
「名号」についていっしんに問いかける。
横顔がとても綺麗だ。
面がしっくりと付いていて
若さが匂う娘ぶり。

唐織りは、浅い緋の地に細かな花の文様。
斜めの線が入っているのがおしゃれである。
シテは「この寺の額を外して、
替わりに上人の「名号」をかけてください」と頼んで、
はじめて自らの名を明かして、光りとともに消える。

※内容は帰宅してから謡本を読み直した。
「六十万人」というお札の名号はありがたい四句の上の文字を
つないだもので、人数を限ったものではない、と上人はいう。
彼女が聞きたかったのは、全ての人に往生の道が
開かれているか、ということでこの答えに、安堵する。
それで、先の「額の問答」につながるのだ。

女も上人もどちらも一生懸命だった。
彼女が幽霊だなどとはとうてい思えなかった。
もちろん頭では、シテは幽霊だとわかっている。
しかし舞台をみていると、
思いを述べるひたむきさと
答えを聞いて和らぐ面は、生者のようだった。


後シテは白地に金捺しの上衣と、
地味な朱の色の袴、清楚でよく似合っている。
天冠の色もおとなしめで、きらきらではなく
ゆらゆらとゆっくり揺れる。

「歌舞の菩薩」である式部はゆるやかに舞う。
声がまことによく通る。
意味がわからなくてもありがたさがよくよくわかる。
序の舞の後では、面がいっそう晴れやかになった。
どっからともなく、よい香り(異香)がしてきて、
妙なる音楽が聞こえる。

恋にひたむきだった和泉式部、それとおなじひたむきさで             
仏道に打ち込み、
自らの墓所であるこの誓願寺に
ありがたい上人を迎えた喜びで
彼女は姿を現したのだ。
美しいというよりより懐かしいひと、
すぐそこに居るような親しみやすさ、
そんな式部の舞だった。

その場にいたひとはみな、
ひとはほとけになれるというのぞみを
しっかり持ったことだろう。

お能に身を任せて見ていればいいのだと、
確かに読んだ記憶がある。
なかみを知らずに見ていたこの日、
まっすぐに舞台から伝わってきたもの。

「ほとけもむかしはひとなりき。
われらもついにはほとけなり。」
うまく言えないけれど、いつか習ったこのフレーズが
ふと思いだされて、離れなかった。


この誓願寺、いまは京都の繁華街、新京極にある。
秀吉の時代に、御所の北あたりから移されたそうだ。
むろん、境内には立派な式部の墓がある。

また難しい経典の文句も、
私たちが昔の物語を楽しむように、
室町のひとたちは知っていたのかもしれない。
もちろん式部の伝説も。

喜多流自主公演(平成18年6月25日(日)11:45分始)
   喜多六平太記念能楽堂
【能】 誓願寺
シテ(女・和泉式部の霊) 大島 政允
ワキ(一遍上人) 工藤 和哉 
ワキツレ・従僧 大日方 寛  梅村 昌功
アイ(小川表の者) 遠藤 博義

笛: 一噌 仙行幸  小鼓: 亀井 俊一
大鼓: 亀井 広忠  太鼓: 金春 惣右衛門
後見: 金子 匡一  長田 驍
地頭: 香川 靖嗣

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