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2006.06.26

うつり舞…「井筒」

「紅葉坂」は緑が濃かった。
梅雨がちょっとだけ一休みの日で、石垣に紫陽花が咲いていた。
曇りの日にはよく似合う。
井伊家ゆかりの「かもん山」に建つ横浜能楽堂は
抜群によい風情を持っている。
こまるのは、年とともに、坂道を上るのが苦しいこと。
まして六月ともなれば、きつい。
帰りはゆっくり余韻をかみしめながら
夕暮れの坂道を下ってきたのだけれど。

友枝さんの「井筒」は二度目。


満員の場内はお囃子方が登場したとたんに静かになり、
ワキの閑さんが出てこられたときには、
すっかり静粛に。
彼が語り始めると、舞台は寺になる。
幕があがって声が聞こえてもなかなか姿を見せないシテ。
静かに静かに歩んでくる。
手には桶と数珠。
唐織りの重さもまったく感じさせずに
古塚の前に跪き、花を供え手を合わせる。
流れるようにうつくしく、こころのこもった所作だった。

重ねた白い襟に一色、細く緋色が通っている。
ふっくらと愛らしい顔をうつむけて、
花を携えてくるわけを語る。
ちょうど作り物に隠れてしまって、
その面輪が見えない。(なんと残念な)


語るのは昔男の物語。
幼なじみとの初恋。
彼の浮気をとがめもせず、道中ばかりを案じた新妻。

僧の問いにはじめは名乗りを控えていたが
やっと女は自分の名を名乗る。
「紀有常の女で『井筒の女』と呼ばれるのは私です」と。
その時だけは女は凜と顔を上げ、威厳に満ちて名乗ったのだ。


友枝さんがそこにすわって居られるだけで、
静かな波がひたひたと、打ち寄せてくるような気がする。
さらりと謡われ、さらりと帰ってしまわれたけれど、
後ろ姿はあまりにも優しかった。

後シテは武官の冠りものをつけ、形見の長絹を着て登場する。
幼げにさえ見える面は、
男姿になったために、翳りを帯びて大人びてみえる。
紫濃い上の衣にくっきりと、藤と扇の文様が金で捺されていて、
まことに華やかである。
長絹の下は緋色の小袖。
花の模様にはかわりないが、里女の時よりさらにぎっしりと咲いている。
折り返した袖がすこしだけのぞいているのが
鮮やかである。。

そして「序の舞」

しみじみとしめやかに、「恥ずかしや…」と言いつつ舞う女は
秋の月の下のはずなのに、
やっぱりあたたかくおぼろな感じがする。
楽の音につつまれて、彫像のように座る閑さんは黒々と、
シテはますます艶やかに、
井戸の脇に挿された薄がなびくなか、
時を忘れて舞は続く。

くるくるくると回りながら井戸に近づき
身を乗り出して
水鏡に映るじぶんの姿をみつめる。
一瞬だけれどとても長く感じる。
それほどひたむきに見つめていたのは
この地で暮らしたころの
しあわせなふたりの姿だったのだろうか。

いつも夢見心地でみているこの舞が、
きょうは何と短く感じたことか。
「恋しい、懐かしい」という思いで舞台が染まるような。

輝いていた若い日の業平の姿をそのままに、
面差しは娘の愛らしさを留め
夜が明け初めるまでをしみじみと舞う。
幸せをいっしんに舞う。

そうして夜がさらりと明ける。
するとワキの僧の夢が覚め、
わたしたちの夢も覚める。
静かに消えてゆく女の背中が、
わたしの眼の奥に残像として残る。

過日訪れた「不退寺」は
業平ゆかりの寺であり、佐保の里には違いなかった。
だがアイは「櫟本の人」と呼ばれる。
ここは西大寺近く。
ならば、法隆寺よりさらにみなみに
“在原寺”はあったのだろう。

それでもそこで
少し「井筒」をおもってみた。
草深さを感じさせる庭、それほど造り込まれてないのがいい。
かたすみに、僧が腰をかけられそうなお堂があり、
そこから草の間をとおして門が見える。
手桶を下げてくぐってくる女が、
日の差す小道を歩んできて、
門をくぐりこじんまりした境内の
ひとところにある塚を拝んでいれば、
僧は思わず声をかけてしまう程の距離。

かえってその狭さが風情に思えるお寺だった。

横浜能楽堂開館10周年記念特別公演
(第3日)平成18年6月17日(土)午後2時開演
【能】「井筒」
前シテ(里女)・後シテ(紀有常ノ女)
          友枝 昭世
ワキ(旅僧)   宝生 閑   アイ  野村 扇丞

     笛 一噌 仙幸 小鼓 成田 達志  大鼓 柿原 崇志
     後見 香川 靖嗣  友枝 雄人  地頭 粟谷 菊生          

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