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2006.07.02

あらはれわたる…「頼政」

「里の人がこちらに向かって…」とつぶやく閑さんに答えるように
揚がった幕のはるかかなたから、静かに声がかかる。
しばらく姿が見えなかったが、あらわれたのは老人だった。
すらりとしていて、ハコビはすべるようにうつくしい。
この老翁が「ひと」ではないことが
橋がかりからすでに明らかである。

ワキとの問答するときに、ふたりの間には
糸が張られているかのような緊張感があった。
言葉だけのやりとりではない何かが。

名所を問うワキ。
喜撰法師の旧跡、槇の島、恵心院。
さえぎるものがなにもないむかし、
このあたりはいちめんの水だったろう。
ところどころの島以外は。
なにしろ今でも、宇治橋から、西方はるかに
愛宕山が見えるのである。
それほどに見晴らしのよい、このあたり。

老人はふと話をやめて朝日山をみやり、
「月が出ましたね。“朝日”山から」と言う。
平等院を知っているかを尋ね、「否」という僧を連れて
門を入る。
すぐのところに扇形に残された芝の跡を示し
ワキに向かって
「これは源三位頼政の自害したところなのです」と答えるのだ。

彼の名なら僧も知っていた。
数珠をつまぐって手を合わせ、じっくりと僧は弔いをする。
その時舞台の中心はワキの僧で、
ずいと体が大きくなったかのようである。

その姿を見て感じ入り、
ついに老人は名を名乗る。
「旅人の夢にでも姿をみせようと思っておりましたよ。
遠くからいらっしゃったあなた、実はわたしこそ頼政なのです。」と
そしてただちに、彼の姿は消え失せる。

アイの里人は山本則重さん。
若々しくて明るく小気味よい語りだ。
はきはきと頼政とその戦を語る。


平等院を建てたのは源融…「融」のシテである。
極楽浄土もかくやというほど豪奢な別荘は
藤原頼通の代に寺になった。
ほんのりと優しいお顔の阿弥陀さまは今でも
天女にかこまれてお堂におわします。

僧は池からほど近い扇の芝跡で弔いながら夜を待っていた。
よほどの時が経った後に
後シテがきらびやかな装束で登場する。
頭巾も金色なのだろうかきらきら輝いていて、法被も同色。

肩脱ぎした下から見える小袖は黒地に
金で模様が描かれている。
胸元と袖に白い花がある。
あれはなんの花だろう。
武人でありながらも、歌人だった彼が
最後に臨んでの風流だろうか。
袴も黒と金の色で、ギザギザな模様が波にも見立てられそう。
そして扇は修羅扇(砕ける波と紅い日輪が鮮やかだ)
面は青ずんだような色で、華やかな装束に隈取られた
面輪は異様である。
不気味さは彼が幽霊である何よりの証拠。

ただ、このいでたちの頼政は老人とは見えない。

なくなったときは高齢のはずだが、
しっかりした声音も、動きも年寄りのものではない。
言うなれば武人の「精霊」のようだ。
床几にかけたまま
扇をかざし拍子を踏み、宇治川の宮戦の悲劇を
簡潔に語って余すところがない。
凄い迫力でありつつも、美しさは失われない。
僧の視線と頼政面は、時々ぴたりと合わさる。

頼政は、後白河法皇の皇子高倉の宮を擁して兵を挙げた、と言われる。
(持ちかけたのはどちらだったろう、彼か、宮か)
寄力するものも少なく、平氏に追われ追われてこの宇治の里へ。
川を頼みに陣を敷き、しばしの時をかせいだ。
だが敵に川を押し渡られ、子供たちも討ち死にした。

それをしっかと見たあげくに
彼は自害をするのだった。

「いまはこれまで」とシテは芝に座り、
扇を静かに前に置く。
そして辞世の歌を詠む。
「うもれぎのはなさくこともなかりしに
 みのなるはては あはれなりけり」
自害の型をしたのちに、そっと扇を置き直す。
法被の袖は短めだから手がよくみえる。
その手は今回は美しいが哀しい手だった。

「弔ってください」と彼は僧に語りかける。
頼むに足ると思えばこそ、彼は僧の夢に現れたのだ。
聞き届けられたと確信して、彼の姿は
芝のあたりの草のむこうにすうっと
見えなくなってしまった。

残った僧が夢と思ったか、ほんとうに
武者と語り合ったと思ったか、それはお能では語られない。

この世の極楽とうたわれたお寺で自害した彼の皮肉。
「三位」の位は平家全盛の中において
お飾りといっても源氏の棟梁である彼に与えられた高い位。
娘たちは高貴な方々に仕える女房であり、
名高い歌人でもある。
また彼も、述懐の歌によって位を得たと言われるほどの
歌詠みだった。
いったい、何が不足だったのだろう。
自分の命の先もすぐそこという年になって、
かなわぬとわかっている戦を始めてしまったとは。

その訳は彼自身にもわからなかったのではないだろうか。
いつか自分のありのままを理解して
弔ってくれるひとが現れてくれるまで、
心残りを抱えたまま、
橋の守り人として待っていたのだろうか。

み寺の外はすぐ宇治川。
彼が消えていったあたりには、
濃い朝霧が流れていただろうか。

喜多流六月自主公演能
 平成18年6月25日(日)11時45分始
         喜多六平太記念能楽堂
【能】「頼政」
前シテ・老人
後シテ・頼政の霊   友枝 昭世
ワキ・旅僧      宝生 閑
アイ・宇治の里人   山本 則重

笛:藤田 大五郎  小鼓:北村 治 大鼓:柿原 崇志 
後見:佐々木 宗生 内田 安信
地頭:粟谷 菊生
※ 充分に枯れたお囃子のあじわいは、よかった。
とくに私の好きな楽器、大鼓の柿原さんの音色。
きりりとしていてしかも派手ではない、その
渋さがお能をひきたてていたとおもう。 

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