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2006.08.18

夏の無料催し…片山家装束展

片山家の虫干しに合わせ毎年、
京都文化博物館で装束展が行われる。
去年も一昨年も、暑さと仕事で
行けなかった。
今年の日程は平日なのでちょうどいい。

十周年とチラシにあった。
テレビで「井上八千代」さんの舞をビデオ放映している。
いつも舞妓さんの稽古始めのときに
うなずきながら座っていた先代の舞台である。

ひろい和室二間を一続きにして、
唐織、水衣、長絹、狩衣、
並んでいる装束は三十数点。
遠目にはけっこう地味に見える。

「手を触れる」のは禁止だが
いくら目を近づけても構わない。
目が悪い私にとってこんなに嬉しいことはない。
じっくりと、ひとつひとつの模様を丹念にみる。

わりに早く着いたので、まだ人は少くてどの展示も
すぐ近くで見られた。
扇も鬘帯も、「こんなふうになっているのか」と
細かな部分の柄や細工に改めて感心する。

前日の「都の芸能」で、味方玄さんが
ざっと能装束と面についてしてくださった解説が
とても役に立った。

一隅が面のコーナーになっていて、
着けてみてもよいらしい。
壁面にかえられているのは「女面」がほとんどだ。
リクエストが多かったので、と解説のかたがおっしゃる。
もし去年なら、「それはよかった」と喜ぶところだが、
最近は、“老人のや、神様の”面にも
興味があるので、ほんの少しだけ残念だ。

どの面もひとつとして同じではない。
「寸法が決まっています」とのことだが
目元口元、ほほのあたりなどで、
同じ「若い女の面」でも可愛かったり色っぽかったりで、
作者によっても時代によっても
これほど違うものか、と
改めて不思議を感じた。

気に入ったのは「万媚」
増の端正な美しさや、小面のかわいさもよいが
切れ長の目尻に、何ともいえない笑みが
漂っていて懐かしい感じがする。

面の解説が終わると、引き続き
そのマイクを持って片山九郎右衛門さんが
一点づつ装束の解説をしてくださった。

「これは、いついつ、何をしたときに使いました」
とか「こういう装束は何々のときに付けます」
などと演目を教えてくださるので、
見たことのある曲の記憶と重ねると、
よりより味わい深く感じる。

ご当主は思っていた以上に小柄であられる。
つややかな張りのある声と歩み、
それがとても愛らしい。
小柄だからこそ着られる装束があるそうで
(にっこり笑って「わたししか 着られませんのです」
とやや得意げにおっしゃるのだ。)
特に古いものは、おしなべてみな小さいようだ。

新しいもの(写し)か古いものかは
私の目では分からないが、
「古いものは古いものと合わせます」
とおっしゃる。
わたしがぱっと見て気に入ったのは
「蜻蛉」のもようの長絹。
幾何学的にきっちりと向かい合わせに並んでいる蜻蛉たち。
「目は「金」のと「銀」のとあります」と聞いて
あとでもういちど見に行って納得する。

ほくほくして帰ろうとすると、
受付のところに、片山清司さんがおいでだった。
白い着物に薄藍の袴。
まるで絵の中の人のような美しさ。
頭を下げるのがやっとだった。

華やかな扇が映っているシールを記念に買う。
プリクラ風な手作り感がいい。
書籍もたくさん並んでいたが、
予算不足で今回は見送る。

文化博物館は立地も街中で
交通の便もよい。
比較的歴史は新しいが、
土産物のある一階は、
「京都」らしくしつらえてある。
地元民だからふだんはのぞかないのだけど、
満ち足りた気分の続きで、つい、和紙の店に入り
「源氏物語一筆箋」(玉鬘)を買う。
ちょっと観光客気分が楽しい。

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2006.08.08

夏の無料講座…講演と半能

すっかり梅雨が明けて、さあこれからは
傘を持たずにどこへでも、と晴れ晴れした気分になる。
ところが、
急なカンカン照りで、
出かけたはよいが、ペットボトルを忘れて、
二本も買う羽目に。

八月一日(火)「都の芸能」
地下鉄の中吊りでみて、これは面白そう、
と記憶しておいたら
友人から誘いがあって即決定、
早いほうが席取りすることになった。

『能「井筒」についての講義と実演』
場所は花園大学で
私の家からはかなり遠いが、
バスを乗り継いで、なんとか行きついた。
ごく地味なキャンパス。
大講堂が会場だった。
窓からは、双ケ丘と愛宕山がみえる。

講師は神戸女子大学の大谷節子先生だった。
ほっそりした中年(といってもまだ四十代)のかたである。
友人が二列目を確保してくれいて
やや左隅だが、かえって真ん中より気楽に
講義が聞けるし舞台も見られる、よい位置だった。

“中世の芸能を学問的に捉える”
かなり高度で難しい演題で、手元に配られた「井筒」の詞章を
睨みながら耳を傾ける。

伊勢物語なんて、高校の時以来だ。
業平のことはその時習った三段くらいしか知らない。
学生時代に戻った気分で、メモを取ってみる。
でも、ぼんやりとしかわからない。


講義終了後、
装束付けの実演、
そのあと「井筒」の半能という予定だ。

解説に登場されたのは、味方玄さんだった。
広告に名があったのは、
弟の味方團さんだから、
玄さんがいらっしゃっても不思議はない。

七月は立て続けに玄さんの舞台を拝見したので、
声も顔も姿もすっかりおなじみである。

同じ観世流のシテ方の田茂井さんと
お二人で、團さんに装束をつけてゆかれる。
その手速いこと、解説もしながらだから、
魔法のようだ、と驚く。

下着から小袖、唐織と進み、面もかけて
前シテの里女ができあがる。
皆、ほぉーと息をのんで見ている。
團さんは長身で姿がよい。
初々しくて、すっきりとした立ち姿だった。

カメラは装束付けの間だけは許可が出た。
あちこちでフラッシュが光る。
私も席から何枚か撮ってみた。

とっくりと拝見したのち、
すぐに唐織を脱いで、後シテの装束に着替えをされる。
「業平」の形見(紫色の長絹)をつけ、
武官の装いに変わる。
上巳の節句の五人囃子のように、
冠と追掛とつけ太刀を履く。
それもやはりあっという間だった。

長絹は、お父上(味方健さん)が
むかしに「井筒」を舞われたときのものだそうで
やや色褪せているがその古びがしっとりと美しかった。

囃子方は、京都の若手の方々で
地謡は玄さんと田茂井さんである。
着替えたシテが舞い始める。
若々しく愛らしい舞ぶりで、
作り物の井戸を見込むところも清らかだった。
舞台の奥行きが足りないので
前後の動きがすこうしぎごちない感がある。
客席はとても静か、
終わったときは拍手が一斉に湧いた。

「綺麗ねえ」「すごいねえ」との声しきり。
後半部分だけだけど、問答も舞もあって、
短くはしてあったが、省いてないのがよかった。

お能は「面」と「装束」、お囃子が必要だから
どこでも気軽に、というわけにはいかないだろうが、
こんな風に近くで見られたら、
きっと、また行ってもいいな、と思うが増えるだろうな。

「いい催しがあったら教えてね」と
帰り道で友人が言う。
ほらね、嬉しいなあ。

2006年8月1日(火)午後2時40分より
 「都の芸能」…半能『井筒』 於 花園大学

シテ 味方 團
笛  森田 保美
小鼓 吉坂 一郎
大鼓 河村 大

地謡:装束付 味方 玄  田茂井 廣道

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2006.08.04

鵜飼~鵜舟を弘誓の船となし

脇正面席とはいうものの橋がかり側の端っこで、
手を伸ばすと二の松に届きそう。
この位置だと、
シテの出を見るためには、
ぐるりと体を捻らなければならない。

恥ずかしかったが思い切って振り返ると、
揚げ幕の少し後方から、
一回ゆっくりと松明を振ってから歩み始める
友枝さんを観ることができた。

「お幕」の声を発した瞬間に
鵜使いの老人になりきられるのだろう。

装束は小袖に水衣、藍色と茶おという地味ないろあい。
懐に扇、右手には先ほどの松明。

甲斐の石和を行く二人の僧侶がいた。
とある村で日が落ちて、宿を取ろうと里人に頼むが断られる。
あぐねる彼らに里人は
川のほとりの惣堂なら泊まってもよい、と教える。
「ただし何か出るかもしれない」と言い添えて。

僧たちがやすらっていると、
鵜使いが小舟に乗って来る。
従僧は彼に見覚えがあった。
「三年前にわたしが泊めてもらった鵜使いです。
殺生はよくない、と諭したのですが…」と師に言う。

「ああ、あの時のあなたでしたか。
その鵜使いは(私は)もう、
この世のものではありません。密漁が露見して
簀巻きにされて川に沈められました。どうぞ供養を
して下さい。」
淡々と語る老人。
師の僧はそれを聞いて、
「この石和川の石に経文を書き、それを沈めて
供養しましょう。成仏すれば二度と、鵜飼をすることは
ないでしょう。最後に技を見せて下さい。」と言う。

応えて老人は鵜を使い魚を捕る。
ひとしきり漁をするが、
ついには我が身をはかなんで泣き、消えてしまう。

僧たちが懇ろに供養すると、そこへ鬼が現れる。
「あの鵜使いは殺生が過ぎたのだが、あなたたちの
供養のおかげで鵜舟は成仏の船と成りましたよ。」と
語り、法華経の功徳を唱えつつ、勇壮に舞いおさめる。


欣哉さんが里人に、「惣堂なら、勝手に使います」と
語気を強めて言い捨てるところが面白い。
ワキが感情をあらわにするのを、みるのは珍しいことだ。
決まり事をくどくど言い立てる里人に愛想がつきた
という感じだった。

シテが登場して、自分が亡霊であることを告げる。
橋がかりを静かに歩む横顔と松明を持つ手、
まことに老い人の枯れた手であり顔である。

語るときに座った背中と足の線が乱れない。
下半身をすっかり落としていないから
立ち上がるときはすらりと速い。
もの静かに語る老人が
いとも素速く立ち上がり
嬉々として鵜を使う。

老人は、眼を伏せて
川を行く魚影を見守りながら松明を照らし、
ひだりに持った綱で(扇)で鵜を捌きながら漁をする。
そのとき彼の中には
見つめている僧の姿も、
かって惨い刑に遭った記憶もない。
ただひたすらに魚を追う。
凝縮した熟練の美。

川の流れに松明が輝き、火の粉が飛ぶ。
鵜が吐き出す魚の鱗がきらめく。

すなどりに没頭していた彼が突然、
灯りも放り鵜も逃がし、
さめざめと泣くのはなぜだろう。
篝火が燃えても影は暗くなる、と嘆き

『鵜舟の篝影消えて 闇路に迷ふこの身の
名残惜しさをいかにせん』
泌みいるようなことばを残し鵜使いは
川の瀬音に紛れて消える。


アイ狂言の里人が登場して、鵜使いについて語る。
そのむごたらしい刑罰について詳しく語る。
「割った竹を体に巻き、その上を縄で縛って
更に大きな石をくくりつけてこの川に沈めた」と。


僧たちは、川べりの石を拾って、ひとつひとつに
字を書いて彼の供養をした。
貧しく辛い渡世のものに優しい僧たちだ。
その面倒なことをやりとげる意志の強さは
他の曲に出てくる僧とは少し違う。
解説に日蓮がモデルでは、とあったが
まだ彼が無名の時代なのだろう。

後シテは
もっと鬼のような派手で怖い顔かと思ったら
むしろ土の匂いのする、
人と話の出来る鬼だった。
地味な朱の袴には、龍か鬼か、何かの顔の模様があり、
上の衣には火炎太鼓、
地味だが暖かなものが伝わってくる。
蔓は黒頭である。
鵜使いのときとは変わるり、堂々とした舞である。
歩幅などさっきの倍かと思われるほどに闊達だ。

きっ、と僧たちをみるまなざしも
そこか愛嬌があって、人間っぽい。
雄大だが大味ではなく、変に力も入っていず
橋がかりを帰る歩みは幕までずっと
鬼のままで帰って行かれた。

静かに佇んでいるときに
また、膝をついて語るときに
どれほどの力が、その姿にこもっているかが
脇正面でみていると
伝わってくる気がする。

その力がはじけるとき、
太鼓が刻むリズムに乗って、
おおらかに鬼が舞う。
「鵜使いの小舟は

お囃子は老練な方々の共演で
大鼓の亀井さんの音が久しぶりだった。
ぱあんと切れよく軽やかな音だ。
助川さんの太鼓がコツンと固い芯のある音で、
鬼をしっかり支えている感じがあった。

地謡は厚みがあってよく響く。
もうすっかり耳慣れた喜多流の謡である。

シテの語りも謡もたくさんあるのに
友枝さんの声をいっぱい聞きたかったのに、

席の加減でやや声が聞きづらく
それがとても残念だった。
でも、友枝さんは背中で、たくさんのことを
語ったり謡ったりなさるから、
脇正面でもじゅうぶん楽しい。

短いお能なので、あっという間に終わった。
しみじみと思い返すのは、
むしろ家に帰ってからになる。

その日以来、眠りに落ちる前の一瞬、
まだ舞の続きを観ているような心もちに、
たしかに、なる。

能楽観世座 第十回公演 
2006年7月26日(水) 観世能楽堂

舞囃子「野宮」~合掌留

観世 清和
笛:一噌 仙幸 小鼓:曽和 博朗 大鼓:亀井 忠雄
地謡:岡 久廣、観世 芳伸、上田 公威、
   藤波 重彦、角 幸二郎

能「鵜飼」
シテ・鵜使の霊、地獄の鬼:友枝 昭世
ワキ・清澄山の僧:宝生 欣哉
ワキツレ・従僧:則久 英志
アイ・所の者:野村 万蔵
笛:藤田 大五郎 小鼓:曽和 博朗
大鼓:亀井 忠雄 太鼓:助川 治

後見:中村 邦生、友枝 雄人
地頭:粟谷 菊生

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