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2006.08.04

鵜飼~鵜舟を弘誓の船となし

脇正面席とはいうものの橋がかり側の端っこで、
手を伸ばすと二の松に届きそう。
この位置だと、
シテの出を見るためには、
ぐるりと体を捻らなければならない。

恥ずかしかったが思い切って振り返ると、
揚げ幕の少し後方から、
一回ゆっくりと松明を振ってから歩み始める
友枝さんを観ることができた。

「お幕」の声を発した瞬間に
鵜使いの老人になりきられるのだろう。

装束は小袖に水衣、藍色と茶おという地味ないろあい。
懐に扇、右手には先ほどの松明。

甲斐の石和を行く二人の僧侶がいた。
とある村で日が落ちて、宿を取ろうと里人に頼むが断られる。
あぐねる彼らに里人は
川のほとりの惣堂なら泊まってもよい、と教える。
「ただし何か出るかもしれない」と言い添えて。

僧たちがやすらっていると、
鵜使いが小舟に乗って来る。
従僧は彼に見覚えがあった。
「三年前にわたしが泊めてもらった鵜使いです。
殺生はよくない、と諭したのですが…」と師に言う。

「ああ、あの時のあなたでしたか。
その鵜使いは(私は)もう、
この世のものではありません。密漁が露見して
簀巻きにされて川に沈められました。どうぞ供養を
して下さい。」
淡々と語る老人。
師の僧はそれを聞いて、
「この石和川の石に経文を書き、それを沈めて
供養しましょう。成仏すれば二度と、鵜飼をすることは
ないでしょう。最後に技を見せて下さい。」と言う。

応えて老人は鵜を使い魚を捕る。
ひとしきり漁をするが、
ついには我が身をはかなんで泣き、消えてしまう。

僧たちが懇ろに供養すると、そこへ鬼が現れる。
「あの鵜使いは殺生が過ぎたのだが、あなたたちの
供養のおかげで鵜舟は成仏の船と成りましたよ。」と
語り、法華経の功徳を唱えつつ、勇壮に舞いおさめる。


欣哉さんが里人に、「惣堂なら、勝手に使います」と
語気を強めて言い捨てるところが面白い。
ワキが感情をあらわにするのを、みるのは珍しいことだ。
決まり事をくどくど言い立てる里人に愛想がつきた
という感じだった。

シテが登場して、自分が亡霊であることを告げる。
橋がかりを静かに歩む横顔と松明を持つ手、
まことに老い人の枯れた手であり顔である。

語るときに座った背中と足の線が乱れない。
下半身をすっかり落としていないから
立ち上がるときはすらりと速い。
もの静かに語る老人が
いとも素速く立ち上がり
嬉々として鵜を使う。

老人は、眼を伏せて
川を行く魚影を見守りながら松明を照らし、
ひだりに持った綱で(扇)で鵜を捌きながら漁をする。
そのとき彼の中には
見つめている僧の姿も、
かって惨い刑に遭った記憶もない。
ただひたすらに魚を追う。
凝縮した熟練の美。

川の流れに松明が輝き、火の粉が飛ぶ。
鵜が吐き出す魚の鱗がきらめく。

すなどりに没頭していた彼が突然、
灯りも放り鵜も逃がし、
さめざめと泣くのはなぜだろう。
篝火が燃えても影は暗くなる、と嘆き

『鵜舟の篝影消えて 闇路に迷ふこの身の
名残惜しさをいかにせん』
泌みいるようなことばを残し鵜使いは
川の瀬音に紛れて消える。


アイ狂言の里人が登場して、鵜使いについて語る。
そのむごたらしい刑罰について詳しく語る。
「割った竹を体に巻き、その上を縄で縛って
更に大きな石をくくりつけてこの川に沈めた」と。


僧たちは、川べりの石を拾って、ひとつひとつに
字を書いて彼の供養をした。
貧しく辛い渡世のものに優しい僧たちだ。
その面倒なことをやりとげる意志の強さは
他の曲に出てくる僧とは少し違う。
解説に日蓮がモデルでは、とあったが
まだ彼が無名の時代なのだろう。

後シテは
もっと鬼のような派手で怖い顔かと思ったら
むしろ土の匂いのする、
人と話の出来る鬼だった。
地味な朱の袴には、龍か鬼か、何かの顔の模様があり、
上の衣には火炎太鼓、
地味だが暖かなものが伝わってくる。
蔓は黒頭である。
鵜使いのときとは変わるり、堂々とした舞である。
歩幅などさっきの倍かと思われるほどに闊達だ。

きっ、と僧たちをみるまなざしも
そこか愛嬌があって、人間っぽい。
雄大だが大味ではなく、変に力も入っていず
橋がかりを帰る歩みは幕までずっと
鬼のままで帰って行かれた。

静かに佇んでいるときに
また、膝をついて語るときに
どれほどの力が、その姿にこもっているかが
脇正面でみていると
伝わってくる気がする。

その力がはじけるとき、
太鼓が刻むリズムに乗って、
おおらかに鬼が舞う。
「鵜使いの小舟は

お囃子は老練な方々の共演で
大鼓の亀井さんの音が久しぶりだった。
ぱあんと切れよく軽やかな音だ。
助川さんの太鼓がコツンと固い芯のある音で、
鬼をしっかり支えている感じがあった。

地謡は厚みがあってよく響く。
もうすっかり耳慣れた喜多流の謡である。

シテの語りも謡もたくさんあるのに
友枝さんの声をいっぱい聞きたかったのに、

席の加減でやや声が聞きづらく
それがとても残念だった。
でも、友枝さんは背中で、たくさんのことを
語ったり謡ったりなさるから、
脇正面でもじゅうぶん楽しい。

短いお能なので、あっという間に終わった。
しみじみと思い返すのは、
むしろ家に帰ってからになる。

その日以来、眠りに落ちる前の一瞬、
まだ舞の続きを観ているような心もちに、
たしかに、なる。

能楽観世座 第十回公演 
2006年7月26日(水) 観世能楽堂

舞囃子「野宮」~合掌留

観世 清和
笛:一噌 仙幸 小鼓:曽和 博朗 大鼓:亀井 忠雄
地謡:岡 久廣、観世 芳伸、上田 公威、
   藤波 重彦、角 幸二郎

能「鵜飼」
シテ・鵜使の霊、地獄の鬼:友枝 昭世
ワキ・清澄山の僧:宝生 欣哉
ワキツレ・従僧:則久 英志
アイ・所の者:野村 万蔵
笛:藤田 大五郎 小鼓:曽和 博朗
大鼓:亀井 忠雄 太鼓:助川 治

後見:中村 邦生、友枝 雄人
地頭:粟谷 菊生

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