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2006.09.26

「噂の男」…悪意の迷路を抜けたその先

まったくほのぼのしない劇だった。
ここまで悪意が連鎖するお話も珍しい。
その裏には愛情が貼りついているのかも知れないけど。

出演者はたった七人。
お気に入りの「新感線」の大舞台とは打って変わった
こじんまりさだ。
シアタードラマシティのS席、を思い切って取ったけれど
人気が高くて後ろから四列目で
オペラグラスなしでは辛い席だ。
「すぐ後ろはA席やろなあ」と
不平をつぶやきながら席につく。

七人だけど、主に五人とあと二人、というバランスだ。
その五人が全員すごい。
(わたしのお目当ては橋本じゅんさんである)

「噂の男」
作:福島三郎 演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

 鈴木光明(支配人・マネージャー) 堺 雅人
 モッシャン(漫才コンビ、パンストキッチンのツッコミ
だったが、相棒をなくして今は酒浸り)
                  橋本 じゅん
 加藤信夫(ボイラーの点検にやって来た技師)
                  八嶋 智人
 ボンちゃん(売り出し中のピン芸人)山内 圭哉
 アキラ(パンストキッチンのボケでモッシャンの
相方。十二年前に他界)       橋本 さとし
 
 骨なしポテト(トシ&アヤメ=中堅夫婦漫才師)
                  猪岐 英人
                  水野 顕子
 ☆ 大阪公演 シアタードラマシティにて
  2006年9月7日~10日

まず、「トリビアの泉」でおなじみの八嶋くん。
直球一本勝負、か。
テレビと変わらぬはっきりしたしゃべりで運動量抜群だ。

山内さん、若くていい顔なのに変に
大阪弁が達者でそのずれが面白い。

橋本さとしさんは長身でかっこいい。
劇中の年代的は平成初期で、ちょうどそのころの
お笑いタレント風だ。
関西風の二枚目さん。

堺さんの不気味なにこやかさがすごい。
支配人のとき(現在)のこてこてオールバックが
実にぴったり似合っている。
わりと後ろ向いてるシーンが多く、
幅の狭い背中が気色わるい。
キスシーンがあってびっくりしたが
そんな役も納得してしまう雰囲気がある。
標準語を使うのは彼だけで、
このメンバーの中では変わった感じがする。

そしてやっぱりじゅんさん(橋本じゅん)は可愛くて
かっこいい。(とわたしは思う)
人気があるときの彼はあんまり目立たなくて
普通の“にいちゃん”に見えるのだけれど、
とても素直に見えるのだけれど。

十三年の月日が経ち、酒浸りになった結果、
支離滅裂な台詞をしゃべってうつろな目になるときと
突然、正気に戻るときの切り替わりがすごい。
ぼろい服きて背中やお腹をぼりぼりかきむしりつつ
山内さんと掛けあいをする。
のったりとしたテンポで、ずれた会話が続く。
それがほのぼのと笑いを誘うのだけれど。

劇は“W橋本”の漫才の場面から始まるが、
中川家の台本をしゃべって
漫才師にしっかり見える、笑いも出る、
すごいことだ。
漫才が、これまた聞き物だった。
役者さんってすごい。
中川家の台本だそうで、そう思ってきいていると
あのふたりのやりとりを思わせる。
じゅんさんはボケをやると思っていたので
ちょっと驚き。
さとしさんは売れてきた芸人のクサミが出ていて
中年になりかけの腹回り含めてとてもかっこよかった。

登場人物があと二人。
昔は若いからちょっと人気があったが、
いまは売れない夫婦漫才師の二人である。
出ずっぱりではないのだが、
彼らが登場するたびに、五人の悪意がそれぞれに加速される。
触媒によって化学反応のスピードが増すように。

最初からずっと伏線が何本も張られていて、
昔と今との繋がりが次第に明らかになってくる。
まるで不等式のように、AはBに強く、BはCに強い。
という風な力関係がぐるぐると絡まる。
いつも勝ち組に居るのが、さとしさんで、
やられっぱなしなのが夫婦漫才のふたり。

この夫婦は共犯の関係で結ばれている。
妻のほうは、自分をかばってくれた夫といるのに
満足できないで、しぶしぶ結婚したものの、
くすぶる欲求不満が、日常的な不倫につながっている。
なんか線が一本キレたような舌ったらずなしゃべりかたで
それでいて抜け目なく頭は回転している。
クリスティに出てくる人物みたいだ。

焦点のひとであるアキラは
モッシャンとのコンビを解消して、
もっと売れたいと願っている。
そのために、自分を「愛」しているマネージャーに
モッシャンの性格の悪さを吹き込むのだ。

マネージャーがかわいがっているハムスターを
こっそりといじめるアキラ。
それを見つけるポテトの女の子
オペラグラスで見たら、板の上をちょろちょろと
ゴールデンハムスター(ノーマル)が歩いていた。
本物だからその後の惨殺シーンが引き立って怖い。

なのに、死んで幽霊になったアキラはモッシャンを
許そうとするのだ。
自分を見ることができるマネージャーに、
「何も気にしてへん」と伝えてくれと言っても、
彼はずっとモッシャンを恨んでいるので、
違うことしか言わない。
この幽霊は死ぬ前に人間にも見える。
殴られて血まみれになった加藤にも見えるのだ。

だが彼も、モッシャンに恨みがある。
父の悶死の原因は彼だと信じているからだ。
アキラの言葉は宙ぶらりんのまま拡散する。


せりふで進行する劇なので歌もダンスもない。
劇中の時間は、十二年前と現在を行ったり来たり
するけれど、やりとりをちゃんと聞いていれば
ついていけるので楽。
舞台は転換しないが
照明の色あいで、昔と今を区別する。
幽霊のアキラは声にエコーがかかったりして
十二年前と現在の違いを出している。

このボイラー室のの古び方がとてもいい。
そこここにおいてあるがらくたや
崩れそうな階段やドア。
オペラグラスで丁寧に見ていくと
年代的にはつい最近の設定なのに、
おどろおどろしいくらいの古さに感じてしまう。

舞台左手にボイラー室、
ここは何かが起こる薄気味悪い場所でまるで異次元だ。
右手にある「奈落」は、
モッシャンが隠れていた所で、
暗くて誰からも隠れていられる場所である。
階段の上にある物置。
何が出てくるかわからない恐ろしい場所。
酔っぱらってろれつも怪しいモッシャンが
しゃべる度に出てくるのは死体(ないしは死にかけ)

外へでるのはスイングドア。
そこから出て行った人物はまた
ここに戻ってくる。
奥の階段を上がると舞台の袖。時々どっと客が笑うのが聞こえる。
出番が来て舞台に出、また下りてくる。
この二カ所だけが、「無事」な出口である。

その他のは、異次元であり、この世の地獄であり、
死体置き場なのだ。
この「舞台空間」はちょうど
世界と世界と繋ぐ通路のような役割をしている。

相関図を頭の中で書いてみないと
ついていけないくらい、登場人物の関係や感情は
錯綜している。
よさそうな人の中にある「イヤ」な部分。
組み合わせを替えて
場面ごとにクローズアップされる。

ほとんど関西言葉で語られるせりふは
私もそうだから、分かりすぎるくらいによくわかる。
悪態にも、親愛感の含まれているものと
そうでないものがあることも。
マネージャーのつらさは、同性愛だけではなく
言葉の重さの違いからもきているようだ。
テンポは速く過剰なタメもなく
雪崩れるように最後へ走り、突然に終わる。

この悪意の連鎖の中で、
ただひとり、自分の思ったことを
ためらいもなく実行したひとがいる。
それがモッシャンだ。
目的のためにはまったく手段を選ばず、
コンビ解消を止めさせようと、相手の男を殴り、
昔の「パンストキッチン」の悪口を言った、というだけで
老ボイラー技師を殺し(彼は話の中で登場するだけだが)

ボイラー技師に犯行を知られていることがわかったら
直ちに殴り殺し、
やっと事態を把握したボンちゃんの頭を酒瓶で割り、
ひとり、体は無事だったが、鈴木は発狂する。

彼がしたいようにした結果が
この大量の「死」を生んだのである。
素直にからりと犯行を語る彼は、
ほんとうに酒のために惚けていたのだろうか。

最後にひとり漫才を続けるモッシャンが
とても、こわい。

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