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2006.10.02

蓮葉の濁りに染まぬ…誓願寺

会館に着き、顔見知りの方に出会ったとたん、
「きょうのお能ねえ、梅若さん休演ですえ」

なんと。

土曜日が休みというのは年に一度、九月の
この日だけ。
去年も今年も日程が合って、
「秋の梅若能」に六郎さんを拝見にきたのに。

柱に一枚の紙、代わりにシテを梅若晋矢さんが
なさると書いてあった。
晋矢さんのシテのお能を観るのははじめてで
とても嬉しいが六郎さんの体調も気になる。

珍しく解説があった。
とても難しいお能だ、ということと
「誓願寺」の場所についてだった。
そう、いまある誓願寺は後世のもので、
昔はもっと北にあったと。
でもそれとお能の内容とは
あまり関係ないような気もした。

正面はとびとびにしか空いてないので、
脇正面の通路側に座る。
四、五列目のこのあたりが、
どの能楽堂に行っても、見やすくて気に入っている。

秋になったばかりで、昼間はまだ夏の気温、
冷房も強く、時々見所から出て、調子を整える。

能一番、狂言一番という短い公演に
行くことが多いので、
舞囃子あり、仕舞ありのこういう会は
楽しいけれどちょっとわたしには長い。

定刻お能が始まる。遅れはない。
六郎さんは地頭で出ていらっしゃった。
こころもちお疲れのようにみえる。
(腰が不調、でいらっしゃるらしい)

「誓願寺」は、春に喜多流で拝見しているので
おおよその流れがわかる。
かなり長く、仏教用語がたくさん出てきて
たしかに難しいとおもった。

まず福王さんの一遍上人が登場し、
いつもながらの大貫禄で脇座へ。
しばらくして揚げ幕があがってシテが姿を見せる。

なんと美しい女人だろう。
遠目には銀色に見える細かい線描の文様で
所々に深い海のような紺色が入っている。
橋がかりを歩く首筋から肩のあたりが
なんともいえずほどよく流麗である。

笛は杉市和さんである。
温かみのある音色が響いて、シテを引き立てる。
前場は、問答なのだが、仏教についてのやりとり
なので、聞こえていても理解しがたい。
ただ、突然現れた美しい女の切々とした問いと
僧の誠実な答えのやりとりが
音楽のようにこころよく耳を通り過ぎる。


アイの善竹忠亮さん、狂言座に着くときの静けさが
美しい。
退場のときも同様である。
輪郭のはっきりした話し方、声の返し方に独特の
メリハリがある。
派手ではないが、前場と後場を繋ぐ大切な役割を
この若さできちんと勤められるのが素晴らしいと思う。
「和泉式部の夢をみた」とアイと一遍は確かめ合う。
なんという奇跡だろう。
法の場(誓願寺)に集まった人々に
明るくすずやかにアイは告げる。
正真の菩薩の降臨を。

囃子方が居ずまいをただし、吹きだす笛につれて
しずしずと、菩薩の姿で後シテが現れる。
瓔珞は金色、天冠には蓮の花をいただき、
明るい生成の上衣である。
目をこらすと、地模様が浮き出ているのがみえる。
袴もほとんど同じ色目で、
舞台ははんなりと明るくなる。

立ち姿はすらりと若々しく
声はしっとりと柔らかだ。
力が入っているように感じるのは
かすかにふるえている扇をみたから。

ほんのりやわらかな後光が射しているようにみえる。
カケリで舞台をひとまわり歩むときに
冠の花がゆらりと揺れる。
背も横顔も、うつむく顔も、
やさしげでひととしか思えぬほとけさまである。

こんなに綺麗なほとけさまから
お札をもらったらさぞや嬉しかろう。

ふわりと両手をひろげると、
さっとたちのぼる風情がある。
極楽の蓮池のほとりにすわって、
花を眺めているような気分になる。

そこにお囃子が聞こえてくる。
渋い音色の小鼓と、若々しい大鼓。
笛はあくまでも美しく澄んでいる。

地謡の声が重なる。
地頭は六郎さんである。
たっぷりゆったりした節回し、
かすかに哀調を帯びた謡。

同じ地謡が
仏の加護をうたいあげるときは
声音は朗々として明るくなる。
ふわりと風に漂うような、軽やかな謡だった。
どこか六郎さんの舞に似て。

拍子を踏み終えて、菩薩は橋がかりをかえる。
天(それとも極楽)に
戻っていったかの方にまた会いたいものだ。
和泉式部の転生と聞けばなおさらに。

拍手は揚げ幕まで鳴らなかった。
舞台と見所が一体となったこういうとき
余韻を充分に楽しむ「間」ができる。

舞台はあたたかな春のひかりに
包まれているようで
「誓願寺」がどこにあったにせよ、
示現した式部の微笑みはかぎりなく優しかった。

京都秋の梅若能 平成18年9月16日(土)
 京都観世会館(午前11時開場)
【能】誓願寺
シテ 梅若晋矢
ワキ 福王茂十郎 ワキツレ 永留浩史 喜多雅人

 笛 杉 市和 小鼓 曽和博朗 大鼓 河村 大
太鼓 前川光長

アイ 善竹忠亮
地頭 梅若六郎 
後見 角当行雄 松山隆雄 赤瀬雅則

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