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2006.11.03

テアトル・ノウ「通盛」

叡山電鉄の出町柳駅は
賀茂川と高野川の合流地点のすぐ東側にある。
京阪電車の路線がここまで伸びたので、
乗り換えもずいぶん楽になった。

この日の「座敷能」
(主催は味方玄さん)は
その出町柳から
川をふたつ渡って寺町通りを北へ、と聞いていた。
下鴨神社の一番南はしをかすめて
ずいぶん新しくなった出町商店街を抜け、
寺の名前を確かめながらあるく。

徒歩十分と案内に書いてあったが意外にはやく
行列の出来ているお寺がみえ
そこが十念寺だった。
お庭も綺麗に整えられていて
建物も新しくモダンである。
“昔、太閤さんがお寺を全部このあたりに
集めはったので「寺町」なんや”と
行列の後ろで誰かが話している。
そういえば来る途中の、
右側はびっしりとお寺だったっけ。

一時間前に開場した。
まあたらしいお地蔵さまをおさめたお堂の
横を、奥門まで行き、くぐったところが
本日の舞台である座敷だ。
足もとは自然石の飛び石で、
まだほの明るいのでいいけれど。


二間続きの座敷の奥のほうが
舞台になるらしく、
屏風が立っている。
壁にくっつけずに、
後ろは人が出入りできるようになっている。
なるほど、これが切戸口の代わりになるようだ。

広々とした濡れ縁に座って
開演前にちょっとした「虫やしない」をする。
さっき通った商店街にある
ちかごろ人気の餅屋、
そこの「豆もち」を
連れと一個づつたいらげる。
暮れてゆく庭はうつくしいが、
暗いところにはまだ蚊がいて、かゆい。

先日のお囃子の会で、正座には懲りていたのだが
連れは装束を近くで観たいと言う。
それでこの日も最前列に座る。
襖は全部外してあるが柱がいっぽん、
私の目の前にあり、
どうも視界が狭くなりそうな予感する。
(結局は、柱などどうでもよくなったくらい
素晴らしいお能だったのだが)

まず、味方健さん(玄さんのお父上)の解説で
会が始まる。
穏やかに、ほんのりユーモアを交えながら
しばらくの間、お寺について、や演目について
お話くださる。
学校で先生の話を聞いているような
わかりやすさと懇ろさであった。

片山清司さんと味方健さんの仕舞のあと、
いよいよ「通盛」
お囃子の中に珍しいかたが。
九州からお越しの大鼓の白坂さん。
以前に一度聞いたことのあるが、
記憶どおりの硬質な張りのある音色だった。
部屋は開けっ放しだから
当然音は散る。
なのにそれを上回るお囃子の力強さ、
掛け声の良さに、陶然とする。

ワキ方は下掛宝生流の宝生欣哉さん、ともうおひとり
どちらも関東の方がなさった。
小柄な欣哉さんのどこから
あんなに大きな声が出るのだろうと
いつも不思議だったが、
すぐ前がワキ方の席だったので、わけが分かった。
体中から声が出ている。
もちろん背中からさえも、である。

二人の僧が見守る中に
前シテの老翁と、やや若い女が舟に乗って登場する。
橋がかりが無いので
鏡の間にあたる部屋から、濡れ縁を通って。
粛々と衣擦れの音が聞こえてくる。
縁側から座敷へ上がる部分が段になっていて
そこをふわりと過ぎるハコビが軽やかだ。

阿波の鳴門近くの海に浮かんだ
頼りない小舟のうえで
味方さんは、見事に翁に見えた。

もともとの若さをうちに沈めて、
低めの声での問答、
装束も地味な漁師の風であるが
老人なれどにじみ出す美しさ。

どことなく、風情ありげな様子が
僧たちにも伝わったと見えて

名を問われて名乗るのもさらりとなさる。
語りのときは一心に声を張っていたが
妻の小宰相はやや俯いて僧の問いを聞いていた。

後場では、二人とも真の姿を現わす。
通盛はまことに美々しく、
色合いは地味なのに、華麗な武者ぶり、
どの場面でもどの舞でも
どこから見ても完璧に
平家の若い武将である。

きらきらと輝いている夫のかげに
女房の装束を着した妻が、
こちらは、悲劇を僧に訴えるかのように、
前場と同じ伏し目がちに付き従っている。

普通のお能の時と変わって
地謡はたった四人。
その声ごえはぴたりと揃って、
数の不足を感じさせない。
楽の音にのって、通盛は、最後の修羅の舞をまう。
能舞台ではないのに、
彼が拍子を踏むと、
はっきりと音が聞こえる気がする。

するすると舞台と決められた場所から外れて
縁まで出、秋草繁る庭に向かって型をされると、
ゆらりと室内を照らすろうそくの明かりに
すらっとした後ろ姿が映える。

何度も息をのみ、
しかもお話はしっかりと腑に落ちて、
風が冷たくなってきたころ、
悲劇の夫婦の物語は終わった。

立ち去るひとたちの背を追い掛ける拍手は
まばら。
余韻に浸りたい見所のほうが多かったようだ。
暗くなった庭を一足づつひろいながら、
門の敷居をくぐって出たときにやっと、
物語の世界の幕が下りたと感じた。

寺町通りもこのあたりまで来ると、
商店もまばらで、通る人も車も少ない。
きょうのお能をはじめからしみじみと
思い返しながら帰るにはありがたい静かさだった。

第14回テアトル・ノウ
平成18年10月20日(金)午後6時30開演
 於 華宮山 寳樹院 十念寺

☆ お話      味方 健
☆ 仕舞 六浦   味方 健
     松虫   片山 清司
    
  地謡 味方 團 田茂井廣道 橋本忠樹

【能】 「通盛」
     シテ  味方 玄  ツレ  片山 伸吾
     ワキ  宝生 欣哉 ワキツレ則久 英志
     アイ  茂山 良暢

     笛   左鴻 泰弘 小鼓  成田 達志
     
     大鼓  白坂 信行 太鼓  前川 光長
     
     後見  青木 道喜
         古橋 正邦
         味方 團
     地謡  片山 清司
         武田 邦弘
         分林 道治
         橋本 忠樹

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