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2006.11.17

ひとすじにつらぬく愛…はながたみ

新幹線が静岡にかかると
きっと富士をみようと左手をみる。
この日は秋なのに春のような暖かさで
麓の稜線こそちゃんと見えたが
富士のあるべきところには、
薄い影だけしかなく、
それもすぐにもやの中に消えてしまった。

この日の「友枝会」はお能三番と狂言一番、という
とても豪華なプログラムだ。
しかし番数がわたしには多すぎる。

友枝さんのお能を観ると
それからしばらく、さまざまな思いで
胸がいっぱいになる。
そのなかから自然におはなしがでてき、
それが最後までできあがったとき
舞台はわたしのなかのひきだしに静かにおさまる。

以下は友枝さんの「はながたみ」をみて
おもったことである。


囃子方と地謡が定位置に着くと、
ひとりの男が玉章(文)と
花がたみ(花かご)を
持って登場する。
男はこの二つをシテに渡しにきた使者なのだ。

シテは照日と言い、
「オオアトベのミコ」の思い人だった。
そのミコは突然、ヤマトへと旅立ってしまったのだ。
橋がかりで受け取ったかたみの品に
じっと目を落とす彼女は
橙色基調の唐織り姿、
わずかに哀しみの表情を見せるが、
多くは語らず
そのまましずかに里に帰って行った。

前場のお話はただそれだけで、
舞台はヤマトへ移る。

皇子は即位して「ケイテイのミカド」となった。
いま住まいされるのはヤマトの玉穂の宮である。
きょうは紅葉狩り、賑々しく行列は進む。

随従する官人は宝生閑さんである。
綺羅綺羅しい黄金の装束で
ミカドの横を堂々と歩む、
その姿が実に様になっている。

子方のミカドが愛らしい。
きちんと膝に手を置いて蔓桶に座っているさまが
お人形のようだ。

木の葉が色づきはじめた秋の初めがた
ミカドが行幸されるのは、
民に姿を見せるため。
ヤマトの国に入り即位するまでには
長い苦労があったのだから。

彼らが静かに座っている間に、
照日と侍女が舞台に入る。
形見を抱いて故郷で生きることよりも
ひとめミカドに会いたいと思った照日は、
苦労をともにしてくれようという侍女と
困難な旅をしてきたのだ。

白地の上の衣の片身を脱いでいる。
急ぎの旅のこしらえである。
裾と袖とに紅葉が散る。
青、紅、茶、とりどりの色に。
花かごを持つ侍女の匂うような紅さとは
好対照の落ち着いた色目である。

ミカドの姿見たさに行列の前に出る。
それを咎める官人。
払い落とされた花かごをみて
悲しむふたり。
侍女は官人に花かごの由来を語り、
(ミカドが越の国にいたときのものだと)
シテはゆったりと、歌いながら舞う。

その舞のみごとさ美しさはいいようもない。
長い旅路の願いはここにかなったのだから。

「愛しいひと、
空にかかるあの白い月のように
あなたの面影は
てを伸ばしても取れはしない。

私は水のおもてにうつったそれをみて
涙を流すのです。」

その声はミカドの耳に届き
舞姿も目にはいった。
あれは、一通の手紙をやっただけで
置いてきた女ではないか。

彼は官人を召し寄せて、
何故ここに、と問わせる。
その答えをふたたび照日は舞ってこたえる。

それはいにしえの漢の武帝と李夫人との愛の物語。
病気で容色が衰えた李夫人は、
「もうお目にかかりません」と
言ってはかなくなった。
思いを断ち切ることが出来ない帝は
「反魂香」を焚き、
夫人を呼び戻そうとした。
しかし現れた彼女は青ざめてはかなく
触れることも出来ぬ影のようなものであり
一陣の風に消えてしまった。

皓々と月は照り、甘泉殿は荒れ果て
帝は夫人の衣を片敷いて涙にむせぶ。

この激しく哀しい恋を女は舞った。
味真野でのふたりの夜々の誓いを思い出して。
形見の花かごと手紙があってもそれは
はかない一瞬の幻でしかない。
反魂香で呼び戻した面影のように、と。


ミカドは彼女を捨てるつもりはなかった。
しかし、即位するには条件があったのだ。
先の帝の皇女をめとるという。
ならば彼女を連れて行くことはできない。
伴うのは子のみに留めよう、と。
彼も辛い決意をしたのだ。

そのことは恨まないと女は言う。
軽やかにしなやかに女は舞い、
自分の思いをはっきりと言う。
「あなたにいまあえたこと、これだけでよいのです。
これ以上、わたしは何ものぞみません」

そのまごころの深さにうたれ
ミカドは照日を連れて都に帰った。
その日の幸せは長く続いたであろう。


ただ夫に先立たれ、次のミカドが位に就いた後は
都にとどまらずふるさとに帰ったのだと思いたい。
ミカドも照日も、
田舎で、ささやかに伊勢を拝み、花を愛でていた時が
一番幸せだったと知っていたから。


友枝さんの舞うすがたには、静かな風韻がある。
扇はひらりと手に吸い付くようにひるがえり
恋しいきもちを外にあらわす。
ゆくてはるかをみるまなざし
水の面を見ようとふとかしげる首、
ほんのわずかな動きさえも
慕わしくうつくしい。

どこにも力など入っていないようにふうわりと
舞台をひとめぐりするそれだけで、
照日のこころに満ちたおもいが、
見所にすうっとひろがってゆくようだ。

「湯谷」のときにも思ったが、
お能のシテははかないばかりではないのだ。
四番目ものの主人公は霊ではない。
いまを生きている人である。
照日も湯谷も、自分の望むことをひたすらのぞみ
そしてかなえた。

ミカドの姿を再びみたとき、
苦しみはすべて報いられた。
思いがけず再びそばに仕えることができたが
それは結果であってのぞみではなかった。

純な思いの美しさを
あらためてかみしめる曲だった。

お能の他の二番
雄人さんの「松虫」
秋草の緑華やかな装束で、存分に美しい舞を
見せてくださった。
ワキは宝生欣哉さん。

雄太郞くんの「猩々」
ワキは宝生朝哉くん。
しっかりと型が決まるときに、
大鼓の柿原くんのあかるく軽やかなかけ声が入る。
もう微笑まずにはいられない。

狂言も三代の共演で、
実にめでたい会だった。
受け継がれていくというのはこういうことかと、
その場に巡りあえた幸運に感謝した。

「友枝会」より
平成18年11月5日(日)12時開演
  於 国立能楽堂
【能】花がたみ
   シテ  友枝 昭世
   ツレ  内田 成信
   子方  内田 貴成

   ワキ  宝生 閑
   ワキツレ大日方 寛
       御厨 誠吾
  
   男   高井 松男

   笛   一噌 仙幸
   小鼓  北村 治
   大鼓  柿原 崇志

   地頭  粟谷 能夫

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