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2006.11.24

青葉の笛…「敦盛」

この前にのかもんやま訪問は梅雨どきだった
今回は秋、それもそろそろ終わりにちかづいていて
あるくにはほどほどの気候だ。

上天気なので、気分よく、友人と徒歩で坂をのぼる。
駅からたっぷり十五分、ゆっくりをこころがけたが、
たどり着いたらやっぱり息切れした。

静かで、いつ来ても
心が落ち着く能舞台である。
すぐ近くに公園があるらしいが
いつも列車の時間を気にしているせいで
まだ行ってみる機会が無い。

「横浜かもんやま能」は、
この能楽堂がある地域の催しだ。
(この鑑賞券は、地域限定の発売だった。
わたしが来られたのは、横浜在住の先輩が
発売の日にデパートに並んでくださったおかげなのである。)
嬉しくていくら感謝してもしたりない気持ちだった。

ロビーに居るひとたちが、
ふだんの見所とはかなり違い、
背広姿の「中年以上」の男性がとても多かった。

番組はお能一番、狂言一番
わたしにとっては
このくらいの番数のほうが、楽でいい。

お能は「敦盛」。
前日に予習をしていて、前シテはひたおもてだと気がついた。
敦盛の年格好は、少年から青年に移り変わるあたりだろう。
「無官の大夫」というよび名からそう推量してみる。

ここの舞台は低めで見やすい。
橋がかりすぐの二列目、
演者はすぐ目の前。
早く始まってほしいな、とおもった。
いつも想像するしかなかった
装束の模様の細かいところも
はっきり見えるはずだもの。

最初に喜多流の狩野さんの解説と、
装束付けの実演があった(羽衣のシテ)

きらきらと天冠をつけて
天女の姿になったモデル(佐々木多門さん)をみて
「ほお」と小さなため息がそこここで聞こえた。

「敦盛」についての解説はさらりと短く
“青”い色、がこのお能のキーワードに
なっていると思います。」と
歯切れ良く語られる狩野さん。
シテを演じられるときもお綺麗だが
紋付き姿も同様に姿のよいかただった。


ワキの熊谷直実役は殿田謙吉さんである。
大柄な体が
堂々とした武者ぶりを思いださせ、
柔らかな声が、
僧形になったばかりの
初々しさをあらわしている。

そこへ揚げ幕から草刈りの男が三人歩みを進めてくる。
先頭の友枝さんは若草の色の水衣、
萌え初めた色合いが若々しい。

ツレのお二人は、ひとりは薄い水色、
もうひとりはそれよりやや濃いめの青の水衣を
それぞれ着ておられた。
三人のかもし出す色の響きあいがきれいだ。
須磨の浦の明るい海と、
潮風を受ける草刈り場をおもわせる。
段違いの熨斗目の小袖、ちかくでみると
生地は平織りではなく、厚みがあって、
だから色にふくらみが出るようだ。

草束を肩にかついで、
しずしずとでてこられた友枝さんは
面を付けていらっしゃらなくても
そのうつくしさは若いひとのものだ。
ツレと一緒に謡う声、
ワキと問答するときの落ち着き、

うつつのひとではないことが
その静けさのなかに感じられる。
二人の間に通うほのかな情愛が
受け答えのなかにある。
「敦盛のゆかりのもの」と名乗って
本人だとは言わないのは
出会えた喜びはそれとして
かれには羞じらいがあったのだろう。

しかし「毎日毎夜のお弔ひ…我が名をば申さずとても
明け暮れに…回向したまへるその名は我」と
最後にはかすかにつぶやいて消え失せるのだった。

いつも友枝さんのハコビはうつくしくなめらかで
滑るようにくるりとまわるその姿が
あどけなくもわかわかしい。


いつか夜は更けて
念仏を唱える蓮生法師の前に、
草刈り男のときよりやや濃いめの
緑の長絹(流水と笹と花の模様)をつけ
太刀を履き、烏帽子をつけた敦盛があらわれる。

袴は黄褐色の地にやはり流れる水の模様。
小袖は、すこし赤みを帯びた橙色で、ぽつんぽつんと
花が刺繍されている。
まことに平家の公達は、
都ぶりとて皆美しく装っていたのだ。

面はやわらかな表情で若い。
橋がかりのところで、見所にむかって見込むときの
気高さには、その生涯を思うと胸が痛むほどだ。

平家の一門の隆盛から、その栄華に影がさし、
一ノ谷の戦に至るまでをクセを含めて物語りつつ舞う。
その型のひとつづつが
若々しく闊達で、拍子も鋭く響き渡る。
すっと横に上げられた両手の位置が
ひときわたかいのが眼にうつる。

中の舞が終わると、戦は最後の場面を迎えている。
船が引き上げていくのを茫然と見ていた彼、
もうしばらくの時があれば、
馬を駆って、沖合へと逃れただろうに。
直実の呼びかけに応じて馬を返してしまったのだ。

凜として勇ましいさまに息をのむ。
討たれたときの模様を仕方で舞い
太刀を抜いて法師に向かう。
常座からワキの面前まで、
信じられないほどの速さで詰め寄り、

はっとする一瞬ののち
(「かたきはこれぞと討たんとするに」)
からりと太刀を投げ捨てる。
その音が静かな空間に響きわたる。

いままで見せていた激しさを
ぬぐったように優しい身ごなしで、
彼は、弔いを蓮生に頼んで
ゆっくりと手を合わせる。

“ついには共に。生まるべき 同じ蓮(はちす)の
蓮生法師。敵(かたき)にてはなかりけり”と。

脇正面からは敦盛の背中しかみえなかったが、
彼は優しくほほえんでいたのではないか。
そのまま、立ち上がって振り向き、
橋がかりを帰る面差しも、
清々しく柔らかだった。

波打ち際で振り返った彼を見て
「このように若くていたいけな人を殺めたくない」と
直実は思い
「この人になら、首打たれてもいい。
なぜなら彼はまことの武者であるから」と
敦盛が思ったその瞬間、
既に後生の縁は深く結ばれたのであろう。


横浜能楽堂の橋がかりは
国立などにくらべよほど短い。
美しい背中はたちまち幕に消えたが
面影はしばし残像を結んだ。

粟谷菊生さんが亡くなられたので
地頭は能夫さんが勤められた。
じっくりと低くていねいな謡である。

小鼓の鵜澤さんの
音色が久々に聞けて嬉しかった。
大空を雲が流れてゆくような
おおらかさと軽みがいい。

第23回 横浜かもんやま能
  平成18年11月18日(土)
    於 横浜能楽堂 午後2時始

■能役者による実技と解説  狩野 了一

【狂言】(大蔵流)「魚説教」
   シテ 茂山 千作 アド 松本 薫
【能】(喜多流) 「敦盛」

   シテ 友枝 昭世 ワキ 殿田 謙吉
   アイ 松本 薫

   笛  一噌 隆之 小鼓 鵜澤 洋太郎
   大鼓 國川 純

   後見 狩野 了一 中村 邦生
   地頭 粟谷 能夫

※ 「魚説教」まるで人形のように
  愛らしい千作さん。
  ゆっくりした所作も台詞もなにもかもが
  狂言の「精」そのもの。
  お元気でいらっしゃるだけで嬉しくなる。

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