« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007.01.27

あら 我が子こひしや…「百万」

長絹は薄い水色だった。
さあっと一捌けであらわしたような空の色。

蝶々たちの、金色の羽が輝き
要所に籠目の模様も散らばる。
そして小袖にはたんぽぽが咲く。
烏帽子の黒が、一点のアクセントになっている。

春らしく清々しい姿であらわれたのは
「百万」と呼ばれる女だ。
ところは都の西北のはずれ。
清涼寺の境内。
参詣の人々がざわめく中に、
子どもを連れた僧がまじる。

この子どもを拾ったものの、どのように親元を
探せばよいかと思いつつ、
立ち寄った寺であった。
「心慰むことはないかな」と土地の者に問えば
男は手を打って
「さてこそ、ちかごろ面白く舞う“狂女”がおりまするぞ。
われが念仏を『下手』に称えて、呼び出して見せましょう」
と興がる。

男が称え始めると、すっと開いた幕の中から、
笹を持つ手も優雅な女「百万」が、
滑るように登場して、彼の肩を「ちょう」と打つ。

こんな出だしで能「百万」は始まる。
嵯峨の野の少し小高いあたり、大堰川のせせらぎには
やや遠いが、竹林のあなたには愛宕の峯が程近い。
五台山清涼寺は通称嵯峨釈迦堂。
お能でもなじみの左大臣源融の遺族が建立したお寺である。

いまの伽藍は再建のものだが、
安置されている仏さまは優しいお顔で
時の隔たりを感じさせない。
毎年、四月には「嵯峨念仏大狂言」が催され、
門に近い一角、鐘楼の傍に舞台がある。


友枝さんの百万は若い。
一児の母とは思えぬほどに。
静かな声で名号を称えかつ舞う。
そこからすでに、見所は参詣人になりきってしまう。
いつものことだが、不思議でならない。

“烏帽子は破れ着物は汚れ、髪もそそけて”と
と地謡がうたうが、
目の前に居る舞人は、どこまでもきよらかでうつくしいのだ。
子どもを慕う親の心を、
しみじみと舞い上げる「笹の段」。
笹がさやさや鳴るたびに、母の心のゆらぎがきこえる。

面はぴたりと顔に“ついて”いる。
斜めからみる横顔の綺麗なことはいうまでもない。

この日の舞はとりわけみごとだった。
ゆるゆると舞いだし、くるくると回りながら舞い終わるまで、
その緩急に呼吸を合わせて見ほれるほかはなかった。

この女は、優れた舞人であったのだろう。
伝説の「百万」という名でよばれるほどに。

ふと、僧の隣で子どもが身じろぐ。
「あれは母に違いありません」とあどけなく告げる。
はて、子どもの言葉を信じてよいものか、と
僧はさりげなく、女に「なぜここに居るのか」と問うた。

答える女は、温かな生身の体を持っている。
(この主人公は「この世のひと」なのだ)
来し方を語るときの見たところは静かな所作に
かえって経てきた苦労の重さを感じる。

山城は井手の玉川で、水鏡に映した自分の姿の
あまりの窶れように恥ずかしくてたまらなかった、と
面はゆそうに告げつつそっと袖を目に当てる。
そこからこの寺まではなんと遠かったことだろう。


クセの間は立ったままで、身動きせずに
謡いを聞いている。
それなのに、母の悲しみはひしひしと伝わる。
こころの中のいちばん大切な場所に
子どものことがずっとあって、
その子がいないことでぽっかりと空いた穴を
そこばかりを見続けているから、

「くるい女」と囃されるのではあるが
うつつ心を失ってはいない。
悲しみに満ちた心を抱えたまま、
百万の体は習い覚えた舞いを舞う。
「あれよ、あの舞をみたいものよ」と
ところのものたちに思わせる手練の技。

こうして、評判になれば
ひょっとして我が子に会えるかという気持もあって、
法楽の舞いを舞うのである。


彼女が祈るのはみほとけ。
心を尽くして舞うならば、祈りは聞き届けられるはずと信じて。
しかし、舞いのたかぶりが体から引いたときに
たまらぬ気持が女を襲う。

「このようにたくさんのひとが集うているのに
なぜ、我が子はこの中にいないのだろう」と。
橋がかりでひとりになりあたりをみはるかす。
すうっと視線がひとびとの上をよぎり、
次の瞬間、おもいは溢れる。
舞台に戻って跪き、
涙を流しつつ両の手を合わせてほとけに祈る。

見ていた僧は、
思わず吸いこまれるように声をかける。
「ここに居るのがあなたのお子だ」と。

親と子がであえたお能のキリは、見所にも
ほっとした空気が流れる。
母に戻ったシテが、子どもと抱き合い
そっと子どもを先に行かせた後で、
ゆったりと留拍子を踏む。


その背中は満ち足りていて、シテが揚げ幕に消えた後も
余韻は静寂の中に満ちる。


舞いが少なく、悲劇に終わる「隅田川」とは
母ものでもずいぶん違う。
みくらべてみたい気持は強いが、
そこまでのぞむのは、いまのわたしには贅沢だから
能楽堂で観るのとは違っているのは承知のうえで
テレビ放映を待つことにする。

平成十九年一月  於 国立能楽堂
定例公演 一月十九日(金)午後六時半開演
能・喜多流 『百万』

シテ・百万   友枝 昭世
子方      金子 龍晟
ワキ・僧    宝生 欣哉
アイ・門前の者 山本 泰太郎

 笛      一噌 仙幸
小鼓      曽和 正博
大鼓      亀井 広忠
太鼓      観世 元伯

後見      金子 匡一  友枝 雄人
地頭      香川 靖嗣

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.01.15

「みんな昔はリーだった」…肩ひじはらないここちよさ

ブルース・リーは1973年に死んだ。
同じ年に映画が公開された。
日本でカンフー熱が盛り上がったときには、
既にかれはこの世にいなかったのである。

この芝居(「みんな昔はリーだった」)は
そのころと現在とをかわるがわる描いている。

じつはわたしはこのころをあまり覚えていない。
どうしてこの時代の記憶がないんだろう。
それはちょうど結婚や引っ越しで
とても忙しくしていた時期に当たる。
だからなのだ、距離が遠いのは。

わたしと主人公達とは一世代と半分ほど年が違う。
これだけ差があると、
まわりの風景も、時代の雰囲気も違うから、
ぎゃくに素直に芝居に入っていける。

会場はシアタードラマシティ、
客層がなんだか不思議。
男性や年配者がとても多い。
前半分は、どうも団体さんらしい。
あちこちで挨拶しあっている。

私の席は中央通路のすぐ後ろだった。
後ろの席は芝居好きそうな若い人が多い。
始まる前は多少ざわついていたので不安だったが、
京野ことみさんのアナウンスですっと静まり、
前説が始まるとゆっくり、芝居の世界に
劇場全体がなじんで行った。

劇は
ブルース・リーに心酔している4人の中学生たちと
ひとりの転校生。
そしてマドンナが加わっての物語だ。

【配役】
よっと… 堀内 健
河田… 池田 成志
ミャオ… 京野 ことみ
桑島… 伊藤 正之
用務員… 後藤 ひろひと
たっけさん… 竹下 宏太郎
だめゆき… 瀬川 亮
龍彦… 熊井 幸平
おじさん… 板尾 創路
鬼警部・百目鬼國彦… 松角 洋平

最初におじさんと龍彦が登場する。
左手に大きな木、この部分は回り舞台で現在の
桑島の部屋になる。
(ぐるっと回ると別の世界、というのが
劇っぽくていい)
二人が座っているのがこれもありきたりのベンチ。
後ろには公園によくある遊動円木が。

ささいなことでふてくされている甥に、
おじさんは、じぶんのむかし話を聞かせる。 
それが、
「男のかっこよさを男が決めていた」最後の時代、
ブルース・リーがアイドルだった時代に
彼の真似をしてクンフーの練習をしている中学生たちのこと。

たっけさん、よっと、河田、桑島は仲良しグループだ。
そこに転校生のだめゆきが加わったことで
さまざまな波紋が起こる。
マドンナの同級生、ミャオと親しげな
だめゆきをいじめる、よっとと河田。
たっけさんはだめゆきを練習に誘うことで
静かにグループの結束を取り戻す。

だめゆきがまた海外へ転校してゆき、
みんな大人になった現在、桑島の部屋に
集まる彼らが居る。
ちっとも変わらないよっと。
(あれから、スタローン、ミッキー・ローク、
ブルース・ウィリス、と
その時々のヒーローにコミットしてきた)
変に老けた河田。
(老舗のしょうゆ屋を継ぎ、心ならずも「渋」さの
仮面をつけている。似合わなくておかしい)
普通のサラリーマンになった桑島。
(常識人のサラリーマンになった彼)

最後にアメリカから帰ってくるたっけさん。
(あんなに寡黙な少年だったのに、まったく正反対の
アフロヘア、派手派手衣装のコメディアンぽい男に変わっていて、
連れてきた妻はなんとあの美少女ミャオ)

進み方は淡々としている。
いじめもいまとは違い、殴り合うんだけど救いがある。
変に内にこもることがなく
みんな生き生きしている。

マドンナ役が元気もので漫画っぽいけど
そこがとてもいまふうでいい。

語り手役は桑島くん。
みているこちらがだんだんゆるやかさに慣れてきて
ほんのりしたエピソードに小さく笑いが起こる。
どこがどう、とは言えないけれど
素朴な感じに仕上がっていて、
若い役者さんは熱っぽく、
支える人たちもまだ中年にも至ってないから、
全体から受ける感じが
まるで、
文化祭の中で見る演劇のように
ほのぼのしていてあたたかい。

作者兼演出の
後藤ヒロヒトさん、
時々登場するときはセリフなしだが
それなのに面白さが倍増する。

たっけさん役の竹下さんは振付をするひとだけあって
クンフーの格好がいちばん“キマ”っている。
堀内さんは、コミカルな動きで忙しく、
熱心だがストレート過ぎるときもある。

今と昔がセットの回転で現されたり
とにかくとても古典的だ。
最後はちゃんとみんながシアワセになる。
オチがゆるいけどつくのがまあいいか、と
許してしまえるほどのよさだ。

カーテンコールも三回あったがよい感じで
これが初舞台の熊井君が必死でしゃべっていて
好感が持てる。
生きることは
いつも激しいドラマがあるわけじゃない。
一こまづつが愛おしければそれでいい。

ちらりと出てきた世相は
「カンボジア戦争」だった。
ポルポトなんて、忘れていたよ。
それは遠い国の、あまり報道されない戦争だったから。
でもいまこの話の中でダメユキくんが
「外国帰り」であるわけは何なんだろう。

見よう、と決めたきっかけは、池田さんの名前が
あったからなんだけど、
芝居って優しくていいな、と思った。
派手なのや、鋭いのや、いろんな芝居があるけれど
人と人が目の前で体を動かし声を出す。
大きすぎない劇場で見ていると
「ドラマ」、をゆったりと
受け入れられる。
その時間が、楽しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »