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2007.01.15

「みんな昔はリーだった」…肩ひじはらないここちよさ

ブルース・リーは1973年に死んだ。
同じ年に映画が公開された。
日本でカンフー熱が盛り上がったときには、
既にかれはこの世にいなかったのである。

この芝居(「みんな昔はリーだった」)は
そのころと現在とをかわるがわる描いている。

じつはわたしはこのころをあまり覚えていない。
どうしてこの時代の記憶がないんだろう。
それはちょうど結婚や引っ越しで
とても忙しくしていた時期に当たる。
だからなのだ、距離が遠いのは。

わたしと主人公達とは一世代と半分ほど年が違う。
これだけ差があると、
まわりの風景も、時代の雰囲気も違うから、
ぎゃくに素直に芝居に入っていける。

会場はシアタードラマシティ、
客層がなんだか不思議。
男性や年配者がとても多い。
前半分は、どうも団体さんらしい。
あちこちで挨拶しあっている。

私の席は中央通路のすぐ後ろだった。
後ろの席は芝居好きそうな若い人が多い。
始まる前は多少ざわついていたので不安だったが、
京野ことみさんのアナウンスですっと静まり、
前説が始まるとゆっくり、芝居の世界に
劇場全体がなじんで行った。

劇は
ブルース・リーに心酔している4人の中学生たちと
ひとりの転校生。
そしてマドンナが加わっての物語だ。

【配役】
よっと… 堀内 健
河田… 池田 成志
ミャオ… 京野 ことみ
桑島… 伊藤 正之
用務員… 後藤 ひろひと
たっけさん… 竹下 宏太郎
だめゆき… 瀬川 亮
龍彦… 熊井 幸平
おじさん… 板尾 創路
鬼警部・百目鬼國彦… 松角 洋平

最初におじさんと龍彦が登場する。
左手に大きな木、この部分は回り舞台で現在の
桑島の部屋になる。
(ぐるっと回ると別の世界、というのが
劇っぽくていい)
二人が座っているのがこれもありきたりのベンチ。
後ろには公園によくある遊動円木が。

ささいなことでふてくされている甥に、
おじさんは、じぶんのむかし話を聞かせる。 
それが、
「男のかっこよさを男が決めていた」最後の時代、
ブルース・リーがアイドルだった時代に
彼の真似をしてクンフーの練習をしている中学生たちのこと。

たっけさん、よっと、河田、桑島は仲良しグループだ。
そこに転校生のだめゆきが加わったことで
さまざまな波紋が起こる。
マドンナの同級生、ミャオと親しげな
だめゆきをいじめる、よっとと河田。
たっけさんはだめゆきを練習に誘うことで
静かにグループの結束を取り戻す。

だめゆきがまた海外へ転校してゆき、
みんな大人になった現在、桑島の部屋に
集まる彼らが居る。
ちっとも変わらないよっと。
(あれから、スタローン、ミッキー・ローク、
ブルース・ウィリス、と
その時々のヒーローにコミットしてきた)
変に老けた河田。
(老舗のしょうゆ屋を継ぎ、心ならずも「渋」さの
仮面をつけている。似合わなくておかしい)
普通のサラリーマンになった桑島。
(常識人のサラリーマンになった彼)

最後にアメリカから帰ってくるたっけさん。
(あんなに寡黙な少年だったのに、まったく正反対の
アフロヘア、派手派手衣装のコメディアンぽい男に変わっていて、
連れてきた妻はなんとあの美少女ミャオ)

進み方は淡々としている。
いじめもいまとは違い、殴り合うんだけど救いがある。
変に内にこもることがなく
みんな生き生きしている。

マドンナ役が元気もので漫画っぽいけど
そこがとてもいまふうでいい。

語り手役は桑島くん。
みているこちらがだんだんゆるやかさに慣れてきて
ほんのりしたエピソードに小さく笑いが起こる。
どこがどう、とは言えないけれど
素朴な感じに仕上がっていて、
若い役者さんは熱っぽく、
支える人たちもまだ中年にも至ってないから、
全体から受ける感じが
まるで、
文化祭の中で見る演劇のように
ほのぼのしていてあたたかい。

作者兼演出の
後藤ヒロヒトさん、
時々登場するときはセリフなしだが
それなのに面白さが倍増する。

たっけさん役の竹下さんは振付をするひとだけあって
クンフーの格好がいちばん“キマ”っている。
堀内さんは、コミカルな動きで忙しく、
熱心だがストレート過ぎるときもある。

今と昔がセットの回転で現されたり
とにかくとても古典的だ。
最後はちゃんとみんながシアワセになる。
オチがゆるいけどつくのがまあいいか、と
許してしまえるほどのよさだ。

カーテンコールも三回あったがよい感じで
これが初舞台の熊井君が必死でしゃべっていて
好感が持てる。
生きることは
いつも激しいドラマがあるわけじゃない。
一こまづつが愛おしければそれでいい。

ちらりと出てきた世相は
「カンボジア戦争」だった。
ポルポトなんて、忘れていたよ。
それは遠い国の、あまり報道されない戦争だったから。
でもいまこの話の中でダメユキくんが
「外国帰り」であるわけは何なんだろう。

見よう、と決めたきっかけは、池田さんの名前が
あったからなんだけど、
芝居って優しくていいな、と思った。
派手なのや、鋭いのや、いろんな芝居があるけれど
人と人が目の前で体を動かし声を出す。
大きすぎない劇場で見ていると
「ドラマ」、をゆったりと
受け入れられる。
その時間が、楽しい。

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