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2007.01.27

あら 我が子こひしや…「百万」

長絹は薄い水色だった。
さあっと一捌けであらわしたような空の色。

蝶々たちの、金色の羽が輝き
要所に籠目の模様も散らばる。
そして小袖にはたんぽぽが咲く。
烏帽子の黒が、一点のアクセントになっている。

春らしく清々しい姿であらわれたのは
「百万」と呼ばれる女だ。
ところは都の西北のはずれ。
清涼寺の境内。
参詣の人々がざわめく中に、
子どもを連れた僧がまじる。

この子どもを拾ったものの、どのように親元を
探せばよいかと思いつつ、
立ち寄った寺であった。
「心慰むことはないかな」と土地の者に問えば
男は手を打って
「さてこそ、ちかごろ面白く舞う“狂女”がおりまするぞ。
われが念仏を『下手』に称えて、呼び出して見せましょう」
と興がる。

男が称え始めると、すっと開いた幕の中から、
笹を持つ手も優雅な女「百万」が、
滑るように登場して、彼の肩を「ちょう」と打つ。

こんな出だしで能「百万」は始まる。
嵯峨の野の少し小高いあたり、大堰川のせせらぎには
やや遠いが、竹林のあなたには愛宕の峯が程近い。
五台山清涼寺は通称嵯峨釈迦堂。
お能でもなじみの左大臣源融の遺族が建立したお寺である。

いまの伽藍は再建のものだが、
安置されている仏さまは優しいお顔で
時の隔たりを感じさせない。
毎年、四月には「嵯峨念仏大狂言」が催され、
門に近い一角、鐘楼の傍に舞台がある。


友枝さんの百万は若い。
一児の母とは思えぬほどに。
静かな声で名号を称えかつ舞う。
そこからすでに、見所は参詣人になりきってしまう。
いつものことだが、不思議でならない。

“烏帽子は破れ着物は汚れ、髪もそそけて”と
と地謡がうたうが、
目の前に居る舞人は、どこまでもきよらかでうつくしいのだ。
子どもを慕う親の心を、
しみじみと舞い上げる「笹の段」。
笹がさやさや鳴るたびに、母の心のゆらぎがきこえる。

面はぴたりと顔に“ついて”いる。
斜めからみる横顔の綺麗なことはいうまでもない。

この日の舞はとりわけみごとだった。
ゆるゆると舞いだし、くるくると回りながら舞い終わるまで、
その緩急に呼吸を合わせて見ほれるほかはなかった。

この女は、優れた舞人であったのだろう。
伝説の「百万」という名でよばれるほどに。

ふと、僧の隣で子どもが身じろぐ。
「あれは母に違いありません」とあどけなく告げる。
はて、子どもの言葉を信じてよいものか、と
僧はさりげなく、女に「なぜここに居るのか」と問うた。

答える女は、温かな生身の体を持っている。
(この主人公は「この世のひと」なのだ)
来し方を語るときの見たところは静かな所作に
かえって経てきた苦労の重さを感じる。

山城は井手の玉川で、水鏡に映した自分の姿の
あまりの窶れように恥ずかしくてたまらなかった、と
面はゆそうに告げつつそっと袖を目に当てる。
そこからこの寺まではなんと遠かったことだろう。


クセの間は立ったままで、身動きせずに
謡いを聞いている。
それなのに、母の悲しみはひしひしと伝わる。
こころの中のいちばん大切な場所に
子どものことがずっとあって、
その子がいないことでぽっかりと空いた穴を
そこばかりを見続けているから、

「くるい女」と囃されるのではあるが
うつつ心を失ってはいない。
悲しみに満ちた心を抱えたまま、
百万の体は習い覚えた舞いを舞う。
「あれよ、あの舞をみたいものよ」と
ところのものたちに思わせる手練の技。

こうして、評判になれば
ひょっとして我が子に会えるかという気持もあって、
法楽の舞いを舞うのである。


彼女が祈るのはみほとけ。
心を尽くして舞うならば、祈りは聞き届けられるはずと信じて。
しかし、舞いのたかぶりが体から引いたときに
たまらぬ気持が女を襲う。

「このようにたくさんのひとが集うているのに
なぜ、我が子はこの中にいないのだろう」と。
橋がかりでひとりになりあたりをみはるかす。
すうっと視線がひとびとの上をよぎり、
次の瞬間、おもいは溢れる。
舞台に戻って跪き、
涙を流しつつ両の手を合わせてほとけに祈る。

見ていた僧は、
思わず吸いこまれるように声をかける。
「ここに居るのがあなたのお子だ」と。

親と子がであえたお能のキリは、見所にも
ほっとした空気が流れる。
母に戻ったシテが、子どもと抱き合い
そっと子どもを先に行かせた後で、
ゆったりと留拍子を踏む。


その背中は満ち足りていて、シテが揚げ幕に消えた後も
余韻は静寂の中に満ちる。


舞いが少なく、悲劇に終わる「隅田川」とは
母ものでもずいぶん違う。
みくらべてみたい気持は強いが、
そこまでのぞむのは、いまのわたしには贅沢だから
能楽堂で観るのとは違っているのは承知のうえで
テレビ放映を待つことにする。

平成十九年一月  於 国立能楽堂
定例公演 一月十九日(金)午後六時半開演
能・喜多流 『百万』

シテ・百万   友枝 昭世
子方      金子 龍晟
ワキ・僧    宝生 欣哉
アイ・門前の者 山本 泰太郎

 笛      一噌 仙幸
小鼓      曽和 正博
大鼓      亀井 広忠
太鼓      観世 元伯

後見      金子 匡一  友枝 雄人
地頭      香川 靖嗣

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コメント

レポート待ってました。
また思い出すほどです。ありがとう。
隅田川と百万・・違うのですね。
いつかまた隅田川・・なさるのではないかなー。

投稿: fuku | 2007.01.29 10:00

ほんとうに、もう少し後の日にちなら
なんとしてでも行きますものを…。
ごらんになりましたのですね。

お伺いして、せめて面影をしのぶことにいたしまする。

投稿: korima | 2007.01.29 16:31

はじめまして、fukuさんのご紹介で、お邪魔させていただきました。
京都から「百万」をご覧にいらしたのですね。
なんと言っても、友枝さんですもの!
2月は京都で「竹生島」ですが、もちろん行かれるのかしら?
時々、お邪魔させていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: つきのこ | 2007.02.01 09:59

>つきのこさん、はじめまして。
はい、二月の「竹生島」に参ります。
京都でお能をなさるのはほんとうに珍しいので
嬉しくてたまりません。

わたくしもfukuさんからお話うかがいまして先日
お部屋に参りましたm(_ _)m

あまり更新できないのですが、どうぞのぞいてやってくださいませ。こちらこそよろしくお願いいたします。

投稿: korima | 2007.02.01 18:29

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