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2007.03.19

湖国の天女…「竹生島」 (女体)

平成19年2月24日(土)
  第52回 同明会能  観世会館


京都の囃子方が大集合の「同明会能」舞囃子6番

一調、獨調、狂言、お能

実に盛りだくさんで
ありがたいが、集中力が持たない。
チケットは完売だそうで、
会場の観世会館の一階部分には、補助席がたくさん出ていて
通路が歩きにくいくらい。


もともと舞囃子は大好きで、
お囃子のことは詳しくないけれど
いろんな音色や調子が聞けるのはいつも楽しい。
一番がそれほど長時間ではないので、見やすいのもいい。

そして、たいそう珍しいことにこの日は
友枝さんが京都でお能をなさるのだ。

演目は「竹生島」
小書が女体

お稽古で謡は習ったが、実際に舞台で観るの初めてである。
運ばれてくるのは一畳台とお宮の作り物。
それと一艘の舟。
おおきなものではなくほんの海人の釣り舟だ。

しつらえが終わり、
都の役人がびわこのほとりにやってきて
「竹生島」に渡ろうとするところから物語りが始まる。

あまり舞台で拝見したことのないワキ方のかたたち。
ふだんとずいぶん雰囲気が違う。

出だしはわかりやすい。
みかどの臣下は勅命で「竹生島」に渡ろうと
みずうみの岸に着いた。
そこに若い女と翁が舟を漕いで近づいてくる。

女の美しさは地味だがすっきりしていて、
きりりと小気味がよい。
やや高めの声も、よくとおって音楽的だ。

女の後から友枝さんが、雪白の髪で歩んでこられた。
ゆったりと進む歩みはいつもどおりの確かさだった。

シテが語ったり、謡ったりする場面が少ないので、
じっくり声が聞けないのが少しものたりない。
すいと舟に乗り込むときあげた足のさばきが
みごとにうつくしかった。
また、水竿を漕ぐ手がきれいだ。
竿に手をかけるときに描く軌跡が何ともいえない。

舟が島に着くまでを、地謡が語る。

実際に行ったことがある。
(「竹生島」を習ってからだ)
忽然と島が見えるまでは
海のような湖面は
ウサギがあまた飛んでもおかしくない広さである。
こんもりとした島は、ごつごつしていて、
近いところに奥びわこのふちが見える

舟が着くとそこで中入りになり、
女は橋がかりから揚げ幕へ
翁は作り物の中へと消える。

しばらくのアイの話の間、
女体とはいったいどんな姿かと考えていた。

そして、
ひきまわしがおとされたとき
深く高貴な面を輝かせて
弁財天は示現したのである。
白地の装束には
金銀で文様が描かれており、

袴は「朱」であった。
やや薄い色目の
あっさりした朱の袴だ。
瓔珞に縁取られた天人の
無表情にさえみえるその面に、
あるかなきかの微笑みを感じる。

「このかたならば頼むもよし」と思える
ひめやかな美しさ。
天女の舞が始まると、
うつつの舞台は消えて、友枝さんだけが残る。

きょうは正面席だったので
左右の型に入るときの
えもいわれぬ両手の動きを
ひさかたぶりに
目のあたりにできた。
そのたびごとに気持が快くふるえる。

いつも観ながらおもうこと。
舞いが終わるとこの刻が終わる、
それが残念でならない。


一昨年だったろうか。
厳島の観月能でこの曲が舞われたことがあるそうだ。
海上に月が浮かび、
鳥居はすっくりと立つ。
ものさびた舞台にあらわれた弁財天は
さぞ、美しかっただろう。

きょうも見所は静まり返っていた。
扇を閉じた天女はふたたびお宮の中に戻る。

このたびは天冠をわずかに傾けて
作り物にはいるとき、白い足袋がひらめいて
そして舞いは終わった。

代わって登場する龍神の、
優美で闊達な舞いはほんの一瞬で終わり、
弁財天は、静かに橋がかりを滑ってゆかれた。

次に友枝さんに会えるのは、
たぶん青葉のころのはず。
じっと待つことでこころが弱らぬように、
春を過ごそうと、誓いつつ帰った。

いつもと違って、一時間もすると家に着く。
余韻をかみしめるのはひと晩寝てからになった。

【能】 「竹生島」…女体

シテ   友枝 昭世
シテツレ 大島 輝久
 〃   金子 敬一郎
ワキ   村山 弘
ワキツレ 杉江 元  塩田 耕三

 笛   光田 洋一
小鼓   竹村 英雄
大鼓   石井 喜彦
太鼓   前川 光長

後見   中村 邦生 高林 白牛口二
地頭   粟谷 能夫

【舞囃子】
「高砂」 吉浪 壽晃 …凛々
「忠度」 狩野 了一 …演劇的な
「歌占」 浦田 保親 …ぶれない体
「融」  片山 清司 …しっとり艶やか

「砧」  片山 九郎右衛門…存在感の凄み

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