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2007.08.29

「狐狸狐狸ばなし」…からくりくるくる

すごい
篠井さんは完璧に女に見えた。
薄い黒のカーディガン姿である。
手が長くて動きがとてもきれいだ。

この芝居の原作は北条秀司
白黒テレビの時代、
「新派」の舞台中継を年よりがよく見ていたが
そのころに聞いた名前に違いない。

でも目の前の舞台では
「吉原」や「職人」という言葉は飛びかうが
むかしの“情緒”たっぷりではない。

男ふたりと女ひとりの三角関係、と
チラシにあったので
どろどろしているかと思いきや
意外にコメディータツチである。

ギャグも連発されていて客席からは
たびたび、というかしょっちゅう
笑い声が起こっていた。

紙職人伊之助の妻おきわは僧重善と浮気している。
夫にはとうに愛想をつかしているのだが
重善が自分を捨てて
金持ちの女に乗り換えようとしていることを知り
ついに夫を殺してしまう。
ところが、おとむらいが終わったその日に
伊之助が平気で家に帰ってきた、しかも足がある…

間男の重善を演じる板尾さんが
けっこうハンサムに見える。
篠井さんの濃さと対比するからかな。
ヌーボーとした
なりゆきまかせのごく普通の悪人である。
女にはやたらにモテるらしい。
篠井さん演じるおきわは彼に対しては
声まで可愛くなってしまうのである。

また夫役のラサール石井さんの
面白さは予想以上だった。
「もとは芝居の女形」という設定で
しなを作ってなよっとして登場
客席は爆笑、続いて拍手。
上方に居たそうで、言葉の端々に
関西なまりが…それがまたおかしい。


主要な人物三人プラス一人
残る一人は六角さん。
彼は「幽霊騒ぎ」を起こす、かなめの役どころだ。
伊之助が雇った渡り職人又吉、
彼は一見、無能で役立たずに見えるが、

表の顔と裏の顔
声も二色演じ分ける器用さに感心した。
(テレビの「相棒」しか見てなかったので)

実はこの話の外側に
さらに話があるのだ。
入れ子になっているのでますます
おとぎ話めいている。

舞台の上部、背景の空の部分に通路があって
そこをひとが散歩したり
座敷(家)をのぞき込んだりする。
結構大事なやりとりがあったりするのだ。

客席からは
舞台で演じられる話をたどり
さらに外側のひとたちの話も
同時に見ていることになる。
この二重の錯視が
話にひねりをあたえている。

二つの話はそれぞれに進み
交わることはないのだけれど。

このお芝居の感想は書きにくい。

この話、筋はちゃんとあるのだが
それが一旦解体されて
もう一度作り直されたときには
ケラさんのテンポになっているようだ。
元のお芝居を知らないので
比較できない。
そして、わたしが心地よく感じる
「テンポ」については
とうてい言葉では表現できない。

「わあるど」に入りこんでしまえば
流れに乗って大笑い、中笑い、小笑いと
笑いに笑って気がつくとラストだった。


舞台は二つの三角を鱗形につなぎ合わせた座敷で
隅には仏壇がある。
○○のお寺の場面になるとこの部分に仏さまがいらっしゃる。
実はぐるっと回る仕掛けになっているのだ。
こういうところがとても面白く感じた。
“黒子”が水色の装束(あさぎ色?)を
着て、火の玉を飛ばしたりするし。

ドライな笑いに終始していたが
終盤におきわが“発狂した”場面になる。
呆けたようににたにた笑う顔もいいし
つま弾く三味線の音色もいい。

さすがにこれは本当なのだろうと見ていたら
これもまたひっくり返ってしまった。
彼女は「狂い」を装っていただけだった。

何もかも「ふり」
死んだ「ふり」
狂った「ふり」
愛想づかしをいう「ふり」
何がほんとの気持なのか
さっぱりわからない。
だから、世の中しょせんは「狐狸狐狸はなし」と
オチが付く…のかな。

舞台って
人物も音楽も効果音もみんな合わさって
ひとつの有機体のようなもののようだ。
観客として
それに参加できることの嬉しさ。

ケラさんのオリジナル作品の舞台を
秋には初めて見ることができる。
ブログによると
まだ脚本は始めの部分だけらしいが。


会場の兵庫県立芸術文化センターは
真新しくて足回りもよい。
私鉄の駅から屋根伝いに五分少々、
綺麗なレストラン、
木を使った温もりのある通路

など、気配りのあるホールだった。
これでもう少しロビーの照明が明るければ
申し分ないのだけれど。

残念でたまらないのは
公共のホールだからか
パンフレットの販売が無かったこと。
ぶっつけ本番で見て記憶して帰りなさいって
ことかな。
グッズやパンフもお芝居の一部なのに。

☆「狐狸狐狸ばなし」
 2007年8月21日(火) 2:00開演
 兵庫県立芸術文化センター

 作:北条 秀司
 演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

 おきわ:篠井 英介
 伊之助:ラサール・石井
 重善:板尾 創路
 又吉:六角 精児

 真山章志、大出勉、廣川三憲、野間口徹
 小林俊祐、皆戸麻衣、植木夏十、サチコ 他

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2007.08.20

「お気に召すまま」~人形のような美女

なんだか蜷川さんばっかし見てる気がするが
シェークスピアのコメディ第二弾
「お気に召すまま」を観てきた。


原題は“AS YOU LIKE IT”
パンフレットに書いてあった。
古風ですてきな訳だ。
(「恋の骨折り損」も同様)
「恋の…」より戯曲が纏まっている。

ところはフランス
前領主は追放され
いまの領主はその弟、
娘がひとり
主人公のロザリンドは前の領主の娘で
叔父の家で従姉妹のシーリアと暮らしている

青年オーランドーは、父亡き後
兄オリヴァーからひどい扱いを受けている。
力試しに出場したレスリングの会場で
二人は会いお互いにひとめで恋に落ちる。

ロザリンドは領主に追われ、シーリア及び
道化のタッチストーンとアーデンの森に着く。
ここは前領主が悠々自適に暮らしている場所だ

オーランドーもまた忠実なアダムとアーデンに着き
父が信頼をよせていた前公爵にお目見えして、
手厚くもてなされる。

身を守るために
ロザリンドは男装してギャミニードとなり
その姿のままでオーランドーに再会する。

また前公爵の友人ジェイクイズは
仲間とともに狩に興じるありさまに批判的な言葉を投げる

おしまいには領主フレデリックは
領土を前公爵に返して隠居し
オーランドーはロザリンドと
シーリアはオリヴァーと結ばれる
(ついでに道化も村娘と結婚
めでたい結婚式が四組
メンデルスゾーンの結婚行進曲に乗って
執りおこなわれる。
めでたし めでたし

主役のふたりが若くて活きが良く格好いい。
成宮くんは大柄で目鼻だちがかっきりしていて
まるで宝塚の男役のような美人である。
小栗くんは色白ですらっとしていて
みごとに貴公子、幕開きのぼろぼろの身なりでさえも。

今回もオールメイル(全員男優)だが
違和感はまったく ない。

芝居が行われるのは
館の前庭と シーリアの部屋
後半はほとんどアーデンの森である
入り組んだ
木々は太く、奥深い森のありさまである。
舞台の後ろから登場するひとたちは
遥か遠くからきたように見える

ここに前公爵は
仲間とともに狩りをしたり歌ったりして暮らしている。
こころざしを同じくするものたちの
安定したコミュニティであるが
その世界は閉じられている。

劇が本格的に動き出すのは
この森の場面からである。

ロザリンドたちはよそ者として
村はずれの羊飼いの家を買い求め
兄妹を装って暮らしている。
オーランドーに再会したものの
しかし自分の身分を明かせず
それでも思いをおさえかねて
「ぼくを彼女と思って口説いてごらんなさい」
と挑発する彼女が可愛い。

男が女になりさらにそのロザリンドが
男装する、というややこしいからくりだけれど
内股で走ったり、腕に絡みつくところなど
成宮くんがちょっと誇張気味に面白くみせている。

このあたりからのシーリアが
とっても可愛いぼけっぷりである。
前半でクールにロザリンドをフォローしていた面影が消え
お腹が空きすぎて、くらくらと倒れるところ
(ほろほろと花のように、ではあるが)
で笑いが起こる。

完璧なほど美しく
人形のように無表情だったシーリアが
改心したオーランドーの兄、オリヴァーと出会って
またも一瞬のうちに
惹かれあう場面のおかしさ。
背中をぐっとそらしてぎりぎりまで見つめあうとき
恋は充分に喜劇である。

シーリア役の月川さんは
「恋の…」でもほんとうに女性としか見えなかった。
ただ前回はあまりセリフもなかったので
取り立てて個性的とは思っていなかったのだが。

ロザリンドがつい興奮したときに
さりげなく袖を引くその手の動きなど
目を離せない達者ぶりである。

若者たちの見目良さはそれとして
年配のひとたちが好演
従者のアダムは若だんなのローランドに付き従うが
口ほどにもなく旅の途中でへばってしまう。
この主従のやりとりが
何とも言えないくらいおかしい
ほんのりしたこういう部分が
この劇のあちこちにある。
道化役の田山さんの述懐もそうだ。
それより森の住人たちが全員おかしい。
貫禄ある前公爵の吉田さんも含めて。

アーデンのミニ宮廷の中でも
目立って才気があり
前公爵にずけずけものを言うのが
高橋洋さん演じるジェイクイズである。

衣装で感じはずいぶん変わるものだ。
「恋の…」熱血な学友だったが
今回は黒の帽子に黒の長い寛やかな衣装
髭も生やしていて大人の役どころ。
たっぷりと皮肉まじりのセリフ、
ほどよいトーンの声と滑舌のよさは
言うまでもないが
一瞬見せる無邪気な笑いが、ジェイクイズの
少年ぽさを強調している。
田山さんが純粋道化なら、
彼は知的なトリックスター、という役回りだ。

どのエピソードもけっこう楽しく
わかっていても笑わされてしまう
テンポは前作とかわらず緩やかではあるけれど。

役者さんのバランスもよく、お話もよくわかる。
いいお芝居だと疲れがとれる。
筋書きには関係ないけれど
舞台に「生きた」羊が登場してびっくりした。

まさか「めえ~」とは鳴かなかったが
芸名は「坂本メイ」なのである。
この楽しい趣向にみんな大受けで
出てくる度にどよめきが起こる。
アドリブなのかどうか田山さんが
「お前はいつも笑いがとれていいな」と語りかけ
また会場がどっと大笑いする。

蜷川さんの芝居のパンフレットを
わたしはとても気に入っている。
洒落てるなかにもちょっぴり古風で
今回の白地の表紙もよかった。
また中に写真がたくさんあり、役者さんひとりづつの
ページも読み応え満点だった。

もらったチラシに秋の公演予定があった。
次のシェークスピアは「オセロー」
ううむ、悲劇はどんなふうか、かなり行きたい。
吉田さんがオセロ役、
そして高橋さんがイアゴー
チケット取れるかどうか、それが問題である。

2007年8月8日(木)シアターブラバ
「お気に召すまま」

【スタッフ】
演出:蜷川 幸雄
作:W.シェイクスピア
翻訳:松岡 和子

【キャスト】
成宮 寛貴:ロザリンド
小栗 旬:オーランドー
吉田鋼太郎:前公爵
田山 涼成:タッチストーン
高橋 洋:ジェイクイズ
月川 悠貴:シーリア
大石 継太:シルヴィアス

清家 栄一:ル・ボー/貴族
妹尾 正文:アミアンズ/貴族
飯田 邦博:コリン
岡田 正:アダム
塚本 幸男:サー・オリヴァー・マーテクスト/貴族
二反田雅澄:オードリー/貴族
大富士:チャールズ
山下 禎啓:フィービー/貴族
外山 誠二:フレデリック公爵
鈴木 豊:オリヴァー
篠原 正志:貴族
高山 春夫;デニス/貴族
田村 真:貴族
神保 良介:ジェイキス・ド・ボイス
宮田 幸雄:貴族
杉浦 大介:ウィリアム/貴族
西本健太朗:小姓(日替わり出演)
桝井 賢斗:小姓(日替わり出演)
鵜澤正太郎:小姓(日替わり出演)
坂本 メイ:羊

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2007.08.16

「砂利」…ぶきみな音

舞台に砂利が敷いてある
ひとが歩くとざりざりと鳴る。
幕が開くと
ごく普通の日本家屋の二階建て。
屋根から雪が落ちる音が何とも不穏な感じがする。

舞台はこの一軒屋から動かない。
障子を開けると奥行きが出るが それだけ。
とてもシンプル、というか愛想無し。
レトロな感じの茶の間でくりひろげられる不可解な劇だ。

この家に住んでいるのは四人
引きこもりの兄、蓮見田。
妊娠しているその若い妻。
一家を支えて働いている弟。
もうひとろ知りあいの男が“静養”と称して寄宿している。

兄は、ついこの間まで、父の介護に努めていたが
むかし、苛めた同級生が仕返しに来る恐怖に怯えている。
彼の気持ちを変えようと、妻は明るく振る舞うが
兄の気分は落ち込んだままだ。
下宿人はそんな兄をこっぴどくからかい、
「生きていくための暇つぶし」と語る。
弟は真面目に必死に働いている。
そこへ二人の人物が外界から入り込んでくる。
すこしづつ回復していく蓮見田の前にあらわれた妻の姉。
じつは彼女こそ、兄が怯える「同級生」だったのだ。
もうひとりの気弱な男、小森は
菓子箱を抱きしめて、小鳥のように不安げだ。
皆の気持ちがしっくりはまらないままに時が過ぎる。

場所は青山のスパイラルホール
この前行った青山円形劇場からはすぐのようだけど
パンフレットの案内通り地下鉄に乗る。
駅出てすぐのスーパーに入るとそこは「キノクニヤ」
喜んでエコバッグを買う。
丈夫で愛用しているが発送費が要るので高めなのだ。
地元で買えるなんてありがたい。

おしゃれなビル(東京では珍しくない店構え)の
三階がホールである。
ロビーには花の香りが溢れていた。
それほど花輪が多かった。ひとつづつ見て歩く。
テレビ局のものがたいそう多い。

客層は若いひとがほとんどだ。
男性の姿も目立つ。
その中で、いかにも「奥さま」の数人連れが何組も
三津五郎さんのファンかなあ、と思う。


舞台は狭め、椅子は普通のパイプ椅子
客席はスロープではなく段になっている。
ふだんは講演会などやっている会場だろうか。
エアコンがぶんぶん効いていて寒い。
寒すぎて劇に集中できないので、
席を離れて上手側で立ち見をする。


近藤さんは言いたいことが
いっぱい詰まっているような役だった。
情熱的で、たたみかけるようなセリフに迫力がある。
坂東三津五郎さんは、
Tシャツとジャージ姿があまり似合わない。
着物姿を見なれているからかな。
猫背気味の姿勢に思い詰めた感じがよく出ている。

田中美里さんは
なんとなく不安定な妻(有里)を熱演している。
妊っている彼女は
年の離れた夫を理解しようとするあまり
逆に自分も暗い気持ちに陥ってしまうようなのだ。


下宿人の山西さんの人を喰ったシニカルさがいい。
彼の部屋は二階にあって、「高みの見物」している彼の
それでも人と繋がっていたい距離感が
よく出ている。
ふてぶてしい顔でうそぶくと、言葉とは別に
おかしみがほわん、と漂い出て
ふいと見ているこちらのテンションが緩む。


ころころ好人物風の酒井さん演じる小森は
真っ正直な真面目さが
余裕が無く危なっかしい感じを出しいた。
彼が埋めようとしている菓子箱の中味は
あらゆる「悲惨」だ、と彼は言う。

まるで“パンドラの箱”

突然怪しげに登場する片桐はいりさん。
テレビドラマで何度も顔を見ているのだけれど
舞台の姿にほんとにびっくりした。
声も立ち姿も思っていたより十倍以上きれいだ。
傾げる首すじやはにかむ姿態、目の輝き
スポットライトがいつも当たっているみたいだ。
蓮見田に迫る場面も、切なくてしかもコミカルだ。

バランスボールに乗っている蓮見田はほんとに不器用そのもの。
自分の思いこみと介護の疲れで
「妄想」を起こしてしまったのだろうか。

それなのに、ちょっと気持が落ち着いたら
(舞台の照明がやや明るくなったようだった)
考えなしに、小森の置いた「箱」を開けてしまう。

その瞬間にはなんにも起こらない。
だが、舞台に紗の網が降りてきたように
漂う雰囲気が暗くなる。


蓮見田兄弟の悩みも、小森の悩みも
とても若々しい。
世界の中心に「自分」が居るような悩みだ。
ところどころで笑い所はあるのだけれど
もうひとつ、流れに乗っていけなかった。

お芝居を観るのは、伸び伸びしたいからだ。
だがこの「砂利」はほんとにご飯に入った砂粒のように
がりりと歯にひっかっかるのだ。
演じている役者さんたちは熱くてとても魅力的だ
なのに距離を感じるのがもどかしい。

年のせいかな、
心の中にわけいる劇よりも、
無心に眺められるお話のほうが
あたまもからだも休まるようになったのは。


2007年7月27日(金)午後7時開演
場所*青山スパイラルホール3階

劇団ダンダンブエノ公演

『砂利』

【スタッフ】
作:本谷有希子
演出:倉持 裕
音楽:ハンバートハンバート

【キャスト】
坂東三津五郎:蓮見田
田中 美里:有里
片桐はいり:際
酒井 敏也:小森橋
山西 惇:戸所
近藤 芳正:孝生

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2007.08.14

岩洩る水の…「たまかづら」

前シテが橋がかりを歩む
若くて美しい女である。
白い水衣が清らかで、左手に水慣れ竿を持っている。
こんな山あいに、と驚くが
女は川舟に乗ってきたのだと言う。
小袖に散る花の模様は、ざっくりとおおぶりである。
水衣からこぼれるのは白と金の模様の下の衣。

長谷寺に詣でる僧は森さんである。
朗々と謡い上げる声は健在、さらに貫禄充分になられたようだ。
お囃子がすごい。
「笛吹童子」の一噌幸弘さん
亀井広忠さんはきりりと高い音を出して応える。
小鼓は年かさだが力強い曽和正博さん、
地元ではあまりお目にかからないので
熱心に耳を傾ける。
お囃子の音楽が織る編み目が太いので
逆に耳を加減して聴いていたくらいである

このセルリアン能楽堂は渋谷駅からすぐ、
一流ホテルの地下という恵まれた立地条件
残響が大きくてコンサートホールのようだ。
照明が明るめである。
わたしの座った席からは、面がへんにてかってみえる。
照明の関係なのか、よくわからないが
面の表情が見づらい場面があった。

前シテがすうっと見所をみわたす。
紅葉した初瀬の山々を眺める所作である。
この一瞬は、いつもどきりとするほどうつくしい。
声はつややかでやや強め。

水衣を着て川舟に乗っているのは
彼女が九州から早船でのぼってきたことと
関係しているのかもしれないと思った。
そのくだりは地謡がさらりと謡い過ぎる。


長谷寺は春は牡丹で有名である。
冬は寒さのきびしい山里、
だからこそ、観音の霊験はあらたであろう。

僧をお堂に導いて女は傍らで手を合わせる。
ゆるやかなに合掌する手、真摯な祈り
懐に挿した扇の紅が白い水衣に映える。
面から若々しさがこぼれんばかりだ。
切れ長の目の愛嬌のあることはたとえようもない。
「我が名は…」と僧に告げて女は帰っていく。
この女人の真の姿はいかばかり輝かしいかと
思いつつ背中を見送る。

里人の長めの語りが終わり
高野さんが狂言座に戻る。

少しうつむき加減で現れた後シテは
前シテよりいくぶん年かさな感じがする。
しっとりと落ち着いた顔立ち
面が変わったのだろうか、と思うほどの変化である。
着けている花模様の小袖、
前シテのときより、花はみっしりと咲き連なり
地色は穏やかな銀色にみえる。


「源氏物語」の中で、
玉かづらというひとは、とても理解しにくい女性だった。
母の夕顔は、はじめのほうに登場するので
よく名前もきき、一生懸命に読んでイメージも
膨らむのだが、その娘が本編に姿を現すのは
光源氏が中年になってからである。
少し興味が出たのは、田辺源氏を読んでからで、
「鄙に育ったけれど美しく
母よりはよほどしっかりと手応えのある」ひとなのだ
とは田辺さんの本から得た心象なのである。
そんな賢い彼女が「狂乱」するとは思えなかった。
さいわい、この公演には
馬場あき子さんが解説をしてくださり、
光源氏と玉かづらの情の行き交いを
わかりやすく教えて下さった。


彼女は源氏に対する仄かな思いに蓋をしたままで
養女として、宮仕えに出ることとなる。
しかしその前に髭黒大将の強いもとめによって結婚した。
結婚した後も源氏との絆は切れることなく
「若菜」では娘分として源氏の「賀」を祝った。
想像するなら紫の上に後れた晩年の源氏に
何くれとなく心配りしたのは、彼女だったのかもしれない。

おとなになった玉かづらが我が身を振り返ったとき
自分の地位も教養も名誉も
つまりは現世の幸福は、
あれほど一時は厭っていた
源氏に負うところがほとんどだったと知るのである。
都の上流階級のなかで人交わりするためには
六条院の後ろ盾と、源氏の教え(歌も楽も)が
あってこそだったということを。
六条院の暮らしのなかで磨かれた結果として、
彼女は幸せになり、たくさんの子を産んだ。

この物語では
薄幸なひとは不思議に子どもにめぐまれない。
(夕顔、葵上、六条御息所、秋好中宮、そして紫上
…子どもの数はすくない、かいないのだ)

また夕顔の娘の玉かづらは
ほんとうなら紫上と並んで
源氏の最愛のひとであっってもおかしくない。

ただそうなるには源氏は年が行きすぎていたし
若すぎる妻として女三宮がいた。
だから彼女の居場所は
“理想的な娘”だったのだ。

しかし血の繋がった親子ではない。
そこには微妙な揺らぎとずれがある。
長い間かかって凝った想い
そのむすぼほれが彼女の「妄執」ではなかろうか。
たとえるならば、はげしくはないがぼうっと
熱を出さずに輝く、蛍に似たものに。

彼女が繰り返し思い出したのは
あの「蛍」の巻の情景なのだろう。
青いあかりに照らされて
几帳に浮かび上がったじぶんの影。
黒髪のひとふさを左手に持ち、彼女は歩む。


後場はたいそう短い。
舞わずカケリで舞台をひとまわりし、
すぐにキリに入ってゆく。
強く美しい詞章と舞いがたいそう印象的である。
激しいこころを舞ってのち
左手に持った扇で顔を半ば隠す。
「かげもよしなやはずかしや」と。

ほのかに語られる「よしなや」という言葉
まるで式子内親王の歌のようだ。
それにつづけて「恥ずかしや」と謡い止めて
彼女は妄執から自由になるのである。

ひとたびだけ、秘めた想いを口にだすことによって
彼女の心は悟りの静謐に包まれる。
一度だけでよかったのだ、聴いてくれる人があるならそれだけで
こころはまるい玉のような穏やかな輝きに満ちる。


ゆるやかで、情趣を舞うようなこの曲は、
地の底にあるこのように現代的な能楽堂より
深山の神さびた神社の舞台でこそ見たいものだ。

初夏には山吹が黄の花をつけ
藤の花房が枝垂れているであろう
そんなところで 観たい。

2007年7月28日(土)
セルリアンタワー能楽堂 定期能7月公演-喜多流-
第1部午後1時00分開演

解説:馬場あき子

狂言『昆布売り』
大名:野村 萬斎
昆布売:破石 晋照

能『玉かづら』

里の女/玉かづらの内侍の霊:友枝 昭世
旅僧:森 常好
里の男:高野 和憲

笛:一噌 幸弘
小鼓:曽和 正博
大鼓:亀井 広忠

後見:中村 邦生/佐々木 多門

地謡
粟谷 能夫
粟谷 明生
長島 茂
狩野 了一
大島 輝久
金子敬一郎
友枝 雄人
内田 成信
※喜多流と観世流では曲名の表記が違うので
その部分は仮名にしました

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2007.08.09

レ・ミゼラブル(ああ!無情)

むかし聞いたことがある。
「今日は帝劇、明日は三越」
順番は反対だったかもしれないが
銀座といえば、こどものころは憧れの地名だった。
その帝劇に行くべし、ということになり
同じ泊まるならいっそ
「帝国ホテル」に泊まってやろう、とまことに
無謀な旅とあいなった。

地図で調べると歩いても大丈夫な距離、
道もわかりやすそう、
それでは一泊朝食付きを申し込む。
もちろん旅行社の目玉ツアーである。

その帝劇
山手線有楽町駅から徒歩五分、
入り口から皇居のお濠が見える。
入ってみるとホールはけっこう狭い。
ロビーの片隅に菊田一夫の胸像があり
わたしにはやたら懐かしいのだが
若いひとたちは知らないだろう。
ラジオの「君の名は」をうっすら覚えている世代だから。

一階も二階もきっちり満員である。
若い人と年配者と半分づつくらいの客層。
ミュージカルは何度目かな、あまり得手ではないので
かえって気楽にみられそうだ。
古い劇場のせいで座席も小さく通路も狭い。
偶然通路側の席でよかった。

二階ながら舞台が全部見渡せるほぼ正面の席。
舞台はそれほど幅広くない。
場面転換は回り舞台を使ってすばやく行われる。

全編音楽劇
地のセリフが無い。
それが意外に聞きやすい。
生オーケストラで
アリアが歌い上げられると拍手、という流れ
慣れるとなかなか楽しい。

原作の「レ・ミゼラブル」は
少年少女向きのものなら、読んだことがある。
それで分かるかしら、と心配したが
筋書きはほぼそのとおりで特に前半はまったく問題なし。

「たった一斤のパン」を盗んだだけで罪に問われ
出所しても差別されるジャン・バルジャン
実のない男にだまされて転落するファンチーヌ
強欲なテナルディエ夫婦にこき使われるコゼット

若々しいバルジャン(橋本さとし)の歌に感心し、
ジャベールも若いなあ、と
あれこれ品定めしながら見る。

ミュージカルはコーラスと違って
(たぶんオペラとも違ってるだろうな)
きっちり音程と音色を揃えなくていいようだ。
色んな声があり
「うまい」かどうかより
劇の雰囲気にぴったりしているかどうからしい。
メロディはわかりやすく
何度かきけば歌えるかもしれない、と思われた。

休憩時間はたっぷりでおおいに助かる。
一階に下りて満員のひとをかきわけて
「ミュリエル司教の部屋」のセットを見に行く。
また、出演者の色紙が柱に貼ってある。
こちらは携帯電話で写真を撮って保存した。


後半のセットはバリケード
大きな赤旗がひるがえっている。
バルジャンとコゼットが住んでいる修道院と、
このバリケードが交互に前面に出る。
時代背景がおぼろげだから
よく理解できない部分がある。
知ってたらもっと面白いだろう。

青年マリユスはアンジョルラスたちと
このバリケードにたてこもっている。
マリユスがコゼットとであう場面はまるで」
「ロミオとジュリエット」とそっくりだ。
後半の見どころは、二人の恋模様もだが、
勇敢なアンジョルラスや
「弾丸ひろい」をする少年ガヴローシュたちである。
またジャベールは警察のスパイとして登場する。
ガヴローシュ少年に正体を暴かれたジャベールを
バルジャンは「自分が責任を持って“始末”する」と
申し出る。

バルジャンにとっては
「長年の恨みを晴らす好機」だから
殺されるに違いない、と腹をくくるジャベール。
ところがバルジャンは彼を逃がすのだ。
このことで混乱してしまったジャベールは
河(運河かしら)に身を投げて自死するのだ。

テンポよくさくさくと進んでいくので
お話を追うのに精一杯だ。
マリユスに片思いするエポニーヌが可憐。

全体に役者さんが若い。
ジャベールとバルジャンは年を重ねても
ちっとも老けない。(声も)
そのあたりがちょっと
などと、足りない部分を数え上げてしまうけれど
見ているときは愉快で楽しく
アンコールの拍手にも力が入った。

もともと橋本さとしさんを
見るのが目的で来たのだ。
出番も歌も多いし、歌も聞けて充分以上に大満足。

おどろいたのは島田歌穂さんが歌い出した時だ。
彼女が演じるエポニーヌの
切ない思いが二階席までちゃんと伝わってくる。
マリユスに頼まれて、
コゼットに手紙をわたしに行く場面では、
「鈍感男」のマリユス君が嫌いになった。


生の音楽はよかった。
「そこ」で音が鳴っている臨場感は
録音したものを大音量で流すよりはるかによい。
一曲歌い終わるごとに拍手が起こるのにもすぐ慣れた。

終わったあと夜食確保に地下のコンビニへ。
ホテルで何か食べるのは気後れしそうだからだ。
楽屋口がどうもその付近のようで
手に手にパンフを持ったわかい女性がたくさん立っていた。
どこから階段を上がればいいのか通路で迷い
歩いてきた三人組の若いひとに
正面玄関前まで連れて行ってもらう。

宿まで徒歩十分
お濠に沿って歩けばすぐ。
お茶を飲む時間も、長風呂する余裕もある。
終演が遅れてもこの距離だったら大丈夫だ。
すっかり味をしめてしまって、こっそりつぶやく。
今度、泊まりがけでお芝居を観に行くときは
できるだけ劇場の近くに泊まろう。

【日時】2007年7月12日(木)
【会場】帝国劇場


【スタッフ】
作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
原作:ヴィクトル・ユゴー
音楽:クロード=ミッシェル・シェーンベルク
潤色・演出:ジョン・ケアード/トレバー・ナン
指揮:塩田 明弘

【キャスト】
橋本さとし:ジャン・バルジャン
今 拓哉:ジャベール
島田 歌穂:エポニーヌ
シルビア・グラブ:ファンテーヌ
菊池 美香:コゼット
石川 禅:マリウス
駒田 一:テナルディエ
田中 利花:テナルディエの妻
岸 祐二:アンジョルラス
高橋 りか:リトル・コゼット
佐藤 瑠花:リトル・エポニーヌ
横田 剛基:ガブローシュ

伊藤 俊彦:グランデール
清水 裕明:クールフェラック
横田 裕市:ジョリ
近藤 大介:コンプフェール
松原 剛志:フイイ
港 幸樹:司教/レーグル
丹宗 立峰:パベ
藤田 光之:プリジョン
上野 聖太:プルベール
田中 裕悟:モンパルナス
梶 雅人:クラクスー
わたりあずさ:質入れ屋
清水 彩花:マテロット
浅野実奈子:ファクトリーガール
歌納 有里:ジベロット
井上 珠美:マダム
穂積 由香:少年1
吉岡 里奈:少年2
亜久里夏代:かつら屋

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2007.08.07

長~い長~いタイトル

劇団新感線:夏のチャンピオン祭り
「犬顔家の一族の陰謀
~金田真一耕助之介の事件です。ノート~」
なんとも長い題です。
この題名を読むときからもうお芝居の世界に招かれてます。
しかし、お、覚えられないよ。

天神祭が始まった大阪に、暑い暑いと言いながらでかけました。
川にかかる歩道橋、風はなまぬるかった。

横溝正史の「犬神家…」が下敷きですから
探偵はもちろんあの「金田一」さんなんですが。

この舞台では、
フケだらけのもじゃもじゃ頭のよれよれ袴の
汚~い 「金田真一耕助之介」となってます。
(カネダシンイチコウズケノスケと読むんだってさ)
耕助之介って、音だけだと「上野之介」(忠臣蔵)みたい。

演じるのはクドカンこと宮藤官九郎さんです。
針金みたいにか細く
ふわふわとしててつかみ所がない感じが
新感線の役者さんたちの「濃さ」とうまくマッチしてました。
イチオシです。

客席を走り抜ける場面が何度もあって、
「ううう反対側の席なら近いのに」と悔やみましたわ。
指定席、どこになるかは思い通りにはなりません。

新感線の右近さん(ウコリン)がオペラ歌手ふうに
「千の風にのって」のパロディをノリノリで
わっと拍手でました。うまいです。

古田さんのフランス帰りの“デザイナー”   
尾崎キヨヒコ風もみ上げの演出家役の
池田成志さん、ふたりとも貫禄です
(年期の入った胡散臭さ)
なにせ、池田さんの演出してるミュージカルが
「ドッグス」だって。(「キャッツ」なんでしょうね)

コメディはちょっと苦手意識があるのですが
かるく三時間、気分上々で楽しみました。
長いから腰は凝りましたが。

どたばたと小ネタが次々に炸裂するんですが
取り立ててストーリーがあるわけではないです。
場面ごとにお気に入りの役者さんが
ふんだんにコスプレして出演、というのが楽しいです。

時々大画面に映像が映るんですが
新感線はこういう作りが実に上手だな、と思いました。
画面を見ている間に場面が転換するのですが
大音量の音楽が流れています。

橋本じゅんさんが二役、ということだったので
ずいぶん楽しみにしていたのですが
出演場面が少なかった。
そしてどちらも“笑いを取る”役どころです。
「濃い」けど短い。
はじめは「犬顔家の当主」役。
危篤なのに、突然ダンスを始めてしまう
けっこう困ったおじいさんです。
あれあれ、というまに事切れておしまい。

もうひとつは
「犬顔家が信仰している神社の神主」さん
年のせいか反応がかなりとんちんかん。
こちらのほうが、ボケありで楽しむ時間がありました。

でももうちょっと出番が多ければ、
じゅんさんの多彩な笑いのエッセンスを
たんのうできたんですが、
登場人物もパロディも多すぎるんです。

お笑い系に詳しければもっと面白かったにちがいありません。
まわりのひとが笑っているのに
ついて行けなかったことも度々でした。

話はあっちにいったりこっちにいったりで
時々小ネタがバン、と炸裂します。
むかしの新感線まつりの舞台、
DVDでしか見たことないのですが
同じ感じでした。
こういうのはやはり前のほうで見たほうが盛り上がります。
まあ、一階だから良かったんですけど。

今回、おおっと思ったひと
逆木圭一郎さん、着ぐるみが愉快なのと
声が渋い。(ミステリアスな低音です)
勝地涼さん、若いっていいなあ、とため息がでるほどの
活きの良さ。
劇中劇の桃太郎役が絶品でした。
木野花さん、むかしから名前は知ってたけど
歳は知りませんでした。
パンフで同じ年代だと知り、さすがさすがと感無量。
ン十年の貫禄ですわ。
よし子さんにかな子さんに聖子さん、
女優陣も健在でした。

新感線のパンフレットは、いつも大きくて持ちにくいんですが
今回のはお値段はいつも通りでした。
が、装幀が小ぶりで色合いも地味、
開けてみると字が結構多かった。
昔懐かし「帳面」仕立て
「…です。ノート~」だから。
このくらいのサイズがしまう時に場所とらなくていいのです。


東京ではもっと「進化」するそうですが、
残念ながら、一度で諦めます。
池袋だそうで、全く知らない街に行くのは
すごいエネルギーが必要なのです。
基本的に「秋冬」人間なので、夏は駄目なのです。

お祭りだ、ということでがんばりましたよ。
花火大会を指定席から見てるみたいな気分でした。

2007年7月25日(木)
シアターBRAVA!
劇団☆新感線2007年夏休みチャンピオン祭り
犬顔家の一族の陰謀
~金田真一耕助之介の事件です。ノート~

作・演出:いのうえひでのり

<犬顔家>
木野 花:太郎子
村木よし子:柴子
磯野 慎吾:助比代

高田 聖子:次郎子
古田 新太:ロベール
河野まさと:助垂
保坂 エマ:エマニエル

山本カナコ:三郎子
池田 成志:大
右近 健一:助焦
中谷さとみ:ちわ子

橋本じゅん:助佐衛門助介

勝地 涼:野見山玉男

粟根まこと:粟館弁護士
インディ高橋:糠橋、保地田
村木 仁:太土木刑事
小松 和重:小松巡査
逆木圭一郎:敗地大五郎

橋本じゅん:犬滝神官
吉田メタル:吉田先輩
川原 正嗣:黒井
前田 悟:猿兵衛
中谷さとみ:大地マヤ

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2007.08.03

耐えるひとのすがた…「満仲」

「邯鄲」をみた五月には
まだ体調が充分でなく、舞台がはるか遠くに見えた。
この日の喜多能楽堂の公演も
ぎりぎりまで迷っていたが
決心すると嘘みたいにすっきり目が覚めた。
目黒の駅でもたついて焦ったが
開場前に着くことができ、ほっとした。

席も近くはないが正面席
いつもお世話になっている地元のかたとご一緒できた。
ほっとして楽にお能をみることができた。

まったく初見の「満仲」
友枝さんの直面のお能は「安宅」に続き二度目である。
直垂姿でかしこまる姿がうつくしい。

彼(仲光)があるじの前にかしこまる。
何度も何度も同じ型が繰り返されるのに
はなしが進むにしたがって
時々の意味あいが違って見えてくるから不思議だ。

とくに友枝さんの舞台はいつも
こころにしみる。
疲れていて気持に余裕がないとからだが硬くなって
お能に参加できないのでつらい


「満仲」正確には源満仲
摂津源氏の棟梁の名である。
シテはその乳兄弟の仲光で
主従ではあるが
あるじの心を我がことのように理解できるあいだがらだ。
また子の幸寿とと満仲の子美女丸も同様である。
二代に渡る堅い絆
仲光はあるじに忠義を尽くし、美女丸の養育も兼ねている。

満仲役は中村邦生さん
落ち着いた雰囲気のかたである。
そのしずけさがこの劇を緻密なものにしている。

期待をかけているのにそれにこたえない息子に
満仲はきびしい。
ついに腹立ちのあまり仲光に
「あんな子供は子とも思わぬ、討ってしまえ」と
言いはなつ。

聞いた仲光は
あるじの命令に驚く。
一時の気の迷いだとわかっていても
命令に従わないわけにはいかない。
とりあえず若君の美女丸を怒りが鎮まるまで
身を隠させようと思った。

しかしあるじは「証拠」を見せよというだろう。
苦しんでいる父に我が子の幸寿は
「わたしが若君の身代わりに」と申し出る。

仲光は苦しみ悩む。
うつむくいている型に彼の思いがこもっている。

ついに太刀を抜く。
一閃する刃の鋭さと速さ。
激しい音をたてて倒れたのは幸寿だった。
仲光は若君を逃がすために我が子を手にかけたのだ。

さて、夜に紛れて我が子の首を若君のものとして
あるじに示したあとしばらくして
満仲は彼に告げる。
「美女丸に代わる息子をもたない我であるから
そなたの息子幸寿を、跡継ぎとして迎えたい」と。

どう答えればよかったのだろう。
両手をつかえて頭を下げ、
「幸寿はあまりの悲しみに行き方知れずになりました。
わたくしもお暇をいただいて出家したくおもいます」

そこに突然
恵心という名の僧が美女丸をともなって訪れる。
お話も後半になって初めてワキが登場する。
とても珍しかった。
恵心とはたぶん、浄土教をはじめた、恵心僧都源信であろう。
満仲は都に住んでいたし、
修行するには比叡の山であったろうから。

それまでの緊迫したやりとりから、雰囲気が変わって
第三者の立場から
恵心は美女丸を預かっていることと、
それが仲光のはからいであることを告げる。
恵心の役は宝生閑さんで、
おなじみの枯れた声が響くと舞台に不思議な安心感が漂う。

かれのとりなしで
満仲は美女丸を許す。
(おもてには出さないが、短慮な命令を出したことを
悔いているにちがいない)
さらに恵心僧都は、
「舞いを舞いなされ」と仲光に言う

あるじと美女丸が仲直りできたのは嬉しい。
仕える身であるから仲光は「寿ぎの舞い」を見事に舞う。
短い舞いだが美しい。
しかし我が子を喪って
これから彼はどのように
生きていけばよいのか

身代わりの話って
歌舞伎や文楽にもあった。
おなじみの筋書きなのに、
友枝さんがなさると
その悲しさに気持が引き裂かれるような気がする。
仲光のつらさかなしさが
まっすぐに舞台から届いて
見ているものの心もせつなくなるのだ。
終わったあともしんみりとした余韻がただよう。

それからの仲光は
変わりなくあるじに仕えつづけるだろう。
出家ののぞみはいつもあるが。
これからの生において
むかしのことを息子に語る時間はなく
むすこが父を思いやる場面もない。

淡々と日々を過ごす、彼のこころの中に、
あの一瞬ひらめいた
白い光を閉じこめた部屋があるはずだ。
なくなることはなく、開けられることもなく
ずっと。

お囃子は渋かった。
笛も大小もよい具合に音が枯れていた。
(一噌仙幸さんの笛 好きです)
情に流れない音の網が
ふわっと舞台をおおっている。

喜多流職分会 六月自主公演能
平成19年6月24日(日)11:45開始
於 喜多六平太記念能楽堂

仕舞
雲雀山 佐々木多門
船橋  大島 輝久


シテ・藤原仲光:友枝 昭世
シテツレ・多田満仲:中村 邦生
子方・幸寿丸:友枝雄太郞
子方・美女丸:狩野 祐一

ワキ・恵心僧都:宝生 関

笛:一噌 仙幸
小鼓:大倉 源次郎
大鼓:亀井 忠雄

後見:高林牛口二、長田 驍

地謡:
粟谷 能夫
粟谷 明生
長島 茂
佐々木宗生
大島 輝久
狩野 了一
金子敬一郎
塩津 圭介

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