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2007.12.01

みやまに棲む“もの”…「山姥」

数年前に観た「伯母捨」は
山の中に置き去りにされた老女のはなしだった。
こんなにうつくしい媼が居るのか、と驚いた記憶がはっきりとある。

「山姥」も山の中で起こるはなし
しかしこちらのシテは“人”ではない。
大曲で長いと聞いていたので、
始まる前から緊張気味だった。

席は最前列の右端、目を挙げると揚げ幕の中まで見通せる。
地謡とワキの背中を見る位置だ。

  都の遊女「百万山姥」が供を連れて旅をしている。
  信濃の善光寺へ参ろうと。
  山の中で急に日が落ち途方に暮れているところへ
  中年の女が宿を貸そうと呼ばわる。

  女はなぜか遊女のことを知っており
  「山姥の舞」を見せてほしいと言う。
  山のことを語り、山姥であることも明かし、
  夜もすがら謡い続けてくれれば
  「まことの我」を見せようと言って
  しずかに姿を消し去る。

  待つ人々の前にあらわれたのは
  白髪で杖をつき、おごそかな姿の“もの”であった。
  ひとのようでいてひとではなく
  ゆるやかに舞った後…

まずはじめに揚げ幕からあらわれるのは、
ツレ(百万山姥)とワキ(従者)である。
都から長い道のりを旅してきて
やっとひと息というところのようだ。
さばさばとした閑さんの語りが演劇的。

前シテの出から、わけありげな感じがする。
装束は地味な色無小袖。
下の衣はしっとりとした茶で
襟の裏はそれより濃い。この二色の濃淡がいい。
小袖は寂びた青地と金地の段替わりで、
ひとつづつの方形が大きめ。
袖のあたりで四角が斜めに畳まれてとてもすてきだ。
すっと座るときの風情がゆかしい。

遊女が問いにこたえて話しているときに
女はずいと膝を乗り出して問い詰める。
あなたは「山姥の舞」を舞うけれど
山姥について何を知っているというのか、と。
きりっとした面差しの美しさにうっとりする。

その迫力に一行はのみこまれ
いずまいを正して夜を待つのである。


後シテが幕を出る。
輝く白の下の衣、
くっきり鮮やかな緑に白の線が入った上の衣
(長絹なのかそうでないのか)
ところどころにぽたりぽたりと
赤と橙の色が紋のように落ちている。
山々のみのりのように。

長い髪、雪白にして滝なす髪
その白さのなかの面ざしは、
威厳があるのに、またふと優しげな風情もある。
なんともつかまえどころがないうつくしさだ。
前シテのときよりも、はるかに背が高く見える。


謡は最初から最後まで強吟である。
情におぼれぬ謡であり、
舞もまたおおきくかつ端正である。
山姥が舞いすすめるにつれて能楽堂のなかに、
不思議な空間が広がる。
それに誘い込まれ、眠るでもなく起きるでもない時間が過ぎる。
いや過ぎるのではない。
つかの間でありつつも、永い時をさまようような
超越した「とき」のなかに居るのである。

鹿背杖にはみずみずしい色合いの木の葉が生えている。
山姥がふいと折り取ったままの姿だ。
やや短めの杖を、ゆっくり突いて歩む。
その音が、さらに眠気をさそうようにかつん、かつん、
と精確に鳴る。
強くも弱くも、自然のリズムに合った舞だ。
時おりかざす扇は金地に緑、深山そのものである。

ゆうるりと帰る後ろ姿を眺めて気がつく。
山姥のゆくて、揚げ幕の中には
さらに濃く深い山が続いている。


なのに、夢から覚めて、遊女の一行が踏みしめてゆくのは
つまり彼らが帰る揚げ幕の向こうは、
善光寺への山道なのだ。
あきらかにひかりも空気も違っている。


きょうのお囃子は年配者ぞろい、
とりわけ柿原さんの大鼓がよかった。
かぁん、かぁんと鳴る音色は山のこだまのようだった。

北村さんの小鼓も枯れ具合がなんともいえず
一噌仙幸さんの笛は、
やや肉厚な質感が山の不思議にふさわしい響だ。


風景と渾然一体となって、山の花を、月を雪を
その時々に楽しむ、
そんな山姥のこころもちに包まれて曲が終わる。

旅の一行の袖がひらひらとひるがえる。
彼らもわたしも同じように、放心して
うっとりと山姥の舞いを見ていたのだ。

山姥とは何なのだろう、という
見る前の疑問は、すっかりどこかへ行ってしまい
清らかで明かるいみどりの薫りが残った。

2007年11月4日(日)
於 国立能楽堂  午後一時開演
「友枝会」 『山姥』

シテ: 友枝 昭世
ツレ: 佐々木多門
ワキ: 宝生 閑
ワキツレ:大日方 寛
ワキツレ:御厨 誠吾

笛:一噌 仙幸
小鼓:北村 治
大鼓:柿原 崇志
太鼓:助川 治
地頭:香川 靖嗣

 ○能「巴」
  かっちりと武者振りの凛々しいシテだけに、
  鎧を脱いで落ちてゆくときの一変した哀れさが沁みる。

 ○狂言は野村萬さんの「杭か人か」。
  口ばっかりでこわがりで役に立たない、
  そこいらに居そうな太郎冠者、剽軽で憎めない。

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