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2007.12.25

赤地の錦…「実盛」

会場はぎっしり満員で
酸欠になるかとおもうくらい。
大丈夫かなあ、と体調の悪さを心配していたが
虫の知らせは当たるもので、演能中ずっと息苦しい。

脇正面の橋がかりそば、が指定の席で
救いは揚げ幕から舞台まで、友枝さんのハコビを
手の届く近さで拝見できること、だったのだが…

後ろにパイプ椅子を並べるだけでは足りなかったとみえて
わたしと橋がかりの間に、さらに丸椅子が置かれ、
シテの衣擦れの音しか聞こえなかった。

静かに歩みをすすめる老人は
ほんのりと微笑しているように穏やかな面差しである。
最初のうちは声が低く、
その響きは、この世の者ならぬ気配を感じさせた。
いつもの友枝さんより小柄にみえ
それが武者の老いをあらわしているようだった。

ところがわたしは、
ワキの上人とのやりとりが続くうちに
激しい眠気に襲われて
必死にこらえたがうまくいかず。

アイが語りを終えて立ち去るあたりまでの舞台は、
切れ切れにしか覚えていない。
さすがにシテが幕に入るときには
不思議にぱっちりと目が開いたのだが。


篠原で遊行の上人が説法をしていると
そこに余人にはみえぬ老人が毎日やってきて話しを聞く。
気になった上人は、ある日人払いをして
その翁と向かい合い、
「あなたはいったい誰なのか」と問う。
彼はほのかに微笑んで
「むかし、ここで戦があったとき、討ち死にをした
斉藤実盛というものでありますよ」と答える。
木曾義仲との合戦で、命を落としたかれの
華麗な出で立ち、勇壮な戦いぶりを語った後、
「後世のとむらいを」と頼んで消え失せる。
ここはかれがの首を洗った池のほとりであった。


後場のシテは、白髪を肩に梳き流し、
陽光を集めた色合いの法被を肩脱ぎにしていた。た
まるで若武者のように美々しい装束だった。
小袖の袖に波うち返し、大口はおちついた浅緑。 

小柄で柔和な顔つきは変わらないが
さすがに戦場に赴くすがたであるので
姿勢も型も打って変わってきりっと鋭い。

蔓桶にかけて物語る、その背中も腰もすこしも動かない。
わずかの動きに微妙に面が照りくもる。

討たれた首は義仲の前に差し出される。
「坂東なまりの武者なれば、
さだめし斉藤別当であろう」と義仲は思うが
幼すぎ記覚えがない。
郎党の兼光を呼び首をあらためさせる。
このくだりの謡が圧巻である。

実盛なのは当然として
義仲にも兼光にも、さらには討った男にも、と
どの人物にもシテはなるのだ。
その目眩きがまぶしい。

すらりと扇をひろげ
立てて静かに水を注ぐ。
するとみるみる黒い水が流れて
黒髪は白髪に変じる。

なんとうつくしく手先が伸びるのだろう。
その一瞬を切り取る所作が、消えずに眼の中に焼き付く。
これまで見た友枝さんのお能の光景を
大切におさめてある場所に。

去年の「三輪」をみたときにも思ったことだが、
お囃子は遠くに引いてしまったようなのだ。
笛だけが、天空を舞う鳥の遠いすがたのように
ゆるやかに漂って、おりおりに降り下ってくるのだが。

シテがきわ立って、そこに光が当たっているようだ。
みごとなお能だからそれでいいのかもしれない。
「三輪」のシテは神であったし、
彼実盛は、鮮やかに、華やかに、死ぬことだけをめざして
この篠原で、たたかったのだから。

ならば彼がたましいとなって
かくも長い間、この篠原にとどまっていたのは
いったい何のためだったのか。

義仲に会いたかったのだと告げるためなのかしら。
それは誰にも語られなかった、彼のひそかな思いだ。
主命に逆らって乳飲み子を
しるべの男に預けたときは
ただ哀れみからだったのかもしれないが。

時は流れ、二十数年の後に
立派に生い立った義仲の、武将としての姿を
ひとめ見てみたいと願ったのだろう。
たとえ首をとられても
若やかに染めた髪と髭のために
義仲が見るのは、若いときの自分の姿。
記憶にはなくても、わかってくれるはず…と。

戦の次第を語るしての、老いてはいてもきっぱりとした
すずやかさに宿る生き生きしたものを、
友枝さんはみごとに描き出していた。

世阿弥は義仲が好きだったのだろうか。
巴に思われ、兼平が殉じた男、
平家物語でもひときわ
あわれにもかなしい主人公のひとり。
その名を伝える後嗣はなく、
たたかいのさまを知るには平曲を聞くほかはなかった。

また、後世に生きて彼を愛したひととしては
松尾芭蕉が居る。
義経よりも義仲を身近に思い、
墓を義仲寺は木曽殿の塚の隣に定めた。

その彼が実盛のことを詠んだ句に
「むざんやな、兜の下のきりぎりす」がある

兜の持ち主であった実盛は、
温顔のままで橋がかりを帰ってくる。
その面からうける感じは「頼政」とは違って、
悔いのない明るさに満ちていた。


 2007年11月24日 午後2:00始め
      於 大槻能楽堂

能『実盛』

シテ   友枝 昭世
ワキ   福王 茂十郎
ワキツレ 山本 順三
     永留 浩史
アイ   茂山 忠三郎

笛  赤井 啓三
小鼓 横山 晴明
大鼓 河村 総一郎
太鼓 三島 元太郎

地頭 粟谷 能夫

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コメント

お久しぶりです。とてもいいお能だったと聞いておりましたので、korimaさんのブログ拝見できて、うれしくなりました。体力気力が失せ始めているときだったので、元気をいただきました。ありがとうございます。来年もよろしくお願いいたしまする!

投稿: つきのこ | 2007.12.26 10:34

こちらこそご無沙汰しております。
この一年は体調がいまひとつで、
舞台にとけ込めないときもしばしばありました。
それでも、友枝さんのお能に触れ続けていられることが嬉しいのです。
つきのこさんもよいお年をお迎えくださいませ。
また、同じ舞台を拝見できますように!

投稿: korima | 2007.12.27 18:48

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