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2008.01.21

江戸気分…新宿末廣亭で落語をきく

初めてみた新宿の伊勢丹は
けっこう年代のサビがついている感じで
これが、ファッションの最先端かいなあ、と微妙な気分。
入って中をみたい気もするが

いやいや今日の目的は
東京の寄席を楽しむことだ、と
横目に見ながら小路を曲がる。
するともう「末広通」で
「末廣亭」はすぐそこだった。

道幅も店の並びかたも、ごくごく普通の繁華街、
下北沢でも思ったが
ぴかぴか、高々でない街並みなら
おのぼりさんのわたしでも
緊張せずに呼吸ができる。

三千円也を払って戸を開けると
まだ昼席の途中。
きっちり満席だが
その狭さと古さに驚く。

能楽堂よりもぐっと庶民的。
下手にはまだ正月のお飾りがでんと座っていて
後ろで立ち見していても
演者の顔はよくみえる。
なんとありがたいことかしら。

「二階が開いているから上ってみましょう」
誘われて、はしご段をとんとんとん
右手に靴袋、左手に番組を持って。

長いすとキャンバス地の簡単椅子が置いてある。
うえから舞台を見下ろすのも「オツ」だね。
眼鏡をかけかえなくても
大丈夫かな、と目をこらしたが
やっぱり表情は見えにくい。
遠距離用に変えたのはいいが
こうなると下りるときに気をつけなくっちゃ。

小屋の雰囲気になじんでいないので
語る声が遠くに聞こえる。
繁昌亭とも色合いが違う。
(あちらは新築間もないので、
きらきらてらてらしているのである)

昼席のトリ前にはしご段をおりて
替わり目に席を取ろうと試みる。
入れ替えが無いからか、意外に立つひとが無い。
それでもやっと地元の友人が席を確保してくれて
座って食べながら聴こう、とこころみる。

膝の上では食べにくい。
映画でも舞台でも
袋がバリバリ言うのが気になるわたし、
いくら飲食自由でも
音をさせるのは気後れする。

いきおい一席終わった後に
そそくさと口に放り込むことになる。
「巻き寿司やおにぎりがいいのよ」
先輩のことばに納得がいった次第。

さて初めての江戸落語
なにかしら、懐かしい話題だなあ、と
演じるひとたちの顔を
しみじみ見れば
なんと皆さんずいぶんのお年である。

回りの客もこれまた、戦前生まれが多いような、
わたしなど、まだ若いほうに入りそう。
小さいころの記憶を総動員して耳をすます。

軍歌も一緒に歌ったし
「昭和天皇」のエピソードにもついていける。
「ヒタチノミヤ」さんは義宮さまだし、
話している落語家当人の顔が
似てるかどうかまでは判別できないが
間がまことによろしくて、吹き出すことしばしば。

まだテレビが白黒だったときに
見ていた三遊亭小金馬が
今は金馬“師匠”になって、
顔だちは昔どおりで、ひたいが広々、
髪が真っ白になっているけど
ガラガラ声は健在だ。

むかしの事を思い出すのはとても楽しい。
今のことよりずっとよくわかる(覚えている)からだ。
あちこちにぽつりぽつりとみかける若い人たち、
ちょうどわたしの子供の年代のかれらは
こういう噺がわかるのだろうか。

面白いものはちゃんと伝わるから
かえってその古めかしさが新鮮なのだろうな。
俗曲や傘回し、紙きり(切り紙)などなど
名人芸としか思えない。
こういう演し物は「色物」というのだそうだ。
拍手している間にトリの時間が来て

江戸落語の古老(なのかな、若く見えたが)
柳家小三治が登場する。
わたしにとっては
「この間、『ためしてガッテン』に出てたひと」である。

関西とは違って
面白いことを言ってお客を笑わせよう、と
いうふうではない。
おおきな声でも美声でもないが
ただとても聞きやすく練れた声だ。
間はとても長い。
息を止めているのも何だから
普通にすうすう息をしているうち、
このあたり前な感じって
なんか「不思議」だな、と思い始める。

彼は延々とうがい薬の話をする。
イソジンガーグル(これは私も使っている)から
ハチアズレ(アズレンなら知っている)のはなしに、
また蜂蜜が喉によいとか、湯冷めのしない
風呂の入り方を細々と。

そこから“陰陽”の説明になり、
陰の手つきは幽霊の手、
陽のそれはてのひらを上に、と
身振りも入ってすこしづつテンポがあがる。

明るい宗教、暗い宗教がありますね、と続き

たとえが
南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏。

前者が陽で後者が陰
このあたりでやっと噺にかかったそうだ。
(と後で教えてもらった)
外題は「小言念仏」
念仏だから「なむあみだぶつ」のほうである。
仏壇に向かって念仏を唱える年より(?)
唱えながら、いやみを言ったり指図をしたり、
物売りを呼び込ませたり、赤子をあやしたり

おおきな動作もなく
ほんのちょっとした視線の角度と
首のうごきで
目の前にありありと情景が紡ぎ出されてくる不思議、
ほうほう、と身を乗り出す。
さらさらという小言のなかみと言い方、
お腹をかかえて、ではないがやたらにおかしい。

噺家が高座から繰り出す
細い糸の網のようなものが
客席にふわりと投げかけられ、
それが引かれたり緩んだりしながらマクラがすすむ。

すっかり気分になじんだ客が
うふふ、くすくす、あはは、と笑い、
ほどよく笑いがこなれていくほどに、
網はどんどん細やかになって、
その噺の色に染め上がってくる。
話す人と
客と
建物が
いっしょにつくりあげた空間の織物は、
できあがってやがてほわほわと広がり溶ける。

どんなサゲであったのか覚えていない。
気持ちよかったな、とほの温くなって帰る。
血が沸いたりしないのが
寄席の良さかもしれない。
じわじわじわじわ
幾日経っても、感覚ははっきり残り、
きっとずうっと
イソジンガーグルはやめて
「ハチアズレ」でうがいしようと思うだろうな。
渋くて楽しい小三治だった。

こちらの繁昌亭にも
また違いを楽しみに行きたい。
梅の咲くころまでには。

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コメント

体調を整えてまた行きましょう。こんどは伊勢丹のデパ地下もコースに入れてね。あと池袋も是非!

投稿: ginsuisen | 2008.01.21 21:36

丁寧に寄席の楽しさを書いていただいて、もう一度思い出しています。
所謂”名人芸”を感じさせないのにうっとりさせる。ホントの名人芸かもしれません。
ライブの良さに取り付かれると怖いです。まさに一期一会ですものね。

投稿: saheizi-inokori | 2008.01.22 15:43

お江戸にての初寄席体験
おふたかたにはお世話になりました。
ハネた後のTEA・TIME
楽しかったです。
そんなこんなぜんーんぶで「寄席」なんですね!
ライブ好きの「血が騒ぎ」ます~

池袋!行ってみたいです。
また風景も小屋の感じも違うのでしょうね。

投稿: korima | 2008.01.22 21:17

今読み返して懐かしく思います。

投稿: 佐平次 | 2011.06.11 10:09

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