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2008.03.22

花の雪散る…「小塩」

お能をみていると
色々な業平に会える。
妻の嘆きを通して面影をみる「井筒」
すらりとした姿と色合いに
偲ばれるひととしての「杜若」
そしてこの「小塩」

前の二つは直接に業平本人は登場しない。
だからこそこのお能が楽しみだった。
国立能楽堂の催しは
パンフレットは別売りだが、詞章と解説
番組まで載っているのがありがたい。

ところは西山大原野、
花見にきた町の男たち、
群衆の中にみっしりと重たげに花をつけた
桜の枝をかざした老翁と出会う。
やわらかな黄味がかった上の衣(水衣?)
下の小袖は濃い茶色で、
しぼがある生地が深い色合いである。

始めから、お囃子が凛々と耳をうつ。
大小の鼓
大倉源次郎も亀井広忠もちから強い響きだ。
配する笛は、一噌仙幸
駘蕩としたやわらかな音色である。

群衆のなかできわだって品のよい老人だから、
都の男が「風流なかただ」と驚くのも無理はない。
ワキは宝生閑、
いつもの旅僧の姿でないのが新鮮、
かぶりものがないとごく普通の市井のひと。
さりげなさがふんわりといい感じだ。

なだらかな西山の山裾をのぼっていくと
その途中でふと出会うお社がある。
仰々しくないそれが、大原野神社である。
たぶんむかしはもっと社領も広かっただろうが
岡の高さはそれほど変わってはいないはずだ。

参道に入る手前で鳥居を左手に、東をながめると
遠くひろびろと都の景色がひろがる。
ここ西山はうらうらと明るく
足弱なものでも遊山に出かけやすい。
西行法師の庵もこのあたりにあったと聞く。
暖かいひかりが満ちているからだろう。


穏やかに緩やかに会話が弾み、
足取りも軽くそこここの景色を愛でる。
消え失せる前のなんでもないやりとりにも
春の心はずみが思われる。

不思議でならない都の男たちが
子細を尋ねる里人は
かっちりと長袴を着こなしている。
このあたりの郷士でもあろうか、
篤実で力のこもった語りである。
アイが登場すると常は、
ふっと見所の空気が緩むものだが
このたびはみごとに引き締まった彼の語りに
思わず引き込まれて姿勢をただす。

後シテの面は、澄み切って美しい。
業平だから「中将」の面が使われるとおもっていた。
しかしわたしの目でみても
なめらかな眉のあたりなどそれには見えない。
(後に知人から。あれは「十六」という名の
面である旨、教えていただく)

纏う狩衣は
ほんのりとあたたかみのある薄紫。
冠は武官のそれ
若々しい面は、微笑んでいたり、
神々しかったり、
また二条の后のように艶めかしくみえたりする。

そのどれもが一体となっているようにみえる後シテである。
序の舞はゆるくゆるやかに続き
足拍子さえもやわらかに踏まれる。
ふと脇を向くその面に花吹雪が散りかかる。

闇を裂くのはきりっと際だつ鼓の音色。
そのたびに細かな花びらが舞う。
胸紐は美々しい紫
玉留めの色合いはそれよりやや赤みを帯びている。

業平の歌尽くしにのって舞い続けるのは
桜の精と化した神である。
高きにいますそれではなく、
もっと人懐かしい神である。
うす紫の装束は「業平」の、杜若にちなんだものと
そのときは思っていた。

ところが翌々日の宵、春のはじめの淡雪が
街灯に照らされるのをみたときに
はじめて腑に落ちたのである。
細かな雪はあかりの中で薄く色づいてみえた。
春のあけぼのの
薄紫の雲と散る花を
ひと色であらわせばこの色に違いない、と。

その色こそは業平の色
あたたかな中にもかすかな苦味を含んでいる。
激しいこころは表にあらわさぬまま、
人が桜か、桜が神か、
ゆらゆらと絡まった糸がほどけるが如くに舞は終わる。

国立能楽堂定例公演
平成2年2月15日(金)午後6時30分開演

能「小塩」

前シテ・老人
後シテ・在原業平   友枝 昭世
ワキ・花見の客    宝生 閑
ワキツレ・同行の者  則久 英志
ワキツレ・同上    御厨 誠吾
アイ・里人      山本 東次郎

笛: 一噌 仙幸 小鼓:大倉 源次郎
大鼓:亀井 広忠 太鼓:前川 光長

後見:中村 邦夫・友枝 雄人
地頭:香川 靖嗣

※狂言「痩松」
シテ・山賊 山本 東次郎
アド・女  山本 則重        

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