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2008.04.14

花の道をとおって…「ミー&マイガール」

宝塚は遠かった。
乗り換えや乗り継ぎは、隣県のこととて
何の不安もないが、
梅田から三十分、のうたい文句
その梅田に着くまでの時間が必要だからだ。

中山寺、売布(めふ)神社、清荒神
こんどは社寺めぐりに来なあかんわ、と言うほど
神社やお寺が駅名である。
小豆色の阪急電車は始発では快速急行だったが
ここまで来ると各駅停車。
いちいち律儀に止まる。

桜はそこそこに咲き始め、
風は強いが散る気配はない。

終点の宝塚駅で降りても、迷わずに済んだ。
それらしい人たちの後をついていくとモールに。
出たところが「花のみち」の入り口、
あとはまっすぐ歩くと大劇場だった。

入ってからもかなり歩く。
客席の入り口前のロビーのあちこちに
お弁当引換所がある。
わたしも予約券と交換する。
(「生協の方はこちら」と立て札が)


さて…どこで食べよう。


中庭には椅子とテーブル
お天気ならよかったのだが
この日は時雨がちで寒い。
でも、まだこの劇場に慣れていないので
結局そこで松花堂風弁当を食べる。(お茶つき)

次は途中でサンドイッチかおにぎりを買おう。
レストランの予約も受け付けていて
休憩時間に食事することも可能らしい。
※ また休憩時間なら客席で食べてもかまわないのだった。
  かなりの人がそうしていた。 気楽でよいなあ。
 


「大」劇場というが意外にこじんまりしている。
取れた席は真ん中よりやや後ろで、上手の壁際だった。
インターネットで調べたときは
見にくいだろうな、とがっかりした。
ところが傾斜の具合が絶妙で
オペラグラスを使うとくっきりと舞台が見える。

オーケストラピットより客席側に
半円形に一本の道がとおっていて
これを「銀橋」というそうだ。
フィナーレではそこにスターが並ぶのだそうだ。
幕が上がってオーケストラが演奏をはじめ
やっぱり生の音はすてきだった。

今月の舞台は
「ミー&マイガール」
軽やかな恋愛もの。
職場の同僚の熱心な宝塚ファンに
むかしの公演ビデオを貸してもらって
予習済みなのである。
(天海祐希主演のものを)

ほとんど全部と言っていいくらい女性客。
年齢層もめちゃくちゃ幅広い
母娘連れが目立った。


やや小柄に見えるが親しみやすい感じの
男役トップは瀬奈じゅん。
この公演で退団の彩野かなみ(娘役トップ)の
すらりとした足がきれい。

“イギリスのある伯爵家、家を守る伯爵夫人
やっと跡継ぎの青年がみつかるという知らせに
家中がうきうき。
ところが現れた彼は、ロンドンの下町育ちで
行儀は悪いは、同じ階層の婚約者はいるはで
貴族連中大あわて。

何とか伯爵らしくさせようと、夫人は二人の仲を裂く。
自分が居ると彼の迷惑になる、と悩む娘は身を引く。
でも青年は彼女を忘れられず…

いっぽう伯爵夫人は彼に「すてきなレディを紹介する」と言う。
現れたのは、すっかり上流階級の作法を身につけた彼女。
夫人の粋なはからいで、ハッピーエンド。

この恋にからむのが、夫人の甥と姪の恋模様や
夫人を想い続ける旧友や弁護士。
召使いの群舞、クリケットをする貴族たち、など
解りやすい歌と踊り、群舞で綴る二時間半”

年配の役を演じるのは「専科」のスターで
貫禄が一回り違う感じを受けた。

化粧は濃くて、どのひともお人形のように見える。
見ている間にだんだん慣れて、
顔立ちの見分けがつくようになってきた。
あとは声で聞き分けたりする。
(トップを間違える事なないけど)

その他おおぜい、の中に
お気に入りのひとを見つけて応援するのが、
「ヅカのファン」のならいだそうだ。
なのでわたしもオペラグラスを手から離さず、
右から左へまた右へ、と
舞台に立っているひとたちを熱心に眺めた。


この春はじめての舞台にたつ
新人たちの口上があった。
男役はショートカット、娘役は長い髪、
全員のラインダンスは、白と赤の羽根つけて登場。
一斉に足があがり「YA!」とかけ声がかかる。
まぶたがふと熱くなる。
いいなあ、若いって、と。
応援したくなるのがよくわかる。
これと似た気持ち、夏の甲子園をみている時だ。
その懸命さに、やっぱり切なくなる。


たっぷりした幕間のあとの、二幕目は早々と終わる。
いよいよのフィナーレ、電飾の輝く大階段を
次々と出演者が降りてくる。
トップは階段の途中でダンスまで披露する。
さすが。

三番手、二番手、トップ、と順番に登場する。
ライトは常にトップの男女に当たっている。
これって、洋風に見えるけど、伝統芸能なんじゃない。


しかし家からはあまりに遠い。
往復に六時間弱かかった。
これなら東京まで行って帰って来れる。
チケット代とパンフレットはとても安いのがいいけど。

もう少し楽な方法を尋ねた。
ずっとJRで行けば、よかったのだ。
阪急の駅の後ろ側にJRの駅があるらしい。
せめて、あと三十分短縮できれば、
気軽に楽しめるもの。

2008年4月15日 午前11時開演
宝塚大劇場  月組公演
   「ミー&マイガール」

キャスト

ウィリアム・スナイブスン  瀬奈 じゅん
サリー・スミス        彩乃 かなみ
ジョン・トレメイン卿      霧矢 大夢   
パーチェスター(弁護士)  未沙 のえる   
マリア公爵夫人       出雲 綾      
ジェラルド(夫人の甥)    遼河 はるひ
ヘザーセット(執事)     越乃 リュウ
果物売りの男        青樹 泉         
ランベス・キング       桐生 園加
ジャクリーン(夫人の姪)  明日美りお   

  月組80名 初舞台生 44名 専科1名

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2008.04.11

ひともとの桜に惹かれ

「根尾の薄墨桜」名前は聞いたことがあったが
どこにあるのか、どのように行くのか、は知らなかった。

今年はその桜を見よう、と決めたのは
職場での雑談で
“青春18切符”の話が出たから。
楽々往復できる、と聞いたから。

インターネットで調べてみると
満開予想は、18切符の期限である4月10日頃だった。
本巣市のホームページで
毎日の開花状況を見ることができるし、
経路も時刻表も検索できる。

なのに、やっぱり活字のほうがいい。
三月改訂の大型時刻表を買い
ページを繰ってメモ書きする。
すでにその時から旅が始まっているのだ。

あまり満開近い時に行っても、
人出が多くて、写真が撮りにくかろう、と予想して
早めに樹の下に立ちたいと思った。
決心したのは急に暖かくなって開花が早まったとき。

とにかく行ってしまおう、と
仕事に行く日よりも早起きして、
最寄りのJRから新快速電車に乗り込んだ。

東海道線を新幹線以外の列車で「上る」事は少ない。
ゆったりと草津、野洲、彦根、と過ぎる。
左手の琵琶湖と、高みに見える伊吹山がうつくしい。

終点は米原。
ここから大垣までは、列車の本数が非常に少ない。
一列車乗り遅れると、後まで響く。
18切符組の高齢者がひとかたまりになって
移動している後をついてゆく。
山歩き用の格好のひとばかりだ。
第三セクターの樽見鉄道の乗り場は
改札を出なくてもよかった。
いちばん端っこのホームだったのである。


たった一両で走る。
桜のある樽見駅まで一時間、
ゴトンゴトンと昔懐かしい音をたてて
ゆっくりゆっくり走る。
むろん単線で、途中の駅で時間待ちをする。

ひとり旅なので、乗り合わせた人の話を聞くのも面白かった。
行きの電車では各務原のお寺にある藤の花のことを聞いた。
白と紫と薄紅色、いちどきに咲くと
それはみごとだそうである。
帰りにはヒマラヤの近くからやってきた桜の話。
その樹は伊豆の伊東にあって
咲くのは冬のはじめとか。


終点の樽見駅は真新しくログハウス風だ。
電車はカラフルな色合いでかわいらしく、
降りて早速カメラに収める。
メインストリートというほどのものはなく
貰った地図には
農協と郵便局と喫茶店、クリーニング屋と信用金庫、が
駅の近くに集まっている。

ここでは川幅も広くゆったり流れる根尾川を渡り、
近道のコンクリート造りの階段を上って
屋台の横を抜けるとま正面に桜があった。


樹はどっしりと、根元近くには
こぶがたくさんできていてふつうに見る桜の幹の
何倍もの太さがある。
そこからふとぶととした枝が出、
枝はたくさんの支柱でささえられている。
ほとんどがつぼみではあるけれど
枝の先にほんのちらほら、開いた花がみえる。

まわりは流れや池をしつらえて
きれいな公園になっている。
予想通り人出は少ない。
だから思う存分、桜を近くで見ていられる。

まわりは人が踏まないように
ひろく円形にロープが張ってある。
桜が疲れないように。

樹齢が千五百年、と説明書にある。
「継体天皇お手植え」と。
お能に「花がたみ」という曲がある。
このあたりはそれに登場する
「おおどの皇子」(後の継体天皇)に所縁があるらしい。


ヤマトに迎えられて天子になった皇子が
形見として置いていった
「花かご」を持って後を追った女のものがたりである。
彼女=照日はめでたく帝となった皇子に出会い
舞を舞うことで目に留まり
宮に迎えられたのだ。

天皇が急な召しによって旅立つ前に、
身代わりに植えた桜が
いままで命永らえているかと思うと
気が遠くなるような話である。

敷地の隅に「さくら資料館」が建っていた。
気軽に入れる料金(三百円)だったので
ちょっと入って風で冷えたからだを温める。

一時は枯れかけていた薄墨桜を再生するための努力が
パネルで示されている。
作家の宇野千代氏のことや
老衰していた桜に、若い樹を継いだひとなど。
何よりもここまで桜を世話してきた
地元の人びとの苦労が偲ばれる。

土産ものは桜づくし
(桜饅頭、桜羊羹、桜茶…)
それと山菜や椎茸などの山里のもの
食堂ではうどんやぜんざいが売れ、
たこ焼き屋に列ができていた。
桜の季節はみじかい。
ほんの半月ばかりの名所だろうが
陶器の店、染め物の店などが軒を並べているが
所々、シャッターの降りた店があった。
満開のときには全部の店が開くのだろう。


帰りは道を間違えて別の橋を渡ってしまった。
道を聞こうにも人通りはなく、
駐車場の案内をしているガードマンに問うても
「わたしは“ここらあたりの者”ではないので」と
首をかしげられる。
なんだか狂言ぽくて、慌てているのに笑ってしまった。

橋を渡ったところで
自転車に乗った地元の人を見つけ
ようやく見覚えのある通りにたどり着き、
見上げると駅に止まっている列車が見えた。


帰り道、渓谷の景色を眺めているうちに
資料館で見たパネルを思い出した。
幕末の“水戸天狗党”事件、
京都へ請願に行くべし、と立った人たちは
幕府側につく大小名の軍と諍いを起こさぬため
根尾の谷から険しい山を越えて
越前に出るコースを選んだという。


桜のかたわらから見ると、遠くに
四月なのにまだ真白く輝く白山の峰がみえた。
この川沿いを彼らが歩いたのか、と思うと
桜はそれを知っているのだと思うと、感慨深い。
歳を取るのも悪くないな、と感じるのは
こんな瞬間である。

よい花見ができた。


桜の満開のさまは市のホームページで見た。
ゆきのように白い花が「こぼれんばかり」で
格別に花が多く、綺麗だとあった。

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2008.04.04

大原散策

高野川に沿って走る京都バスの
乗客はほとんど最終の大原まで。
春のシーズン直前、平日を選んでよかった。、
なんとか座れたもの。

ターミナルから三十分、
思っていたより近いのだ。
途中八瀬から大原の里に入る手前で
しばらく人家がなくなり
バスは山と山の間を縫って走る。
比叡から続くやまなみが
おおい被さってくるようである。


小綺麗なバスプールで地図を貰い
まず三千院方面をめざす。
ずっと昔に一度きたはずだがすっかり忘れている。

右手に流れる渓流に沿ってずっとゆるい上り坂である。
左側には土産物屋が並ぶ。
このパターンは貴船でもそうだった、と
ちらちらと見ながら歩く。
ほとんどの店が「柴漬け」を置いている。
さすが大原…。

少し開けた場所に立て札、
三千院方面、へ石段を上がると
門前にずらりと土産物店が並ぶ。
柴漬け屋だけではない。
甘味屋、八つ橋店などなど、食事もお土産も
一通りここで全部間に合う。

三千院は後回しにして
まずいちばん遠い勝林院へ。(と言っても徒歩五分)
朱塗りの橋がかかった小さな川を渡るとすぐ。
拝観料は三百円、事務所には誰もいなくて
入り口に置いてある鉢に入れる。

境内は静かで広々。
本殿は古いが均整がとれていて、
階の下にスリッパ入れが…。
何でもセルフなのが微笑ましい。
ほとけさまは耳が長くて大きく笑っているようにみえた。

ここはあと池の横に鐘楼があるだけ。
だからかな、観光客も少なくて貸し切り状態。
ボタンを押すと“声明”のテープが流れる仕組み。
終わるまで段に腰掛けてひとりでゆっくりと聴く。

次に訪れたのは実光院。
ちょうど勝林院と三千院の間にある。
玄関に銅鑼があって、
「拝観の方は敲いてください」と書いてある。
こちらは拝観料六百円也、おうすとお菓子付き。


お寺のひとがやさしげで丁寧である。
こじんまりと整って
手入れが行き届いたお庭である。


南側にあるもうひとつの庭は庭用の履物で下りる。
こちらは茶花がたくさん植えられていて
写真好きには嬉しいことだ。

実光院の向いには
後鳥羽天皇と、順徳天皇の御陵があった。
流離の地からこの大原へと没後に戻ってみえたのか。
しかしここも都からは隔たったさびれた場所であるが。


最後に本命の三千院。
昔来たときには、すてきなお寺だと思ったのだけれど、
年取ったいまはそれほどの感動は無かった。

ほかのお寺より一段高いところに門がある。
建物は広くて立派、展示など行き届いている。
お庭は、まっすぐ伸びた樹々の作る
縦のラインがみごとだ。
ご本尊はふくよかで、脇侍のみほとけが二体とも
正座なさっているのが珍しいそうな。
庭もひろびろで観光の人も格段に多い。

花の季節にはすこしだけ早いせいで
お庭はあっさりとしていた。
小さな石仏が庭の隅にあったり、
小高い丘に弁財天が祀ってあったり
見どころがたくさんすぎて
三分の二回ったところでくたびれ
奥の院はパスする。
こういうところで普段の体力が物を言うのだな、と
先に立たない後悔をしながら道をくだる。

バス停に戻って時刻を見る。
寂光院へ往復しても小一時間、とパンフレットにあったので
気を取り直し、水分も補給して
先ほどとは反対側へ歩き出す。

川を渡ってしばらくは平地である。
日はうららかでいつか日本画で見た風景のようだ。
見晴るかすと山が段々に重なっていて
遠くなるに従って少しづつ色合いが薄くなる。

田や畑で土起こしが始められ、
道は舗装されているが、土の匂いがする。
懐かしい匂いだ。
都会では当たり前な“マンション”は
目の届く辺りには、ない。
代わりに昔の農家風の作りの家が目立つ。


道は丘の裾を巻いてうねって上へと続いている。
寂光院に近づくと、
小綺麗な土産物店や温泉や料理屋が、
三千院付近と同じく並び始めるが、
ずっと規模は小さい。

そうして着いたお寺はとても小さい。
裏にはまた別の山がすぐ傍まで迫っている。

先年、火災で本堂が焼け、
いま建つのは再建されたものできらきらと真新しい。
中に鎮座しておられる仏さまも
煙に燻されていずに色白である。


本堂の前の池も小さく、
みぎわの桜(何代目だろう)も若い。
ひときわ目立つのが立ち枯れた樹。
どのくらいの樹齢なのだろう。


建礼門院の御陵はお寺のすぐ脇で長い石段が。
お寺を通り過ぎて山道を行けば、鞍馬に通じるとか。
後白河法皇はその道をたどり、
ここ寂光院に御幸なったそうな、とは
寺のひとの話である。
しばらくは、「大原御幸」を思いつつ池の周りを巡る。

庵の跡はお寺の後がわを
少し山側に踏み込んだ道沿いにある。
石碑が静かに立っている。
観光客はここまで来ず
日は裏山の向こうがわに入り
あたりはひっそりと湿っていた。

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