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2008.04.11

ひともとの桜に惹かれ

「根尾の薄墨桜」名前は聞いたことがあったが
どこにあるのか、どのように行くのか、は知らなかった。

今年はその桜を見よう、と決めたのは
職場での雑談で
“青春18切符”の話が出たから。
楽々往復できる、と聞いたから。

インターネットで調べてみると
満開予想は、18切符の期限である4月10日頃だった。
本巣市のホームページで
毎日の開花状況を見ることができるし、
経路も時刻表も検索できる。

なのに、やっぱり活字のほうがいい。
三月改訂の大型時刻表を買い
ページを繰ってメモ書きする。
すでにその時から旅が始まっているのだ。

あまり満開近い時に行っても、
人出が多くて、写真が撮りにくかろう、と予想して
早めに樹の下に立ちたいと思った。
決心したのは急に暖かくなって開花が早まったとき。

とにかく行ってしまおう、と
仕事に行く日よりも早起きして、
最寄りのJRから新快速電車に乗り込んだ。

東海道線を新幹線以外の列車で「上る」事は少ない。
ゆったりと草津、野洲、彦根、と過ぎる。
左手の琵琶湖と、高みに見える伊吹山がうつくしい。

終点は米原。
ここから大垣までは、列車の本数が非常に少ない。
一列車乗り遅れると、後まで響く。
18切符組の高齢者がひとかたまりになって
移動している後をついてゆく。
山歩き用の格好のひとばかりだ。
第三セクターの樽見鉄道の乗り場は
改札を出なくてもよかった。
いちばん端っこのホームだったのである。


たった一両で走る。
桜のある樽見駅まで一時間、
ゴトンゴトンと昔懐かしい音をたてて
ゆっくりゆっくり走る。
むろん単線で、途中の駅で時間待ちをする。

ひとり旅なので、乗り合わせた人の話を聞くのも面白かった。
行きの電車では各務原のお寺にある藤の花のことを聞いた。
白と紫と薄紅色、いちどきに咲くと
それはみごとだそうである。
帰りにはヒマラヤの近くからやってきた桜の話。
その樹は伊豆の伊東にあって
咲くのは冬のはじめとか。


終点の樽見駅は真新しくログハウス風だ。
電車はカラフルな色合いでかわいらしく、
降りて早速カメラに収める。
メインストリートというほどのものはなく
貰った地図には
農協と郵便局と喫茶店、クリーニング屋と信用金庫、が
駅の近くに集まっている。

ここでは川幅も広くゆったり流れる根尾川を渡り、
近道のコンクリート造りの階段を上って
屋台の横を抜けるとま正面に桜があった。


樹はどっしりと、根元近くには
こぶがたくさんできていてふつうに見る桜の幹の
何倍もの太さがある。
そこからふとぶととした枝が出、
枝はたくさんの支柱でささえられている。
ほとんどがつぼみではあるけれど
枝の先にほんのちらほら、開いた花がみえる。

まわりは流れや池をしつらえて
きれいな公園になっている。
予想通り人出は少ない。
だから思う存分、桜を近くで見ていられる。

まわりは人が踏まないように
ひろく円形にロープが張ってある。
桜が疲れないように。

樹齢が千五百年、と説明書にある。
「継体天皇お手植え」と。
お能に「花がたみ」という曲がある。
このあたりはそれに登場する
「おおどの皇子」(後の継体天皇)に所縁があるらしい。


ヤマトに迎えられて天子になった皇子が
形見として置いていった
「花かご」を持って後を追った女のものがたりである。
彼女=照日はめでたく帝となった皇子に出会い
舞を舞うことで目に留まり
宮に迎えられたのだ。

天皇が急な召しによって旅立つ前に、
身代わりに植えた桜が
いままで命永らえているかと思うと
気が遠くなるような話である。

敷地の隅に「さくら資料館」が建っていた。
気軽に入れる料金(三百円)だったので
ちょっと入って風で冷えたからだを温める。

一時は枯れかけていた薄墨桜を再生するための努力が
パネルで示されている。
作家の宇野千代氏のことや
老衰していた桜に、若い樹を継いだひとなど。
何よりもここまで桜を世話してきた
地元の人びとの苦労が偲ばれる。

土産ものは桜づくし
(桜饅頭、桜羊羹、桜茶…)
それと山菜や椎茸などの山里のもの
食堂ではうどんやぜんざいが売れ、
たこ焼き屋に列ができていた。
桜の季節はみじかい。
ほんの半月ばかりの名所だろうが
陶器の店、染め物の店などが軒を並べているが
所々、シャッターの降りた店があった。
満開のときには全部の店が開くのだろう。


帰りは道を間違えて別の橋を渡ってしまった。
道を聞こうにも人通りはなく、
駐車場の案内をしているガードマンに問うても
「わたしは“ここらあたりの者”ではないので」と
首をかしげられる。
なんだか狂言ぽくて、慌てているのに笑ってしまった。

橋を渡ったところで
自転車に乗った地元の人を見つけ
ようやく見覚えのある通りにたどり着き、
見上げると駅に止まっている列車が見えた。


帰り道、渓谷の景色を眺めているうちに
資料館で見たパネルを思い出した。
幕末の“水戸天狗党”事件、
京都へ請願に行くべし、と立った人たちは
幕府側につく大小名の軍と諍いを起こさぬため
根尾の谷から険しい山を越えて
越前に出るコースを選んだという。


桜のかたわらから見ると、遠くに
四月なのにまだ真白く輝く白山の峰がみえた。
この川沿いを彼らが歩いたのか、と思うと
桜はそれを知っているのだと思うと、感慨深い。
歳を取るのも悪くないな、と感じるのは
こんな瞬間である。

よい花見ができた。


桜の満開のさまは市のホームページで見た。
ゆきのように白い花が「こぼれんばかり」で
格別に花が多く、綺麗だとあった。

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